【第三節】甘美な残響

第16話 墓

 それがその人の意思だと思ったの?

 私には到底そうは思えない。

 私の目にはその人が別人に見えるわ。

―――――誰かの言葉。




「店長。お水入れ終わりましたよ。お花も取り替えました。」

「ええ。ありがとうございます。」


 中瀬と蛇頼は墓の掃除をする。

 中瀬は竿石から水をかけ、水鉢と花立に水を入れ、花立には花を取り換える。

 蛇頼は何処からか運ばれた枯葉と蜘蛛の巣を払い、雑草を抜き、墓の掃除を綺麗にする。

 こんなものだろうと確認をし、饅頭と煎餅を供え、香炉に線香を入れ、合掌をする。

 しばしの沈黙の後、彼らは目を開け両手を離す。


「ありがとうございます。」

「んえ?」

「……この人と、貴方は付き合いが無い。見知らぬ他人の墓参りの付き添いです。だからこそ、墓を綺麗にしてくれただけでも良かったのですが……態々参りまでしてくれましたから。」

「まぁ、確かに知らん人ですけど、折角だし。それに、祈ってくれる人はいた方が神さんも仏さんも人さんも嬉しいんじゃないですかね。幸あれー、元気でいてくれーって。」

「……そうですね。」

「この墓の人って日和の国の人です?」

「ええ。今から……五年ちょっと前ですかね。跡形も無く・・・・・消えました・・・・・。」

「ほえー……珍しい。意識不明はあり得ても、」

「ええ。本当に、本当に、珍しい事でした。」


 被せるように言う。

 それに少し驚いて中瀬は蛇頼を見る。

 悲痛な顔をするわけでも、いつものような微笑を浮かべる訳でもなく、何も読み取れない顔で蛇頼は墓を見つめている。

 何を考えているのか、この人との思い出を嚙み砕き飲み干しているのか。

 何一つとして分からないが、きっと聞きたくもない言葉を言いかけてしまったのだろう。

 だからこそ、中瀬相手には滅多にしない言葉を被せる何てことをしてしまったのだろう。

 暫しの時が過ぎ、蛇頼はいつもの微笑を浮かべ、口を開く。


「いきましょうか。」


 それに頷き、二人は墓から去っていく。


 蛇頼は言った。

 跡形も無く消えたと。

 即ち、あの墓には遺骨も遺灰も遺体も何もないのだろう。


(何故なにゆえ何もない墓に祈るのだろうか。その人はそこにはいないのに。しかも名前すら・・・・刻まれていない墓にだよ。名前があれば、最低限、その人だと分かるのに。)

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