第5話

 俺が陸の着替えに用意した少女用ワンピースは陸の体にシンデレラフィットだった。……と言うと何やら変態じみて聞こえるが実際は小学生男児の陸が女児向け衣装を着こなすだけの素養を持ち合わせたというのが真相だ。

 ぱんつ以外は裸に剥いた陸の正面からフィッティングすると恥ずかしがるので背中からロングのワンピースを合わせてみる。うん。やはり陸の健康的に日焼けした小麦色の肌に白いワンピースはよく映える。俺がすらりと立った陸の背中に何度もワンピースをあてがっていると陸はくすぐったそうに身を縮めた。俺が陸の正面にいた時は乳首を隠していた両手が俺が背後に回った途端今度は自分のお尻を隠すように腕を後ろに下ろして掌を大きく開いてガードしている。そんなに意識しなくたって俺と陸は男同士なんだしぱんつも穿いてんだから恥ずかしくないだろと陸に言うと陸は

「だっておじさん……変なとこばっか見るじゃん……」

 と言って黙ってしまった。……たしかに。

 俺は陸の言葉に反省して次こそ真面目にワンピースの着付けをする事にした。

「陸。ワンピースを着る時はワンピースを一度床に落として輪を作るように広げておきその中心に立って後はワンピースの肩紐を両手で持ってそのまま肩まで引っ張り上げちまうと圧倒的に楽だ」

「えっでも、おじさん。ワンピースってTシャツ着るみたく頭から通して着るもんじゃねーのか? ママが着るの見たことあるし」

「そうやって着る方が楽なワンピースもある。でも多くの場合は足から通すパターンだ」

「へぇ~」

 俺が大人らしい知見をひけらかしたところ陸は感心して大きな黒い目で俺を見上げてキラキラと目を輝かせ素直に聞き入れていた。本来ならこの手の知識は母から子に伝えるものだろうしそもそも陸は男の子なんだから女向けの服の着方なんぞわざわざ知る必要はないんだろうけど今かくかくしかじかでこういう事情だから俺から陸に教える事に何の疑問もないのであった。

「ちなみにスカートも同じように穿くんだ」

「おじさん何でも知っててスゲェー!」

 三十路おじさんが11才の甥に女性服の着方を教える不可解な事象が生じてしまっている真っ最中だがこれも女性活躍だかLGBTQだかの余波なのだろう。実際のところこの知識は女性の服を脱がす時に役立つのだがおじさんにその機会はとうとう訪れなかったんだ甥よ……オーイオイ。

 俺はぱんつ一丁の甥の背後に立って陸を床に落としたワンピースの輪っかの中心に移動させ陸の後ろからワンピースの肩紐を持ち上げてやって陸の胸の高さで止めた。これで腰までは着れてるから後は肩紐に両腕を通させていっちょ上がりだ。

「陸。あとは自分でできるか? やってみな」

「う、うん……おじさん!」

 陸はいざ自分の下半身が女の子のひらひらに包まれたのが嬉しくて堪らないようでスラリと長い足をくねくねさせてその度にワンピースの白い布地がはためくのに夢中になっていたがやがて肩紐の存在に気付いたらしく紐をおずおずと両肩に通した。俺が最後に全体のバランスを確かめてオーケーを出し陸は生まれて初めて女の子のワンピースを着る事ができたのだった。

 俺はなぜか知らんが部屋にあった姿見をワンピース姿の陸の前に出してやり陸の背後に回って日焼けした小麦色の華奢な肩を抱いてやり鏡の中の陸に向かって尋ねた。

「どうだ、りく? 女の子になった感想は!」

「うん。オレ……オレ……」

 陸は上手く言語化できないようだった。だが陸は顔を赤くして白いワンピースのひらひらを両手でぎゅっと掴んで足は内股になり照れ臭そうに膝と膝を摩擦していたのでまあ照れ恥ずかし嬉しかったんだろうな。

 実際姿見に映る陸は頼りない肩紐が下に落ちるに従ってふわりとしたシルエットのフレアスカートに変わり必要以上に余りすぎた白い布がかえって女性らしい優雅さ余裕のような気配を与えていて非常に綺麗で可愛くてエッチだった。早い話が女の子として魅力的だって事だ。……って。男の陸に一体なに考えてんだ俺は……。

「ねぇ、おじさん? どう? えへへ」

 陸はやっと感情に素直になれたようで屈託ない笑顔を俺に向けてくれた。

「ああ。可愛いよ、りく」

 俺はありのままの想いを陸に伝えた。

「えっ、『かわいい』……?」

 俺の返事に陸は怪訝な顔になり

「ねぇおじさん? オレって……可愛いの?」

 なにやら畏まって聞いてくる。

「オレ、今まで『かっこいい』とか女子に言われて、嬉しくなっちゃった事はあんだけど。でも、今のオレって……『可愛い』の? このジャンプしたくなっちゃう嬉しい気持ちって、『可愛い』って気持ち、なの……?」

 陸は神妙な面持ちで俺を見据えて訊いてきた。小学5年生の真剣な眼差し。きっと答えを求めているんだ。俺も無駄に30年も生きてきて自惚れかもしれないが多少の悟りも付いて来たつもりだ。今この瞬間が。陸のターニングポイントになる。陸の問いには嘘偽りなく慎重に……それも真実で回答しなきゃならん。叔父さんとして誠実に。しかし子供でもスッと飲み込めるようにやさしく柔らかく。悩んだ末に俺が導き出した答えは……。


「陸は、かっこいい男の子だよ。でも……陸の心の中には、男の子だけじゃない。本当は、可愛い女の子の『りく』もいるんだよ。男の子と女の子。どっちがいなくなっても、それは陸じゃない。陸が陸なのは、男の子の陸と、女の子のりく。両方のリクが心の中で仲良くしてるから、今の陸がいるんだよ。だから……陸はどっちのリクも大事にしてあげてね。おじさんは、男の子の陸と、女の子のりく。どっちのリクも大切で。大好きだからね」


 俺の人生で一番頭を捻った答えだったかもしれない。受験よりも。入社試験よりも。

 陸は俺から人生の答えを得ようと思って真剣な目で俺を見つめて聞いていたが途中からオーバーヒートしたと見えて最後の方は目を泳がせてふんふんと頷くだけだった。せっかく叔父さんが珍しく良い事言ったってのにまったく……。

「つまり…………どういう事だってばよ?」

「おじさんは、『陸が大好きだ!』って事だよ!」

 俺は白いワンピース姿の陸を背中から力一杯ぎゅうううっと抱き締めた。言葉で言って伝わらないなら肉体で示すまでだ。

 抱き締めて初めて分かる思いのほか華奢で小さい陸の背中。この小さい背に幾程の苦痛を味わわされ。どれ程の理不尽を耐えて来たのだろうか。俺には最早想像もできない。でも……だからこそ今はこうして陸との楽しい時間を大事にして行きたい。その後俺は陸が「おじさん苦しい! はなしてはなして!」と懇願するまでずっと陸を抱き締めてしまっていた。




「ったく……女の格好したくらいでコーフンするなよな。変態!」

「すまん、つい……」

 先程の事。陸は俺が女装した甥に欲情したと受け取ったらしい。オイオイ……流石にそれはねぇよと言いかけてはたと冷静になり俺の作り上げたこのエロゲ部屋を見回してみてさもありなん……と反省しきりだった。

「陸。パジャマ、本当にそれでいいのか?」

「いいって言ってんだろ、変態!」

 陸は結局あの可愛いらしいワンピースを脱いで元着ていた俺の臭いTシャツを被っていた。

「女の子用の可愛いネグリジェなんかもあるけど……。それ、臭いだろ?」

「いいんだよ、臭いほうが!」

「? それ、どういう……」

「あーもー! うるせーな! おやすみ! 寝てる時に、オレの布団勝手に入ってくんなよ! コロスからな!」

 陸は変声期前のソプラノボイスでやかましく叫んで俺を部屋から追い出した。週末陸が泊まりに来た時は陸を部屋の俺のベッドに寝かせて俺は台所で寝るようにしている。血の繋がった家族と言えどやっぱり線引は大事だ。俺は床に直に敷いてるせいで硬い布団にくるまりながら密かに願い事をした。明日には陸の機嫌が直ってますように。日曜の夜に姉が陸を引き取りに来ませんように。そして。明日土曜日はりくが今日よりもっとエッチで綺麗で可愛らしい女児服を着てくれますように。神に。仏に。願いながら眠りに落ちた。

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陸に女の子の服を着せた 羽後野たけのこ @eternal_dream

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