夢謀
清野勝寛
本文
ごうごうと地鳴りがする。三日月は鞄を握る手に更に力を込めて手探りで歩き出す。
五分経った、ような気もする。実際には三分? 十分にも一分にも感じる、分からない。ただ三日月は確かめたかったのだ。月の裏側を。海の底の神秘を。命が尊い必要性を。
ずぅん。
一層大きな揺れ。この揺れ、地鳴りのせいで、三日月は感覚を失う。今真っ直ぐ歩いているのか、下っているのか上っているのか。ただでさえ暗い通路をじりじりと足を擦るように、少しずつ少しずつ。
記憶がある。意識もあるから三日月はまだ、自分が生きていると認識している。だが、それもあと僅かだろう。喉は渇いたしお腹もすいた。もうじき自分は歩けなくなって、そのまま野垂れ死ぬのだ。或いはここは死後の世界で、自分は既に死んでいて、薄暗いこの道は地獄に繋がっているのではと。
けれど三日月の歩みは止まらない。
止められないのだ。
※
「ちょっと」
呼び止められたので振り向くと、知らない女。
「彼女、退屈そうな顔して出てったよ、大事にしたいならちゃんと気づいてあげなきゃ」
「……ありがとう、ございます」
誰のことを言っているか分からなかったが、とりあえず礼を言うと女は顎で早くいけと促してくる。その圧に負けて、指示された方へ向かう。
木製の引き戸がある。ずいぶん古臭い。ゆっくり手で引くと、何度か引っ掛かりつつ扉は空いた。
「……あ」
外に出た。アーシェがいた。竹箒を抱えて石階段に座り込んでいる。目が合うと罰が悪そうに乾いた笑顔をこちらに向けた。
「やあ、いいのかい? 皆であんなに盛り上がってたのに」
なんの話だろう。
「少し疲れたから、休憩。ごめんね、つまらなかったよね」
一切わからないのに、答えていた。何が起こっているのか。
アーシェは首を振る。
「ううん、こっちが合わせられないのが悪いんだ」
体が勝手に、アーシェの手に、自分の手を重ねる。驚いたようだったが、拒否されなかった。そのまま彼女を背中から抱き締める。三日月は二人をただ見つめ、何も言わない。誰も言葉を発しない。ただ、触れた箇所は熱い。良い匂い。人の匂いだ。アーシェを自分のものにしたい。感情が止まらない。強烈な劣情が支配する。
「でも、一緒にいたいと思っちゃうんだよね」
何が起こっているのかはわからないが、その感情に流されようと思った。
ずうん。
一際強い揺れ。手に力を込める。
「ずっと続くものなんてひとつもないんだね。こんなに執着してるのに」
匂いが消え、声が消え。アーシェはまだ何か言っているようだが聞こえない。
「夢を見ていたいよ、ずっと、ずっと。この世界だけだよ、優しいのは」
熱はもう感じない。
※
ごうごうと地鳴りがする。三日月は鞄を握る手に更に力を込めて手探りで歩き出す――。
――やがて、出口が見えた。
なんだ、意外とあっさりだったな。
眩い光が差し込む。三日月の体を照らす。
今度こそ出られる。
今後こそ。
夢謀 清野勝寛 @seino_katsuhiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます