ねぇねぇ

尾八原ジュージ

夜のこと

 ねぇねぇ、という声で起こされた。

 重い瞼を開ける。部屋の中はまだ暗い。

 呼んでいたのは隣で寝ていた彼女だった。不安げな顔をしながら

「あそこに誰かいるみたい」

 と部屋の隅を指差す。

「どこ?」

「本棚の横のとこ」

 目を凝らしてみたが、常夜灯の下では影が濃くてよくわからない。

 泥棒か? それとも彼女が寝ぼけただけか? とはいえ彼女の顔は真剣そのもので、目もぱっちりと開いている。よほど怖がっているらしく、自分で自分の腕を抱きかかえ、がたがたと震えている。

 仕方ない。彼女を安心させてやろうと思って立ち上がり、電灯のスイッチを入れた。部屋がぱっと明るくなる。

 本棚の隣には誰もいないし、見間違えるようなものもない。

「誰もいないよ」

 そう言って振り返ると、つい数秒前まできちんと体を起こしていたはずの彼女は、いつの間にかベッドの上に伏して寝息をたてている。

「おい、なんだよぉ」

 そのとき、ふと視線を感じた。

 後ろを向くと、きちんと閉まっていたはずの部屋のドアが半開きになっていた。そこからベッドで寝ているはずの彼女が、異様なほど表情のない顔をのぞかせている。

(何これ、どういうことだ……?)

 ドアの方に向かおうとベッドから足をおろした途端、バンと音をたててドアが閉まった。

 急いで部屋を出たが、狭いキッチンにもトイレにもバスルームにも、人の姿はなかった。

 玄関には内側からドアチェーンがかかっていたが、きちんとそろえて置かれていたはずの彼女のサンダルが、ばらばらにひっくり返っているのが目についた。


 その後、朝になってようやく目を覚ました彼女に、夜のことを覚えているかどうか尋ねてみた。

「なんか、自分そっくりな女に追いかけられる夢を見てたのは覚えてる」

 眠そうな顔で髪をかき上げながら、彼女はそう言った。

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ねぇねぇ 尾八原ジュージ @zi-yon

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