先生とペア

渡貫とゐち

先生とせんせー


 仲良し同士でペアを組んでください、という先生の指示はトラウマだ。だって私は必ず残ってしまうから……。


 仲良し同士でペアを組んだなら、誰ともペアを組んでいないひとりぼっちが出るはずで……。

 じゃあぼっち同士でペアを組めばいいと思ったけれど……周りを見ればいなかった。


 ひとりぼっちなのは私だけ。


 仲良しでなくともこれから仲良くなってみたい相手を探してペアを組む器用な子たちばかりで……、隣に誰もいない私は、すぐに先生に見つかった。


「なんだ、戸叶とがのう

 またお前だけひとりか……どこかに入って三人組にしてもらえ」


「いえ、先生とペアがいいです」


 余った人は先生とペアを組むのがいつもの流れだ。

 仲良しふたりの仲に混ざるくらいなら、先生とペアの方がまだマシだった。


 可愛い生徒が自分から先生と一緒がいいと甘えているのに……なのに先生は嫌な顔をして……なんでよ!


「あのな、こっちも忙しいんだ、お前にばかり構っていられないんだ」

「嫌ですっ、先生のお手伝いもするのでお願いしますペアになってくださいぃ!!」

「分かったッ、分かったから腰にくっつくな、重い!!」


 現役の女子中学生に向かって重い、とは……禁句だ。

 女心が分からない先生はちょっとばかしきつく教育をしないといけないみたいだね。


「重いと言われて傷つく気持ちは分かりますよね? 先生だって一応『女』なんですから……」


「一応ってなんだ、れっきとした女だよ。

 ……しっかし、あたしはなあ、重いと言われてショックを受けたことがないからなあ……重いなら軽くすればいいだけだし」


 これだから体育会系は!!

 体重を気にするなら運動をして減らせばいいという思考回路だ。

 考えるよりもまず動け。……それができるなら誰ともペアが組めずに余ることもないのだけど……。頭で考えるよりも先に隣にいた子に「組もうよ!」と誘えばいいのだ。

 嫌と言われたら諦めて、すぐに別の子へいけばいい。それを繰り返していけばひとりくらいは――。……ただ、全滅すれば結局、私はひとりぼっちになるのだけど……。


 ペアを組んでいる絵が浮かばない。


 私の妄想なのに?


「戸叶、まずは腹筋の測定だ……ちゃんと準備運動はしたな?」

「もう体のあちこちが痛いんですけど……」


「準備運動でダメなのか……?」

「準備運動前の準備運動が必要ですね」


 先生は呆れた様子で、粛々と準備を進めていく。気づけば、私は測定の姿勢になっていた。

 後は腹筋をするだけ――なんだけど、先生が、私の足を強く固定している。


「あの、先生? この体勢だとやりづらいんですけど……」

「これが正しい姿勢だ。独自のスタイルではやらせないからな。ちゃんと測定するんだ」

「これだと0回の可能性もありますよ……?」

「なら、それがお前の記録になるわけだな」


 先生が笑いながら。

 ……0回で記録されるのは嫌なのだけど……、私は笑えない。


「0回は嫌ですよ!?」


「じゃあ頑張ってやるんだな。

 ほら、そろそろ始まるぞ……お腹に力を入れて……はいがんばれー」


「先生がスパルタ過ぎる!!」


「この程度でスパルタとか言ってたら、本当に厳しくした時どうするんだ……。パワハラとか言うなよ? 最近はなんちゃって被害者の声があれば加害者は作り出せるんだから……。先生たちもびくびくしてるんだよ。おかげで厳しくできないから生徒たちの学力は下がる一方で……。結局、将来困るのはお前たちなんだけどなあ……」


「先生、できる人はできますし、できない人は環境が良くてもできないですよ」

「だとしても、それを正面からは言えないっての」


「私が実例です!」


「自信満々に言うな」


 先生たちの苦悩は学生には分からないことだろう。

 学生の苦悩を先生たちが知らないように――――

 あーだこーだと言っても改善が難しい事柄はいくらでもあるのだから。



 測定後、1回、という記録が残った。

 0回よりはマシだけど……それでも1回だ。


「よく頑張ったな」

「が、がんばった……かな?」

「記録じゃなく、お前が努力したかどうかだろ?」

「えへへ……先生ほめてー」

「直前に褒めたんだけど……ったく。よく頑張ったな、戸叶」


「偉い?」

「偉い偉い」


「すごい?」

「ああ、すごいよ」


「愛してる?」

「愛して――って、なに言わせるんだ!?」


 さすがに最後までは引っかからなかった先生だ。……先生がいれば、仲の良い友達がいなくともいい。というか仲の良い友達が先生になるんじゃないかな……?


 先生がいることによって救われる生徒は、絶対にいるのだ――私が証明できる!


「起きろ戸叶。次は腕立て伏せだ」

「えー……」

「えーじゃないっての」


 手を伸ばすと、仕方ないなあ、と表情に出しながら、先生が引っ張ってくれた。だけど、起き上がっても腕立て伏せをするだけなんだよね……。正直、体力的にはもう限界だった。


「ほら、早くしろ、0回は嫌なんだろ?」

「いや、もういいかな……」

「諦めんなよ!」


「先生……私、将来は『学校の先生』になろうと思うんだけど……」

「は? このタイミングで!? 話を逸らしても腕立て伏せはするからな?」


「0回でいいって決めたならしなくてもいいんじゃない?」

 した結果、0回であるのと同じことだ。


「しなくてもいいから最低限の体勢は整えろ。

 ……で? なんで急に……急でもないのか? 前から決めていたとか?」


「ううん、いま決めた」

「そりゃまた……なんでだ?」


「生徒に寄り添える先生になりたいと思って。

 ……生徒の気持ちを熟知してる先生がいれば、きっとみんなの人気者でしょ?」


「そんな上手くはいかないと思うけどな……、威厳がないのもやりにくいぞ?」


「私にそんなものは必要ないのですよ!」


「まあ……、自由だし、やってみればいいんじゃないか?」



 ――そして、私は中学校の先生になったのだった。



「……これが私こと先生が『先生』になったきっかけですよー。運動嫌いで苦手なのに体育を担当しているのは、憧れの先生がそうだったからです。体育にはなんの思い出もありません。文句ありますか?」


「戸叶せんせー、身の上話はもういいですから、早く体力測定やりましょうよー」


 生徒のひとりが手を挙げて発言した。前向きな意見だった……あら珍しい。

 体力測定なんてだるい、しんどい、めんどくさいで嫌がるものじゃないの?


「新記録を出そうとして燃える人だっているんですよ、せんせー」

「ふーん。少数派ね」


 少数派でも切り捨てるべきではないから、そろそろちゃんとお仕事をやりますか。


「じゃあみなさん、嫌いな人同士でペアを作ってくださいねー」


『……嫌いな人同士?』


 生徒たちが首を傾げた。


「はい。だって好きな人同士だと余る人がいるでしょう? だから嫌いな人同士で組めば……余ったとしてもダメージは少ない気がするでしょう?」


 だって余った人は、少なくとも誰かには好かれているのだから。

 嫌われていて残るよりは、断然良い。私が学生の時も言い方ひとつで余ることが良いことだと思わせてくれればもっと良かったのに……。昔の先生は気が利かないね。


 すると、しーん、と、誰も動かない。

 ……あれ、どうしたのかな?


 嫌いな人『同士』というのが難しいのか……。片方から嫌いな人を誘ってペアを組んでしまえばいい……つまり、片想いでも構わないのだ。


「ほらほら早く、時間ないですよー」


「それはせんせーの身の上話が長いからで……。というか動けないですよ。まさか本人と周りに、『この人が嫌いです、だから組んでください』――なんて、言いづらいですよ」


「そうかなあ?」


「せんせーとは違うんです!!」


 私は言えてしまうけど……。だって嫌いなんだから。


 誰も動かないのは、互いに様子見をしているから、ではなく、思い当たる相手がいないことでどうしたらいいのか分からないと言った空気だった……嫌いな人がいないの? ほんとに?

 だから誰も動けない……ペアが、組めない――。


 私が思っているよりも、クラス全員がお互いに仲が良いのかもしれない……。


「せんせー……」

「ん、どうしたの?」


「せんせーと組んでもいいですか?」


 え。ちょっと嬉しかったけど……、いや待てよ? 嫌いな人と組んでくださいと指示を出して、余ったわけでもなく私に声をかけるってことは…………、



「わたしも!」

「おれもせんせーがいい!」

「俺も絶対にせんせーだ!」

「私だってせんせーがいいし!」

「せんせーは誰がいいの!?」

「せんせー決めてよ!!」


 と、私に集まってくる生徒たち。まるで神輿に担がれているようで、人気者の先生みたいな扱いだけど、その内容は『嫌いな人』だ。


 みんなが、嫌いな人を思い浮かべて私が出てきた……だから群がってくる……?


 どさくさに紛れて私のお腹をつねってくるやつ誰ですか!?



「えぇっ!? ちょっとこれは想定外なんだけど!?!?」


『早く選んで! せんせーは誰が一番嫌いなの!?』



 そんなの言えない。


 選べないではなく――言えない、なのだ。




 …了

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先生とペア 渡貫とゐち @josho

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