第42話 さよならに変えても:4 (7/7)

 ――……どれだけの時間が経ったのだろう。

 いつからか涙は出なくなり、ひどい頭痛の中、私は榊原君を抱きしめ続けていた。

 あたりを見渡す気力も残っていなかったが、視界の端の地面は真っ暗になっている。




 ふと、遠くの方で、聞きなれた呼び鈴が微かに聞こえた。それは何度か続くと、次は伸びるように低い声、何かを叩く音、そしてそれらよりもはっきりと、何かが割れる音がした。

 それを境に、バタバタとモノが小刻みにぶつかる音……それはだんだん近づいてきて、声がした。




 ――おい、だれかいるぞ。




 声は一つではなく、何個か交わされながら大きくなっていく。からからと転がる音、砂が擦れあう音、小さな金属同士が小刻みにぶつかる音、ビニールのようなものが動く音。


 曖昧な視界の一部が急に明るくなった。地面に映る明かりは綺麗な円の形をしており、いくつかあるそれは生きているかのように思い思いに動いていた。それとは別に、ビニール袋をかぶせた靴と、そこから紺色の布が伸びている物体がせわしなく行ったり来たりしている。




 ――おい、これって。


 ――くそ。このこだ。


 ーーひどいな、どうなってんだ。




 マサトさんの方からいくつかの声がする。機械を通したようなくぐもった声も混じっていたが、何を言っているのかはわからない。どうでもよかった。




 別の声が、頭上から降ってきた。




 ――だいじょうぶか。


 ――きこえるか。


 ーーかめらにうつっていたがくせいだ。




 身体が揺れる。




 いやだ。やめて。


 私たちに触らないで。


 私と榊原君の間に、入ってこないで。




 榊原君と引き剝がされそうになり抵抗するも、身体が全く動かず、いとも簡単に私と彼は離れ離れになってしまった。

 指先まで鉛のように重い。身体の感覚が遠い。叩かれているのか、揺らされているのか、それとも実際は何もされていないのか、わからない。



 ――おい、きみ。しっかりして。



 ――いきはしているけど、いしきが。



 ――きゅうきゅうしゃよんで。はやく。





 榊原君の方から、また別の声がする。







 ――ああ、こっちはもうだめだ。









 それを聞いて私はひどく安堵した。


 ああ、よかった。終わったんだね。

 榊原君。一人じゃなかったかな。

 最後は、寂しくなかったかな。








 榊原君は、私がキスを求めるように破壊を求め、愛おしいものを愛でるように殺し、凌辱した。

 合わない価値観、感性の中、孤独になりながらも、それでも満たされたいと願っていた。


 自分から自分を解放する手段に死を選ぶしかなかった彼にとって、自分に向けられた殺意すら、この世界から救ってくれる愛情に近いものだったのかもしれない。

 たった一人で自分を終わらせることになっても、その最後の最後で、他者からの愛情を求めていた榊原君。


 そしてその一方で、私を生かすために、彼は自分の命を犠牲にした。


 自分がこれ以上、傷つけないように。

 命に替えてでも、自分自身から、私を守るように。

 私は、榊原君から命がけで愛されていた。



 愛されたいと願い、愛したいと願った。

 それは私たち、一緒だったんだ。





 私たちは、愛し合えただろうか。





 榊原君が離れてしまったからか、それとも榊原君が無事に死ぬことができたのが分かったからなのか、急激に意識が遠のいていく。その間もいろいろな声がしていたが、それも小さくなっていった。

 視界がだんだん暗くなり、眠りに入っていくような心地よさの中、私は目を閉じた。



         ―END―

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猟奇少年と純愛少女 猫背 @nekozetoreigan

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