第41話 さよならに変えても:4 (6/7)
――気がつくと既に注射器の中の薬を全て押し入れていたようで、慌てて針を抜いた。
その間無意識に息が出来ていなかったようで大きく呼吸する。手が震え、痺れる。汗がひどく冷え、肌に触れる服が冷たい。
針を刺していた場所から出血し、それは小さな赤い玉のように膨らむと、少しずつ大きくなっていく。拭ったほうがいいのかと震える指を伸ばすと「馬鹿、触るな」と避けられた。
彼は私から注射器を取り上げると、脱ぎ捨てていた学ランの裾でその全体を丁寧に拭き、注射器を数回握ると地面に放り投げた。
「北村まで犯罪者になる必要はないから。
なんか言われても、逆に殺されそうになったって言っておけ。本当のことだし」
そう言いながら、左腕に結んであったスカーフに右手で掴むと自ら解こうとしたため、私が代わってスカーフに手をかける。
だんだんと自分が犯したこと、それで引き起こされるであろう結末に頭が回りだし、呼吸が乱れ、手に力が入らない。ようやくスカーフが解けると私は立ち上がり、すぐさま彼の背面に回って背もたれになるようにして座り、後ろから手を回して抱きしめた。
彼は抵抗することなく、私に身体を預けるようにして足を崩す。
瞬きをしなくても熱を持った涙が次々に溢れ、私は激しくしゃくり上げてしまい、まともに話すことができなかった。もう呼べることができなくなるであろう彼の名前を、何度も口にする。
彼は私の手に片手を重ねて優しく握り返すと、静かに言った。
「ありがとう」
泣きじゃくりながら頭を左右に振り、より一層腕に力を込める。
不規則な呼吸に邪魔されながらも私は何とか口に出す。
「榊原君、大好き」
彼は肩をかすかに揺らし、笑った。
私にもたれるかかる体重が徐々に重くなっていき、握っていた手もまた、少しずつ力を失いゆっくりと落ちていく。落ちかけた手を私は握り返し、彼の頭に額をつけて、声を上げて泣き続けた。
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