第3話 決着のとき、そして


 飛び出た先は広大な庭で、芝生だけが続いている。

 ヨシュアが目をこらすと、15メートルとないところにウォレスが平然と立っていた。


「ウォレス、逃がさん!」

「逃げる? この俺がなぜ逃げる必要がある? 比類なき無双の力を持つ、最強のこの俺が──!」


 ウォレスは全身から、どす黒い魔力を噴出させた。

 その魔力は人が持つ暗黒面がかたまったかのような、ドロドロとした粘性や密度さえ感じさせる。

 善人の皮を被っている普段は、決して表には出さない邪神から得た力だ。


 夜の闇よりもなお暗い、すべてを黒く染め上げる闇が周囲に広がっていく。

 その中で、対峙するヨシュアの剣だけが闇との同化を拒むように白光を際立たせていた。


「ガデルは真の勇気をその行動で示し、リンディーは身を呈してお前の魔法スキルの性能を暴き出し、そしてエルザは、諦めない心を俺に教えてくれた。その俺が今、ウォレス! お前を討つ!」


「おお、ご立派な前口上だ。だがこれを前にして、その威勢がどこまで続くかな」

 ウォレスは後方にふわりと跳んで50メートルほどの距離を取ると、

「ファイアーボール!」


 両手を広げて唱えると、彼の周りから頭上にかけてグレープフルーツ大の火球が大量に出現した。


 その数はとても数十ではきかない。

 100は下らないだろう。


 ファイアーボールは言わずと知れた初歩の攻撃魔法。

 多少の心得があれば誰でも使える魔法である。

 それだけに1発のダメージはさほど大きくはない。


 だがこの数を見せられたら誰もが戦慄する。

 目の前に広がる、おびただしい火球の大群。

 どれだけ勇ましいものでもおののかずにはいられないだろう。


 これが強大な魔力をバックに、タイムラグのない無詠唱と連続魔法のスキルを組み合わせた恐るべき技。

 そして過去、ヨシュアが敗北した技でもある。


 ウォレスがあえて開けた場所を選んだのは、この魔法スキルを存分に活かすためだ。


 数えきれない火球がこちらに敵意を向けて滞空している。

 誰であろうと死を覚悟する光景。

 だがヨシュアはひるまなかった。


 剣を正面に構えると、魔人さえ射竦いすくめるような鋭い目でウォレスを見据みすえる。


「ほう、俺に勝つ気でいるのか。ルナリアを倒したと聞いたときはちょっぴり驚いたがなあ。まあ、あの女が死んだのはかえって好都合だ」


 彼が手をかざすと、さらに火球が数を増やす。


「ルナリアは最初こそ仲間みたいな顔をしていたが、最近は俺をゆすって主導権を奪おうとしてたんだ。あいつから付与された回復スキルはもう自分のものにしたし、適当な理由でそろそろ殺そうかと考えていたところだった。いや、厄介な暗殺者ごと殺してくれて手間が省けたってもんだ」


「自分の邪魔者はすべて消すということか!」

「ああ、そうさ。ヨシュア、お前が死ねば真実を知るものはもういない。俺の明るい薔薇色の未来のために、さあ、死んでくれっ!」


 ウォレスが掲げた手を前に倒すと、

(くるか!?)

 展開していた火球が一斉にヨシュアに殺到し、彼の視界を席巻した。


落鳳波らくほうは!」

 横薙ぎに剣を振るうと、風の刃が複数飛んだ。

 第一陣の十数個はこれで消し去った。


 しかし残りの9割は勢いを殺さず向かってくる。


「ハアッ!」

 闘気を伴った剣圧で範囲攻撃を仕掛ける。

 それでもう1割弱を消し飛ばしたところで、火球が四方八方に散らばった。


 本来なら放ったらそれっきりのファイアーボール、しかしウォレスにはある程度の遠隔操作ができた。


 ヨシュアは長剣をコンパクトに使った素早い連続斬りで迫る火球を次々と切り落としていく。


 一塊ひとかたまりで飛来したものは、真横に振り抜いた一撃で薙ぎ散らす。

 それでも払いきれないものは、防御魔法でおおった手刀で叩き落とした。


 精妙せいみょうな剣の運び、たいさばき、至上と呼んで過言ではない剣技は勇者の技にふさわしい。


「おお、さすが勇者様の冴えた動きだ。しかしそれも今宵こよいで見納めか。いやあ残念でならない」


 ウォレスはおどけながら軽口を叩く。

 そのわずかな油断を見逃さず、ヨシュアは闘気を飛ばす剣技で奇襲をはかった。


 三日月型の刃がくうを切り裂いてウォレスの喉元に迫り、


 カァァン!


 攻撃が届く寸前、硬質な衝突音と共に刃が砕け散った。

 接触の瞬間だけ、半透明のガラス板状のものが在ると分かる。


「生半可な攻撃ではこの魔法障壁マジックバリアは貫けないぞ」

「くそ、やはり直接斬り込まねば、ぐあっ!?」


 死角から飛び込んできた火球が脇腹で炸裂した。

 軽鎧では防ぎきれない、拳をねじ込まれるような威力の爆発と高熱に体がに折れる。


 さらに、彼が見せた隙に、火球たちが牙を剥く群狼ぐんろうのごとく襲いかかる。


「ぐわあああ!」

 続けざまに衝突してくる火球が連鎖的な小爆発を起こすと、ヨシュアはあっという間に爆炎にまかれた。


 姿が完全に見えなくなるが、

「──ハアッ!」

 彼は回転斬りで追撃してくる火球を切り払うと、炎と煙の中から飛び出した。


(装備に対炎熱属性レジストファイアを仕込んでおいたから良かったものの、とっさに防御魔法で軽減できていなければ、やられていた)

 

 窮地は脱したが、状況は変わっていない。

 いや、一方的にダメージを受けた分、ヨシュアが押されている。


「死物狂いで修行してきたわりには、魔法への対策は未完成のようだな。よくそれでルナリアを倒せたものだ。まあ、時間はある。俺のスキルにどこまで耐えて粘れるか、体を張って見せてくれ」


 ウォレスは嗜虐心しぎゃくしんに満ちた顔で新たな火球の群れを作りだすと、再び掲げた手を倒した。








「──はあ、はあ、はあ」

 ヨシュアは呼吸が乱れ、肩で息をしていた。

 もう何千何百の火球を斬っただろうか。

 辺りには空気の焦げる匂いが漂っている。


 彼は強靭な体力と集中力を持っているが、ウォレスが得た邪神の魔力はほぼ無尽蔵。


 絶え間ない猛攻を受け続け、ダメージは目に見えて蓄積していた。


 耐火マントはぼろぼろに千切れ、軽鎧はいびつにゆがみ、火傷も身体中に及んでいる。


「かつて数多の魔物を倒し、勇者とまで呼ばれた男も俺のスキルの前には成すすべがないか。やはり俺は最強らしい」

 5つのファイアーボールが飛び交い、抗おうと試みたヨシュアはそれを全身に浴びてしまった。


「ぐぅっ……!」


 彼はついにがくりと片膝をついた。

 しかし、その眼差しはウォレスを中心に捉え、彼の闘志を表すように剣の白光は薄れてはいない。



「もう足掻くこともままならないか。ここらでおしまいだなあ、ヨシュア」

 ウォレスが手のひらを上に向けると、掌上しょうじょうに火球が生まれる。


「勇者様をファイアーボールなんて初級魔法でなぶり殺しにするのは失礼だ。ここは極大上級魔法で骨も残さず、派手に焼き殺してやろう」

 俺の自伝になぞらえてな!

 火球のサイズがひときわ大きくなった。


 絶体絶命、だがヨシュアの瞳の奥が輝いた。

(このときを待っていた──!)


 天才と呼ばれた魔術師リンディーが命を懸けて彼に伝えた、ウォレスのスキル唯一の弱点。


 それは詠唱がなくても大きな魔法は連発できず、撃ち終わるまで体勢を変えられないこと。そして魔法のレベルに比例し、使用後には次の魔法を放てるまでにほんの僅かな時間が必要になること。


(ファイアーボールクラスなら奴は量産できるが、強力な魔法を撃たせれば直後に隙ができる。勝利を手繰り寄せるには、そのタイミングを狙って飛び込むしかない!)


 もちろん、危険がないわけではない。

 放たれた魔法に当たれば当然アウト。

 回避しつつ、次の魔法が放たれるまでに肉迫にくはくし、勝負を決める一撃を叩き込まねばならない。




「名残惜しいな、ヨシュア。次の1発が俺たちの今生こんじょうの別れとなる。せっかくだ、お前の勇者の肩書きは俺が引き継いでやる。今度こそ安心して死ぬがいい」


 ウォレスは火球を胸の前に持ってくると、両手で押し潰すように力を込めた。

 すると冥界の炎を練り込んだかのように、火球が赤黒く変わっていく。


 それが彼の上半身を覆い隠すほど膨張すると、ウォレスは肩幅ほどに足を開いて構え、そして、


強襲する赫炎クリムゾンレイド!」


 ぜる発射音と共に、膨大な熱量を持った魔法エネルギーが、渦巻く炎の濁流となって放たれた。


 破壊力を持った魔力の奔流が一直線に、大気をき裂いて迫り来る。


(ガデル、リンディー、エルザ──俺に勇気を分けてくれ!)


 ヨシュアは地を蹴って駆け出した。

 目前に迫る炎の渦に向けてまっすぐ走ると、

「くっ!」

 体を横に開いてギリギリで避けた。


 だが、

「ぐうう!」

 凄まじいまでの熱に半身が瞬時にあぶり焦がされ、マントの端に引火する。


 しかし、彼はいささかも怯まない。

 このくらいのダメージは想定内、覚悟の上だ。


「うおおおおーっ!」

 舞い散る火の粉を巻いてヨシュアは疾駆する。

 炎が彼の顔を赤く照らす。

 この一撃で忌まわしい過去を断とうとする、怒りの輪郭を浮かび上がらせながら。


「貴様、まさか最初からこの瞬間に勝負をかけて!?」


 ウォレスが魔法の強制停止を試みたとき、すでにヨシュアは彼のふところおどり込んでいた。


「ウォレスッ!」

「ぬう!」


 ウォレスが強引に突き出した左手から迎撃魔法を発動できるまでおよそ1秒弱。

 だが、まばたきに費やすほどの、ほんの数瞬も得られればヨシュアには十分だった。


七戒しちかい・星破剣!」


 剣が数条すうじょうの光を放つと、閃光のごとき剣閃が縦横無尽に走った。

 常人では影さえ視認不可能な高速多段斬り。


 邪気をはらう聖なる剣技の前に、魔法障壁は瞬断され、ウォレスの左腕が四散すると同時に、胸に多数の斬撃が刻み付けられた。


「ぐはあっ!」

 吹き飛んで転がったウォレスを、未だ緊張さめやらぬ目でヨシュアは見た。


「リンディーは命をして、お前の弱点を教えてくれた。ウォレス、お前はこれで終わりだ」

「…………ふふ、終わりだと?」

 左腕を失い、胸から大量に血を流しながら、ウォレスはむくりと立ち上がった。


「見事な太刀筋だった。だが、この程度のダメージ、俺の再生力と連続回復魔法の前にはわけもない。傷がふさがり次第、お前を殺す。同じ手は2度と通じないぞ」

 ウォレスは不敵な笑みを浮かべながらヒールをかけ始めた。

 しかし次第に回復の光が弱くなって、消えた。

 体が再生する様子もなく、出血は続いている。


「なぜだ、無詠唱が、いや魔法そのものが……回復スキルの効果までもが鈍い。これは、一体!?」


「終わりだと告げたはずだ」

「どういうことだ!?」


「俺が血反吐を吐いて修行し、体得したのは対技能アンチスキルの最上級スキル、技能潰しスキル・マッシャー

「スキル・マッシャーだと!? ま、まさか、これは」


「このスキルを発動させた俺に斬られたものは、しばらく魔法やスキルを封じられ、使うことはできん。たとえそれが、邪神から得たものであってもな」



「そ、そんな、馬鹿な」

「少しでも疑うなら、さっきみたいにファイアーボールを並べてみろ」

「う、うう、あああ、ま、魔法があ、俺のスキルがあ……」

 ウォレスは焦りを浮かべた顔で残った手を振りかざすが、魔法は煙も出ない。


「さあ、ウォレス、これで終わりだ」

 火傷だらけだが確かな足取りでヨシュアは彼に近寄る。

 ウォレスは青ざめた顔で右手を前に出した。


「ま、待て、ヨシュア! よく考えろ。ここで俺を殺せば、たしかに仲間の仇は討てる。だが、お前らは汚名を着たままだぞ!?」


「そう来るだろうと思ってな、俺は密かにお前の犯罪の証拠を集めていたんだ。結託した例の地上げ屋は締め上げて全部吐かせた。ロトル村襲撃の件も、今のギルドを隠れ蓑にお前が犯した罪の証拠も、できる限りな。これを公にすることで俺たちの潔白が証明され、名誉を取り戻せる」


「それを公表したところで、今さら出てきた極悪パーティーの生き残りと今や大勢に支持されている俺、世間はどちらを信じると思ってるんだ?」


「だからこそ、俺は慎重に仲間を増やしながら、ことを進めてきた」

「な、仲間だと……?」


「証言を揉み消された惨劇の生存者、お前に疑惑の目を向けていた役人、以前魔物から助け、恩人である俺たちの無実を信じてくれていた貴族……その他多くの者たちに協力を求め、事前に話を通してある。この屋敷に俺を手引きしてくれたのも、村を焼かれた復讐のためにお前に近づいて素性を探っていたメイドだ」


「なんだと、いつの間に」

「俺は助けてくれる仲間を信頼した、お前は仲間を裏切り続けた。その差だ」


「ううう……ま、待て、悪かった、なんでもするから見逃してくれっ」

「この期に及んで、見逃せだと?」


「今ここで見逃してくれるだけでいい。金ならやる、財産の半分、いいや、屋敷にあるすべてを渡してもいい。望みを言え、好きなものをやる」

「……」

「なにか望みはあるだろう? 酒なら、最上級の酒を好きなだけ浴びさせてやる。それとも女か? だったら、この国で1番値が張る、最上級の高級娼婦おんなたちをあてがってやる。あのエルザなんかよりずっといい女たちだぞ」


「……なんだと?」

「な、なんだ、それでも不服か? なら、こ、この屋敷も所有する土地も全部つけてやる。貴族と上手くやって得た利権もやるぞ。そうだ、それで足りなきゃギルドマスターの椅子も譲ろう。だから待ってくれ、な? 以前は俺だってパーティーの一員、仲間だったじゃないか」


「仲間だと? 俺を前にして、今さら仲間なんて言葉を使うのか」

「うう、うう」

「前に言ったはずだ、ウォレス」

 ヨシュアの体から、怒りの闘気が燃え盛る炎のように立ち上る。


「あ、あああ、あああ」

「お前はパーティーから追放……クビだとなあっ!」

「ひっ、ぐぎゃああああ!」

 ヨシュアの全身全霊をかけた怒りの一太刀がウォレスを両断した。





 ヨシュアはこうして、会得したスキルで復讐を果たした。

 ウォレスの悪事が公表されたことで、多くのものたちがヨシュアとそのパーティーへの誤解を深く謝罪し、また彼の仲間思いの行動を讃えた。


 勇者から放浪の剣士に成り下がっていたヨシュアは、その功績から、のちに最大のギルドのマスターにまで成り上がった。


 しかし。

 どれほどの地位や財産を得ようとも、彼はいつまでも仲間たちの墓へ弔いの花を絶やすことはなかったという。

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仲間に裏切られた俺は新たに会得した超絶スキルで復讐する。金や地位をやるから仲間に戻ってくれ? そんな申し出など、もう遅い。 @chest01

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