第2話 真相

 無表情でウォレスは佇んでいる。

 ヨシュアは睨み付けながら、続けた。


「俺たちのパーティーに加わったお前は、初めこそ穏やかな魔法戦士を装っていたが、次第に馬脚をあらわした。暴力に恐喝、所属ギルドやパーティーの知名度を利用した違法なアイテムの売買、密輸。仲間にした俺たちの目をあざむき、信頼を裏切る犯罪の数々。その極めつけは……金欲しさに悪質な地上げ屋と組んで小さな集落を焼き払ったことだ」


 ヨシュアから過去を突き付けられたウォレスだが、動揺は見せなかった。

 彼は否定も肯定もせず、口を閉じたままリアクションを取らない。


「地上げ屋の独自の調査で、ある村の地下に大量の魔法石が埋まっていることが分かった。お前らはその事実を告げず、土地を買い取りたいと村人に交渉した。いや、実際はとても交渉とは呼べない、ごろつきを使った強引な立ち退きを迫ったようだが」


 彼は相変わらず沈黙を守り、唇を引き結んでいる。

 その表情にこれという特筆できる色はない。


「度重なる脅しに屈した村長が仕方なく応じかけていたとき、どこからか魔法石の存在が露呈ろていした。抗議が起こり、計画が潰れることを恐れたお前らは、野盗の仕業に見せかけ──」

 容赦なく村を焼き払ったんだ。


 ヨシュアは努めて冷静に言った。

 そう装っているだけで、一言の端々に怒りがにじみ出ている。


 ここで初めて、ウォレスに動きがあった。

 紳士然とした身なりの彼は、途端に口角を醜く緩ませると、

「村長の証文も偽造して、色々と上手くやったつもりだったんだがな。あのときは、まさか生き残りがいるとは思わなかった」

 悪びれる様子もなく、わざとらしくため息を吐いた。


「悪事の全容やお前の関与が分かったのは、その数少ない生存者の証言があったからだ」

「本来、物的証拠がなければ罪には問えないはずなんだが……それなのにお前らは、俺に罪を認めて自首するようにすすめてきた」


「ああ、俺たちはダンジョンでお前をパーティーから追放し、その場で事実かどうか問い詰めたんだったな。叩きのめして役人に突き出す、そんな果断な対処でも良かったが……少しでも罪を償おうという気持ちがあればと、エルザの慈悲深さからわざわざそういう機会を作ってやった」


 なのにお前は、とヨシュアは苦々しく言葉を継ぐ。


「人目がないのをいいことに爆発魔法で俺たちに怪我を負わせ、逃げ去り、姿をくらませた」

「地上げの件でいくらかまとまった金が転がり込んできたんだ。捕まってなどいられるか」


「これ以上の悪事を止めるため、俺たちはお前の行き先をたどり、情報を集めた。これは元パーティーメンバーとしての使命だ」

「ほっといてくれりゃいいものを。律儀だよなあ、さすがは正義の勇者様と呼ばれただけはある」


 挑発的な言葉を吐かれるが、ヨシュアは彼のペースには乗らない。


「俺たちはお前が、最深部に神殿のある、ダンジョンの探索に入ったことを突き止めた」

「ああ、俺が大いなる力を手に入れた、あそこか」


「何が大いなる力だ。自伝では女神に与えられたとあるが、ハッ、正反対もいいところだ。その神殿にまつられていたのは、神は神でも、邪悪なる神じゃないか」

「力をくれるなら、俺にとっちゃどっちでもいいのさ」


「その神殿では禁忌とされている邪神との契約を交わせるというが、しかし……喚び出すには生け贄がいるそうだな。お前と一緒にダンジョンに挑んだ他のパーティーメンバーは魔物にやられて帰還できなかったとギルドに記録されていたが……」


はな? そいつらが本当はどうなったか、なんて今更聞くつもりなら、そりゃ愚問ってもんだ」

 ウォレスは口角を上げ、薄笑いを浮かべた。

 チッ、とヨシュアは露骨に軽蔑を示す舌打ちで返す。


「そして聖女と語られるルナリア、その正体はお前といい勝負のクズだ」

「いやいや、あの女は俺に輪をかけて性悪さ。高い魔力と美貌と口先の上手さで隣国の王子を籠絡ろうらくし、やりたい放題やって国を傾けた挙げ句に逃げてきた、仮初かりそめの聖女様だ」


「聖女どころか魔女そのものだ。人格が破綻したクズ同士、お似合いだがな。そのクズどもが手を組んで起こしたのが、あのロトル村の惨劇だ」


 そう言ったヨシュアは強く唇を噛んだ。

 深く呑んだ恨みを今ここに表すかのように。


「お前は大勢の傭兵と、ルナリアが従える魔物と暗殺者団を使い、俺たちが泊まっていた村を襲った」

 ヨシュアは暗い瞳をしていた。

 その双眸そうぼうの中にはいくつもの感情が揺れ動いている。


「俺たちをあぶり出すため、建物に次々と火がかけられ、逃げ惑う無辜むこな人々へ無差別の殺戮が始まった。ガデルは村人を守るため盾となり、傭兵と魔物を引きつけて孤軍奮闘し、リンディーは負傷しながらも俺と共に全力でお前やルナリアと戦った」


「あの戦力差を押し返すとは思わなかったぞ。さすがは勇者御一行様だ。まあ、この俺とルナリアには及ばなかったがな」


「やがて、ガデルもリンディーも力尽きた……。そして剣を折られ、満身創痍で動けなかった俺を、お前の魔法からかばってエルザは深手を負った」


「そうだ、それから2人して逃げ込んだ屋敷を全焼させて焼き殺したはずだ。なのにお前はなぜ生きている、足のないアンデッドでもあるまいに」


 ヨシュアは伏し目がちにうつむいていたが、

「致命傷を受けたエルザは……俺の恋人だったエルザは……それでも最後の力を振り絞り、残りわずかな命を魔法力に換えて、回復術ヒールを使った。自分にではなく、俺を生かすために……。だから俺は、焼け落ちる屋敷からなんとか脱出できたんだ」


「ほう、泣かせる話じゃないか。するとあの灰になった装備品と死体は」

「屋敷の中で亡くなっていた若者は歳も背格好も俺と近かった。恐らく、彼の死体が間違われたんだろう」


「それで逃げおおせたというわけか。まあ、あの襲撃は全部ルナリアが仕組んだことだ、恨むならまず奴を恨め」

「ああ、あいつは真逆なことを言っていたがな。何から何まで全部お前が悪いと、最後の最後まで往生際おうじょうぎわ悪く言い訳を並べて」


「往生際……? まさか」

「ああ、ルナリアはもう倒した。ここに来る前にな」

「!? 奴には護衛の暗殺者団が」

「無論、そいつらも1人残らず倒したが?」


 ウォレスは眉を寄せた。

 急激に警戒心を持ち始めたか。


「ボスのシエラ、そして孤児を仕込んだ暗殺者集団か。以前の俺なら斬るのを躊躇ためらっただろう。だがお前にくみするものなら、今の俺は斬れる。今の俺は勇者ではなく、復讐者アヴェンジャーだからな」


 勇者と呼ばれていた頃に比べ、彼の目は冷たく渇いたものになっていた。

 それは仕方がない。

 そうなるだけの悲劇を目の当たりにしてきたのだから。


「あのルナリアたちを倒すとは」

「俺はあれから人里を離れ、修行に明け暮れていたんだ。お前らを倒すため、仲間の仇を取るために死物狂いでな」


 ヨシュアは転がっている本に視線を投げると、

「お前が、自分を英雄視させるあんな自伝まで出して嘘を広めたせいで、俺たちは汚名を着せられたままだ。ガデルは戦士の風上にも置けぬと故郷に墓も立てられず、リンディーは名誉メンバーだった魔術師ギルドを除名処分にされた。エルザにいたっては重罪人として、教会で魂の救済さえしてもらえなかった……」


 そして、と刺すような眼差しをウォレスに向ける。

「俺はクズ勇者とさげすまれ、ギルドの汚点としてこれまでの功績はなかったものとされ……冒険者たちは折に触れては、俺の名を最低の代名詞にした」


 彼は今にも爆発しそうな怒りを沈着に保ちながら、

「だが、その屈辱にまみれた日々もこれで終わる」

 そう言って、剣をすらりと抜いた。


 闘気が込められると、剣身が白光を宿す。

 無銘ではあるが、それなりの魔法剣だ。


「ここでお前を倒し、敵討ちを成し遂げる。仲間の無念を晴らし、雪辱を果たし、そして、何もかも終わりにさせる」

「ヨシュア……!」


 2人は睨み合っていたが、ややあって、

「……チッ」

 ウォレスが魔力の衝撃波で窓を割り、外へと飛び出した。

「逃がすものか!」

 ヨシュアはあとを追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る