第20話 普通の異世界っぽいお話
「お言葉ですが、カルナ王の魔術スキルは戦闘向きではありません。どうか国で吉報をお待ち下さい」
「いいえ、ハティオ王を見ましたか? 身を挺して自分の国民を守るあの姿、先陣を切れぬ王など王ではありません! それに私たちには勇者様がいます。必ずやスピカ山脈の魔物を滅ぼして平和をお与えになるでしょう」
レイは少し離れた所で頷いた。
しかたなく六英達も了承し、イリアナがカルナ不在時の王のかわりとする事に皆賛成し、バルカンへの遠征準備を行っていた。
ケルトスが指揮をとって、兵糧を荷車に乗せていく。
海軍力を残し、魔導騎士と呼ばれるセイレーン最強の兵達が馬車へと乗り込んでいく。
全ての準備が出来ると、楽器を鳴らし戦場に向かう戦士達の士気を向上させた。
一際豪華な馬車の中でカルナはレイと一緒だった。
「勇者様、ゼムの実で作った焼きワインです。飲まれますか?」
レイはカルナの持つ瓶の中身を嗅いだ。
「葡萄、ラブルスカに近い。気候は殆ど地球と同じだな。お館様、すまないが俺は飲食を必要としない」
酒を断ったレイに会釈すると、カルナはワインの瓶を後ろに置いた。カルナは独り言を言うように話し出した。
「セイレーンは戦いを好まな国です。今から戦争に行くというのに、私は少し嬉しいんです。殆ど交流の無かった他国と一緒に何かが出来るという事が、大国と呼ばれたいくつかの国は貿易などで交流はあれど、お互いの国家間で何かをしようとした事はありませんでした。相手国の方が優れた何かを持っている事に恐れています。私ももちろん例外ではありません。軍事国家バルカン、その使者が来ると聞いた時は、私達の領地を狙ってかと思いました。しかし、ハティオ王は違った。彼女もまた自分の国を守る事に必死なんだって、私と同じだった事が酷く嬉しかったです。皆手を合わせて共に生きて行ける。この戦いはそんな第一歩なんです。スピカ山脈の魔物の王を倒せば、ランカも戻って来てくれるような気がします」
「お館様がそう言うなら、そのように動く。十日間はこのままなんだな? 少し休む。何かがあったらすぐに機動出来る状態で待機している」
そう言うと、レイは座ったまま目を瞑った。
カルナは初めてレイが眠る姿を見た。
そして、その姿に見とれてしまっていた。
馬車の振動でサラサラと揺れる銀色の髪に陶器のような肌。
カルナより頭一つ分くらいしか大きくない少年の何処にそんな力があるのか、魔術なんかよりも数段上の力。
寝息も立てずに微動だにしないレイ、死んでいるんじゃないかとカルナは少し不安になってレイの頬に触れようとしたその時、カルナの手を優しくを掴むレイ、ゆっくりと瞳が開かれる。
眠たそうに半目でレイは言った。
「お館様、どうかしたか?」
「いえ、起こしてしまいましたか? すみません」
完全に瞳が開くと、レイは微笑んだ。
「大丈夫だ。三分寝れば十分に回復出来る」
水を用意したカルナだったが、それにもレイは首を横に振った。レイが何かを口にする所をカルナは殆ど見た事がない。
「レイ様は何も口にされていませんが、大丈夫なのでしょうか? 私はそれが心配で……」
レイはカルナの頭を撫でると、水を一口飲んだ。
「無限炉を持つ俺には食物からエネルギーに変換するという事は殆どしないのだが、お館様が悲しむなら俺はいくらでも食べ物を取り込む」
水を飲んだレイを見て、カルナはぱっと明るい表情を見せた。
そして、用意していた果物を差し出した。
「沢山ありますから」
レイはゆっくりと少量の食べ物を身体に取り込んで行った。
そうこうしていると、馬車の動きが止まった。
兵士達の話によると進行先に巨大な岩が邪魔をしており、取り除くのに時間がかかっていると言う。
「そうか」
レイはそう言うと、馬車を降りて先頭の馬車の所へと向かった。
そこにはケルトスや他の兵達が棒を使って岩をどかそうとしていた。
レイに気がついたケルトスは頭を下げる。
「勇者様、申し訳ない。もう少し待って頂きたい」
兵達を掻き分け、巨大な岩の前に立った。
「俺がどかそう。お前達、下がっていろ」
大の大人が十人以上で押してびくともしない岩を、レイは両手で触れると力を入れた。
レイが岩を押すと少しずつ動き出した。
兵士達が驚きの表情を向ける中、レイはさらに岩を動かした。岩はガランと大きな音を立てて、馬車の進む道を開いた。
レイの存在は兵の士気を上げ、スピカ山脈の戦いの勝利を確信させていた。
スピンワールド最強のバルカンと、その秘宝である魔法の鎧も味方についている。
負ける事が考えられなかった。
岩をどけて進んだ先で日が暮れ、そこで一泊する事となった。
各隊に大きな鍋が用意され、セイレーンの海の幸がふんだんに使われた匂いをかぐだけで空腹になるような鍋に兵達は舌鼓を打っていた。
一緒に振る舞われた焼きワインで気分が上がったケルトスは言った。
「この恵みを守る為に戦う。そして誰一人欠けずにセイレーンに戻るのだ。分かったな?」
自分にも部下にも厳しいケルトスだったが、若い兵の命が失われる事は許せなかった。
勢いで語っていたそんなケルトスの姿を見て、涙ぐむ若い兵達。
「セイレーンの誇り高き兵が泣くとはどういう事だ」
豪快に笑うと、パンパンと兵の背中を叩いて言った。
わいわいと騒ぐ兵達を見てカルナは微笑みながらレイに言った。
「スピカ山脈と言うと、死の山と恐れられていました。それ故にバルカン以外の国は近づこうとせず。ですが、私達はそこ今向かいます。レイ様がこの世界に来て、私たちは希望の光を見ました」
カルナの話を聞きレイは馬車を出た。
鍋を皆が食べている所に行くと小さな声で言った。
「俺にも一杯もらえるか?」
珍しくレイが宴に参加した事に一同は驚いたが、すぐに質のよい器を取り出すと、そこに鍋の具を沢山持った。
「勇者様、酒も沢山あるので、どうぞ!」
「そうだな。それももらって行こう」
その場で食べないレイに兵達が言った。
「勇者様も一緒に食べて行きませんか?」
レイは自分の持つ容器を見て言った。
「これはお館様に召し上がってもらうものだ。朝から何も口にしていない。明らかに普段よりも弱っている。国の王だ。考える所があるんだろう。スピカ山脈に行く前に倒れられては本末転倒だ」
そう言い残すと、レイはその場を去ってカルナの待つ馬車へと戻った。
湯気の立つ器をカルナの前に置くと、レイは言った。
「お館様、自分で自分を危険に晒すのはやめろ。そればかりは守れない」
「レイ様、ありがとうございます。でも、食欲がないんです」
レイは目線をカルナに合わせると、カルナの手を握った。
「無理しても食べるんだ」
レイは匙で鍋の具をすくうと、それをカルナの口元に近づけた。
カルナは小さく口を開けた。
レイに食べさせてもらいゆっくりとカルナはそれを咀嚼する。
レイもカルナが飲み込むのを待って食べさせた。カルナは水をこくりと飲むと呟いた。
「私が病で倒れた時、ランカが同じようご飯を食べさせてくれました」
「ランカもお館様の事を守る事が仕事だったからな」
ランカの事を想い出して急にカルナの表情が暗くなる。
最も親しい間柄だったが、レイとの戦いの後、姿を消した。
「ランカは今どこにいるんでしょうか? 私の事、怨んでいますでしょうか? ランカに会いたい」
涙が零れそうなカルナの瞳をレイは拭った。
カルナはそのままレイの胸に体重を預け、わんわんと泣いた。レイはランカの生命反応がセイレーンで消えてからもずっとサーチしていたが、元からランカなんていなかったかのように、自分のセンサーには引っかからなかった。
あるいは、ランカがレイのセンサーをかいくぐるジャミングが出来るかと考えたが、後者はありえなかった。
「ランカも必ず俺が見つける。まずはお館様を狙う神魔獣を破壊する」
少し上気したカルナは頷いた。
それから、弊害と呼ぶ程面倒な事もなく、バルカンの領地へとカルナ達は足を踏み入れた。
金属の分厚い壁に覆われた城壁、それが対人間用の防壁でない事が点々と分かる大きの爪痕等から見てとれた。
ぐるりと城壁をまわり、巨大な城門の前に立つと、大きな吹奏楽器のような物があった。
中の人間と話しをする為の物であった。
外に兵を立たせる事ですら危険な地帯である事を物語っていた。
そこにイリアナが大きな声で叫んだ。
「セイレーンの兵六百、只今到着した。開門をお願いしたい」
イリアナの叫び声に重い扉がギシギシと音を立てて開き始めた。
軍事国家と言われたバルカンだったが、その内部は生き生きとしていた。至る所に店があり、国の一番高い所に四角い宮殿があった。
おそらくはハティオ達がいる城であった。
城壁で囲まれているとはいえ、セイレーンの数倍の国土があるバルカン。セイレーンの民よりも色白の民が多い事から外にあまり出てはいないようであった。
それでも病弱というわけではなく、皆笑顔が絶えなかった。なによりセイレーンの兵が驚いた事は、殆どの国の食材を見る事が出来た事であった。
海の幸が有名なセイレーンの食べ物も乾物という形で見る事が出来た。
他国の兵であるというのに、バルカンの民は瓶で水を持って来た。
悪の科学者が最終兵器で世界征服しようとしたら異世界で最終兵器が勇者になった話 アヌビス兄さん @sesyato
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。悪の科学者が最終兵器で世界征服しようとしたら異世界で最終兵器が勇者になった話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます