第19話 ちーとは何処まで行ってもちーと

 黒い鎧を装着したシスカとレイが演習場で対峙していた。

 シスカの右腕には小さな盾、左腕には巨大な槍のような物を持っている。

 その様子を遠くから見ているカルナとハティオ。

 真剣な目で二人を見つめているカルナにハティオは言った。



「シスカはの。わし等クオータじゃないんじゃ。それでも我が国では最強の騎士じゃ」

「あの魔法の鎧の力ですか?」



 赤い瞳を輝かせてハティオは頷いた。

 それは自分の大事な玩具を自慢するような仕草にカルナはこの状態でも頬が緩んだ。



「クオータであるわしが言うのもなんじゃが、クオータが統治する世界はおかしい。ただ魔術の力が強力な人間が常に優秀とは限らん。カルナ王の六英はいいの。各方面に特化した人間を立てておる。他国はそうでもない。無理矢理力で押さえつけられている国や村もある。いずれ、クオータとそうじゃない人間はいがみあう。力のない普通の人間と、クオータが対等であるという事を教える為に、わしはシスカに力を与えた。あの鎧をつけたシスカはドラゴンとのクオータであるわしよりも強い。あれは、古代の異世界の勇者が着ていた物じゃ。わしの先代が譲り受けたらしい。スピカ山脈に近いバルカンだからじゃろうな? あれは本物じゃよ?」



 カルナは目を瞑って頷いた。



「素晴らしい考えです。そして、私達の勇者様もまた真の勇者様です」



 シスカは腕を上げると、大きな槍をレイに向けた。



「魔力充填開始!」



 槍は青く輝き始めた。レイはそれを見て分析する。



「エネルギー収束型の兵器、この世界の文明水準に当てはまらないレベルの武器だな。俺の都市破壊砲と似ているが違う。破壊力不明。シールドレベルを中強に設定」



 シスカの槍から放たれた砲撃、それはレイの横を遙かにずれて地面を削り取っていった。その様子を横目に見ながら、レイは破壊力を計測した。



「光学兵器に合致。都市破壊砲の出力40%と同等の威力。シールド中強から強に変更。今のはわざと外したな? 様子見という奴か? 兵器は外したら死ぬと思え! 都市破壊砲出力40%発射!」



 レイは上げた右腕をシスカに向けると、それを発射した。



「シスカ逃げろぉ!」



 ハティオがそう叫ぶが、シスカは右腕の小さな盾をレイの放つ砲撃に向けて受け止めた。



「殿下、私はバルカンの騎士です。背を向ける事などありえない。確かに言うだけの事はありますね。セイレーンの勇者!」



 レイの放った砲撃を受けきったシスカにレイはさらに砲撃を放った。



「自身の最高出力は受け止めれるようだな? 少し力を上げてやろう。出力45%発射!」



 レイは再び砲撃を放った。

 それにはシスカとハティオは驚愕の表情を隠せなかった。



「連続で撃てるのか?……それにさっきよりも強い!」



 シスカは盾でレイの砲撃を受けると、自分の槍を見ていた。青い点滅が十個あり、その点滅が全て無くなってはじめて二射目を放つ事が出来る。

 まだ四つ点滅している状態だった。

 盾から白い湯気が立っていた。



「盾の冷却が出来ない。もう一度あれを打たれたら。やられる」



 シスカにとっては絶望的に、レイにとっては当然の第三射目が放たれようとしていた。 

 シスカは自分の死を覚悟した時、目の前に赤い翼を生やした少女の後姿があった。

 昔も見た事がある光景、その翼は力強く、自分を救ってくれたバルカンの王、ハティオ。 

 魔物に普通の人間は勝てない。

 そう思っていた自分に魔法の鎧を与えてくれた愛すべき君主、守るべき王。

 バルカン最強の力を持った自分を、再び身を挺して守ろうとしてくれていた。


 シスカは声にならない声を上げた。

 魔法の盾で防げない攻撃をいかに最上級クオータといえども、ハティオに防ぐ術はない。

 レイの右腕の先に輪っかのような物が見えた。そこから赤々とした光が今にも放たれようとしていた。

 それに包まれれば、王もろとも自分も消え去るだろうと、せめて王を守る為に前に出ようとした時、遠くから声が響いた。



「勇者様、やめてください!」



 レイの腕の赤い光は消え、上げていた腕を下ろすと、レイは背中を見せた。

 シスカは腰が抜けたようにその場にぺたりと座り込むと、愛すべき君主の姿を呆然と見ていた。



「シスカ、本物の勇者相手にようここまで頑張った。ぬしはわしの誇りじゃ」



 ハティオは翼をたたみ、背中に取り込むとシスカを抱きしめた。

 一瞬鋭い表情を見せたがハティオは笑顔をカルナに見せると言った。



「あー、カルナ王の制止がなければわしらは灰になっておったな。カルナ王! かたじけない。遊びが過ぎたわい。こちらから力を借りたいと思う」



 ハティオはレイの目の前まで来ると片膝をついて手を差し出した。



「セイレーンの勇者殿よ。ぬしの力、よく分かった。それは紛れもない勇者の力じゃ。どうかわしらと共に戦って欲しい」



 レイはハティオの手を取らずに言った。



「俺はお館様に命令されればそれに従うまでだ。そして、手を差し出すにはその手、温度が尋常じゃないな」



 ハティオはクスりと笑うと手を引いた。



「凄いの。本物じゃ、ウチのシスカをいじめてくれたから少し仕返しをしてやりたかったが、恐れ入った。おっ!」



 ハティオの手をレイは握った。

 ジュッと熱そうな音がするが、顔色一つ変えないレイを見て、ハティオは嬉しそうな顔を見せた。



「凄まじいのぉ、勇者殿、わしの婿にならんか? わしの興奮した時の熱を受けれる者が誰もおらずて小作りが出来ぬと困っておった。勇者殿なら……」

「ダメです!」

「殿下いけません!」



 カルナとシスカが大声でそう叫んだ。

 ハティオは悪戯な笑みを見せると言った。



「冗談じゃ」



 ケラケラと笑うハティオの手を離すと、レイはカルナの元へと向かった。



「勇者様、こちらに危害を加える者以外に、その力を使うのは控えて下さい。それはとても強い力です。私はあまり誰かが死ぬ所を見たくありません」



 レイは頷いた。



「分かった。お館様がそう望むのであれば、都市破壊砲の使用を控える。しかし、これを使わねばお館様を守れないと判断した時は先ほどと違い手加減はせずに撃つ」



 ハティオが口笛を吹くと小さい飛竜がやってきた。



「スピカ山脈進軍には準備があるじゃろ? 十日後に我が国バルカン城前で落ち合うのはどうか? 兵は疲弊しておるので少し少ないが、魔術道具は腐る程ある。セイレーンの兵にももちろん貸し出す。そこでじゃがの、相談がある」



 突然、顔を緩めるとハティオはカルナに言った。



「この前の進軍での兵糧が殆どない。くれと言わん。買い取りでよい、売って欲しい」



 カルナは様々な顔を持つハティオに笑って言った。



「セイレーンには十分な蓄えがあります。戦にも巻き込まれなかったのは、バルカンが第一線で魔物を受け止めているからと亡き父も言っておりました。私は盟友であるバルカンに、我が国の兵糧を出し惜しみせずに使うつもりです」



 カルナのその申し出に、ハティオは深々と頭をさげた。



「かたじけない」



 シスカの乗る飛竜の後ろに飛び乗ると、ハティオは手を振った。

 見えなくなるまでカルナ達もそれに応えるように振り返す。

 その後、セイレーン始まって以来の戦争の準備という事で、六英達はせわしく動き回っていた。

 国に残す兵、残る六英、その中で六英達が反対していたのが、カルナが戦場に向かうという事であった。

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