第6話 取り引き

説明を求めるモリーと呆然としながら左腕を眺めるロバートを治療室に残し、研究棟の一室へと戻ってきた。


「ここは研究棟の職員の事務室だ。そこらの椅子に座ってくれ」

「食堂でお茶を貰って来るわね」


俺が適当な椅子に座るとコナーは事務室を出て行った。

ベンは机に向かって何やら羽ペンみたいな物で、何やら紙に書き始める。

ん? 紙があるのか

よく見るとそこらのテーブルの上には紙束が大量に積んであるのに気が付いた。

その中の一枚を手に取ってみると、紙には細かい植物の繊維が見える。

羊皮紙みたいな動物の皮を伸ばした物ではなく、植物から作った紙だろう。

ほー、和紙に近いな。

この世界には植物紙が流通しているのか。

そういえば、パトナ村にも紙作りの職人が住んでいたという記憶がマークの中にもあったな。

和紙の様な紙がどこでも生産されていて、値段もそう高くはなかったという記憶だ。

紙が自由に使える程に生産されているという事は、この世界の文化レベルもそれなりに高いという事になる。

紙が大量に流通していれば、過去の失敗や成功を手軽に書物にして残す事が出来る。

その書物によって、過去の失敗を教訓にする事が可能になるからだ。

それによって知識や文化がどんどん更新されてゆくしな。

たとえそれが電気やガスに頼らない文化だったとしても・・・


ガチャ

事務室の扉が開き、コナーが戻って来た。

両手で大きなトレイを抱えていて、トレイの上には木製の器とパン、そして木製の小ぶりな樽が乗っている。


「これクロスの食事よ」


そう言って俺の近くのテーブルにトレイを置くと、持ち手の付いた樽を持って部屋の奥へと向かった。


「お茶も貰って来たから入れるわね、食べてていいわよ」


ああ、樽にはお茶が入ってるのか。

トレイの上の木製の器には野菜の入ったポトフの様な物が入っていて、トレイには木製のスプーンも添えられている。

そういえば目が覚めてから、緑色のナニカと水以外を腹に入れていなかったな。

早速パンに噛り付いてみたが、硬くてなかなか噛み千切れない。


「それはスープに付けて食べる物だ」


パンと格闘しているとベンが横からアドバイスをくれた。

ああ、ふやけさせる為のスープか。

パンをスープに暫く浸けてから齧ると、硬かったパンが簡単に千切れた。

うん、スープの味は悪くない。

胡椒なんかを足したくはなるが、そんな高価な物は神殿には無いだろうし、これで十分だ。

パンとスープを食べ終わった頃、コナーが木製のカップにお茶を入れてくれた。

一口飲んで味わってみると、ウーロン茶に近い味がする。

確か、緑茶もウーロン茶も紅茶も元になる茶葉は一緒だったハズだし、蒸し方を変えれば他のお茶にも変えられるんじゃなかったっけ。

ベンと自分のお茶も用意したコナーが俺の正面の椅子に座った。


「さて、クロス、君の今後について話そうか」

「ああ」

「君に今後の希望はあるか?」

「とりあえず・・・・パトナ村に行ってマークの親族や知人を弔ってやりたい」


パトナ村に行きたいのはマークの記憶にある人達を弔ってやりたいと思ったからだ。

2人がマークの家族について何も言わないのは、俺に気を使っての事だろう。


「キツい事を言うが、今のキミには無理だ」

「えっ?」

「パトナ村に行きたいという気持ちは分かるが、君は村までどうやって行くつもりだ? 君を運ぶのに村からこの王都まで馬車でも片道2日掛かったと聞いているぞ。移動手段は何だ? 徒歩か馬車か? 食料や水はどうする? 野宿をする道具は? 野盗や奴隷狩りに会ったらどう対処する? パトナ村を襲った襲撃者がまだ村の近くに居座っていたとしたら?」

「うっ・・・」


ベンの指摘は正論だ、俺は何も言い返せない。

今の俺が村に一人で行くというのは、かなり無謀な事なのだろう。


「パトナ村の亡くなった犠牲者は教会の者が埋葬してキチンと弔ったと報告が来ている、情勢が落ち着いたら行ってみるといい」

「わかった」

「だがその前に、君には私達の神殿に治療費を支払って貰う必要がある」


うっ、そうだった。

植物状態の俺をここまで運んで治療して貰ったんだっけ。

それを「知りません」とは言えないよな。


「・・・それは幾らぐらいだろうか」

「そうだな・・・馬車の運送費や治療費を含め、金貨20枚という所だろう」


うう、結構高いな。

マークの記憶にある相場と照らし合わせてみたが、結構な金額だ。

そこらの店でランチを食べるのに銅貨5枚~銀貨1枚ぐらいが相場だろう。

銀貨1枚が日本での1000円ぐらいかな。

その銀貨が10枚で金貨1枚と同等の価値だ。

まぁ、人件費や教会等の運営費を考えれば、むしろ金貨20枚(20万円)はかなり安いと言えるんだけどさ。

だが、俺は無一文の状態で運ばれて来た様なので、治療費なんて持っているハズも無い。


「今の俺に金が無いのは知っているだろう。どうすればいいんだ?」

「クロスのスキルは神術と似ている」


ああ、それは俺も思ったな。

神術の劣化スキルっぽいなって。


「そうだな」

「そこで、神殿に来る患者の治療をしてみないか?」

「俺が治療を?」


リバースというスキルは30時間以上前に出来た傷の治療が出来ないぞ?


「クロスのスキルで治せる患者は限定的だが、神殿の治療院にはその限定的な条件を満たす患者が何人も来る。その患者を選別して治療の対価を得るという事だ」


なるほど、これだけ大きな神殿の治療院ともなれば、やってくる患者の量も多いだろうしな。

リバースの対象になる患者だけ回して貰えば良いのか。


「分かった。その話を受けよう」


他にお金を稼ぐ手段も判らないし、今はこの世界に慣れるしかない。


「ああ、それとな。パトナ村を襲った襲撃者なんだが、襲ったのはバーストン王国のワグナー傭兵団だ」

「バーストン王国のワグナー傭兵団?」


マークの記憶によるとパトナ村のあるティバーン王国にバーストン王国は隣接していない。

間にハルケット王国という国を挟んでいたハズだ。


「恐らくハルケット王国に雇われたんだろう。今、ハルケットの軍がこの国の東部のラッグという地でにらみ合っているからな。ティバーン各地にいた兵士がラッグに集まってしまっていて、手薄になった地域をバーストンの傭兵に襲わせているのだろう」

「ワグナー傭兵団はどの位の人数でこの国を荒らしているんだ?」

「周辺の教会からの報告だと、胸甲騎兵が3機と野盗に扮した兵士が100人ぐらいはいたという話だ」

「胸甲騎兵が3機も・・・」


パトナ村の襲撃の記憶に村を襲撃する胸甲騎兵の姿はあった。

四足歩行の青い胸甲騎兵が、村の門を壊す場面が鮮明に残っている。

胸甲騎兵が3機と100人の兵士か、個人でどうこう出来る人数じゃないよな。

だが、マークの身体を使わせてもらう以上、村を襲った連中を放置しておくのは申し訳ないという気持ちが湧いて来る。


「・・・・傭兵団を叩き潰すにはどうしたらいいんだ?」

「傭兵達に復讐でも考えているのか?」

「マークの記憶を見てしまったからな、何もしないでこの身体を使うのは気が引けるんだよ」


マークの記憶の中にはマークの家族や友人達が、村の襲撃者達に遊び半分で殺されてゆく場面があった。

この記憶を無視するのは、マークの身体を借り受けた身としては心苦しい物がある。


「君の見た記憶はマークの物であって、君の記憶では無いのだぞ?」

「分かっているよ。ただ、目標みたいな物はあっても良いだろう?」

「そう・・・かもな。なら、まずは自身が強くなるべきだろう。街の外で野盗に出くわしても対処できるぐらいにな」


マークの記憶によるとこの世界の治安は極端に悪いらしい。

街の外には魔獣が出没するし、街の中でもスリや強盗が日常的に起こる。

最低限の自衛ぐらいは出来る様にはならないと、村へ辿り着くのも難しいだろう。


「なあ、胸甲騎兵ってのは何なんだ?」


マークの記憶では四足獣の姿をした青い胸甲騎兵が、村の門を破壊したりして暴れ回っていた。

俺には肉食獣を模した金属質の獣に見えたんだが。

個人として強くなるのは賛成なんだが、アレには勝てる気がしない。


「この世界は元々強いスキルや魔法を持った者が強者だったんだが、そんな強者をねじ伏せる為に造られた兵器が胸甲騎兵だ」

「そんなのを引き連れたヤツに村は襲われたのか・・・」

「パトナに現れたのはどんな胸甲騎兵だったんだ?」

「肉食の四足獣みたいなヤツだった」

「胸甲騎兵は中に閉じ込めた精霊や妖精に搭乗者が魔力を与える事で動く騎乗兵器だ。搭乗者が魔力を与える事で精霊や妖精にいう事を聞かせている。パトナに現れたのは獣の精霊か妖獣を閉じ込めた胸甲騎兵だったのだろう」

「ちなみに、胸甲騎兵を破壊出来るスキルや魔術って無いのか?」


あれを倒す方法があるなら知っておきたい。


「あるにはある・・・過去に燃焼爆発を起す魔術の術式を作り出した者がいたんだが、術を発動した者も爆発に巻き込まれる物だったらしい。その後、何人もの死人や怪我人が出て、その術式は封印されたと聞く」

「目標物に向かって術を放つとか、ぶつけるとかは出来なかったのか?」

「それこそ召喚魔術で精神世界から燃焼エネルギーを呼び寄せて、空間魔術で圧縮隔離をし、重力魔術で隔離した圧縮空間を浮かせ、風魔術で目標物へと移動させる・・・なんて事が出来れば可能だが。そうだな数百年後ぐらいにはそんな術式も完成しているかもしれん」

「今は無理って事か」


広域殲滅魔法なんてのは所詮マンガか。


「魔獣の持つスキルにはあるぞ、胸甲騎兵すらも簡単に破壊出来る物が」

「そうなのか?」

「有名な所だとドラゴンのブレスのスキルとかだ」

「ああ、この世界にはいるんだ。ドラゴン」

「この地を創造した神であるアリステア様は、様々な種族を作る上で平等を心掛けたというしな。種族間のバランスが崩れる様なスキルや魔法を、お造りにならなかったという話だ」

「そうか・・・」


魔法やスキルがダメとなると、個人の力でどうこう出来る相手じゃ無いよな。


「なら、胸甲騎兵を手に入れる方法はあるか?」


胸甲騎兵に対抗するにはこちらも胸甲騎兵に乗るしかないだろう。


「国の軍事機密だからな。街中はおろか王都でも売ってはいない」

「そうなのか・・・」

「製造技術が他国に盗まれない様に、職人はどこの国でもみな国に囲われているからな。貴族階級の者か軍人でもなければ手に入れるのは難しいだろう」

「貴族や軍人なら買えるのか?」

「貴族は領地の守備に胸甲騎兵が必要だし、軍は戦争の兵器として必要だからな。だが、製造した数も管理されているし、買うと言うよりも支給されると言った方が良いだろう」

「そうか・・・」

「胸甲騎兵を手に入れるのは無理でも、胸甲騎兵に乗る事は出来るぞ」

「どうやって?」

「上級軍学校に入る事だ。あそこに入れば胸甲騎兵での訓練を受けられる」


上級軍学校か、マークの知識にあるな。

王都にある将来の士官を育てる為の軍事教育機関だ。

だが、その上級軍学校って・・・


「待ってくれ。マークの記憶によると、そこは貴族専用の学校だろう? マークは一般人だから無理じゃないのか」

「ああ、一般市民でも入学試験と適性検査に受かれば入学できる様になったみたいだぞ」

「何でそんな事に・・・?」

「この国でも胸甲騎兵に乗れるのは騎士階級よりも上の身分が必要だったのだが、一般人からも広く募集をかけるそうだ」

「よくそんな事を貴族達が許可したな」

「国境紛争が激しくなっている間に、ハルケットに雇われた傭兵団が国内で暴れ回っているぐらいだからな。胸甲騎兵の乗り手が全く足りていないのだろう」

「ああ、そういう事情か」


国境紛争に出陣している貴族の胸甲騎兵だけでは乗り手の数が足りないのだ。

王侯貴族達が一般市民に上級軍学校の門を開いたという事は、それだけこの国が厳しい状況にあるんだろう。


「興味があるなら城門前にある通達版を確認してみるといい。応募条件や試験の開催日の記された掲示があるハズだ」

「分かった。見に行ってみるよ」


とにかく胸甲騎兵に乗ってみないと始まらないしな。

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2024年7月3日 17:00
2024年7月10日 17:00
2024年7月17日 20:00

胸甲騎兵(クラーシア)戦記 80000太郎 @80000tarou

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