第5話 検証

礼拝堂を後にした俺達は木製の白く大きな建物の前へとやって来た。

入り口には人が列を作って並んでいる。


「この行列は何だ?」

「大きな街の神殿には怪我の治療をする治療院が併設されているの。彼らは神術による治療を待つ人達よ」


俺達はは入り口を通り過ぎると建物の裏側へと回った。

そちらには職員用の裏口と思われる扉があり、ベンとコナーが扉を開けて中に入るので俺もその後に続く。

中は事務所の様になっていて、奥にはカウンターも見える。

どうやら受付カウンターの裏側らしい。

ベンは受付で仕事をしている女性に近づいた。


「ベン? コナーもどうしたの?」

「モリーの所に用事があってな」

「治療中よ?」

「邪魔はしない。むしろ治療も手伝うつもりだ」

「ならいいわ、今日は後5人ぐらい回すからってモリーに言っておいて」

「判った」


ベンは受付の女性に手を上げて挨拶すると、その場を後にする。

治療院の建物の一番奥の部屋が、モリーという人の治療室らしい。

扉は開いていたのでベンはコンコンと扉をノックして中に入る。

中にいたのはベンやコナーと同じ服を着たモリーらしき人と助手っぽい白衣の人で、どちらも女性だ。

それから診察台らしきベッドの上で上半身ハダカで寝ている男だった。

男の左腕には大きな切り傷が見えるので、これからその治療をするのだろう。


「治療中だぞベン。ん? コナーまで一緒か、そっちの若者は何の・・・」

「お、縫合前の患者か? おいアンタ、その怪我はいつの物だ?」

ベンはモリーの言葉を無視すると、患者に向かって話しかけた。

「えっ? これは昨夜、酒場に居た見慣れないヤツにいきなりやられて」

「・・・昨晩か、丁度いい。クスリで血止めをしてから、ここに来たんだな」

「ええ」

「モリー、君はこの患者の患部をこれから縫合する所なんだな?」

「あ、ああ。そうだが?」


ん? 縫合って神術とやらで治すのに縫合っているのか?

俺は小声でコナーに尋ねてみた。


「コナー、神術で治すのにも縫合って必要なのか?」

「ええ、神術って人の持つ自然治癒能力を時間短縮させる魔術なのよ。だからそのまま神術を掛けても傷は治るけど、大きな傷跡が残ってしまうのよ」

「元通りになるんじゃないのか?」

「神術を使えば欠損した腕すら生えて来るけど、ちゃんとした処置もしないで傷に掛けると大きな傷跡が残るのよ」

「そうなのか」

「この患者の刃物傷なんかは傷口がVの字にへこんでいるでしょ」

「ああ、傷が開いてるからな」

「そのまま神術をかけると傷の壁面は固まるけど、V字の谷間は開いた状態で修復は終わっちゃうのよ」

「ああ、それで傷跡になるのか」


縫わずに手当した傷って、大きく凹んだクレーターの様な傷跡になるしな。


「ええ、だから縫合して谷間を塞いでから神術を掛けるの。そうすると傷跡も残らずキレイに治るのよ」

「へぇー・・・。マークの負った傷もそうなのか?」

「ええ、頭に開いた穴もちゃんと塞いでから丁寧に縫合したって報告書には書いてあったわ。傷跡も目立たないし、村の教会に高レベルの神術が扱える司祭がいたんでしょうね」


そう言われてみると、頭部を触ってみても傷跡もハゲた感触も無いよな。

でも、脳や内臓の臓器なんかは再生しないんじゃなかったっけ?

この世界の神術というのを身体に掛けると、細胞が万能細胞化するのかな???

うーん謎だな。

脳みそや腕の欠損が再生してるって事は、神術ってのは地球上の医療技術よりも上なのかもしれないな。


「モリー、彼はクロスだ」


ベンは唐突に俺をモリーに紹介した。


「ん? ああ、モリーだ。よろしく」

「よろしく、モリー」


戸惑いながら挨拶をするモリーに俺も返事を返す。

こんな場所じゃなきゃ握手しとく所かな?


「さて、彼を使って少し試したい事があるんだが、いいかな?」

「おい、これから縫合する所だぞ」

「それをしなくて済むかもしれない実験だ」

「このまま神術を掛けるとかじゃないだろうな? 縫合は傷跡を残さない為の大事な処置だぞ」

「では患者に聞こう。君、名前は?」

ベンは患者に向き直ると、いきなり名前を尋ねた。

「大工のロバートだ」

「ロバート、この腕の傷を無くすにはそこに用意してある針を、何度も何度も突き立てて縫わなくてはいけない」

「あ、ああ・・・」

「それはとても痛い」

「ううっ・・」


ベンの言葉にロバートが針と糸を見て顔色を悪くした。


「おい、患者を怖がらせるな」


モリーが文句を言うが、ベンに気にした様子はない。

まぁ、この世界には麻酔とか無さそうだし、何度も刺されれば実際痛いだろうな。


「だが、そこにいる彼が開発した神術なら、痛みも無く傷跡が残らない可能性が高い。任せてみる気は無いか?」

「モリー先生どうしたら・・・」


ロバートはベンと俺を交互に見てから、モリーに伺いを立てる。


「・・・はぁ、縫合には痛みがあるからな。彼らの言う痛みの無い方法とやらを試しに受けてみるといい」

「分かった。あんた達に任せるよ」


ロバートはベンに向かって頷いた。


「よし、患者と担当の治療士の許可が出たぞ。クロス早速やってみてくれ」

「わかった」


俺はロバートに近づいて左腕の傷を見る。

パックリと割れた30cm程の長さの刃物傷は、かなり深い傷にも関わらず血が一滴も流れていない。

傷口にはワセリンみたいな粘質の高い半透明の塗り薬が厚く塗り込んである。

きっとこれのお陰で出血が止まっているんだろう。

っと、傷口に触れちゃまずいのかな?

スキルの発動に直接触れる事が必要なのかも試した方がいいか、ダメなら発動しないだけだし。

俺はロバートの傷口から3cmぐらいの位置に右手をかざし、『リバース』の発動を頭の中で念じた。

ん・・・

俺の中で見えない力がうねり、スキルが発動したのを感じ取った。

触れなくてもいけるみたいだな。

発動状態を維持したまま、傷の様子を観察する。

右手をかざしたまま10秒、20秒、30秒と時間が経った頃、腕の傷が突然消えた。


「えっ!?」

「ええっ!」


モリーとロバートが驚きの声が部屋の中に響く。

俺は傷が消えた時点で手を引っ込め、リバースの発動を切った。


「成功だな。ロバート、服を着たら帰っていいぞ。ああ、受付で布施を払ってからな」

「え、これは一体・・・」

「よし、クロスのMPも半分近くは使っただろうし検証はここまでだ。クロス、コナー、一旦研究棟に戻ろう」

「分かった」

「そっか、MPの容量は100だったわね」


ああ、花にもリバースのスキルを使っているしな。

ロバートに掛けた分はMPを30も使ってない気はするけれど、さっき花の実験で1回分フルに使っているからか。

有無を言わさずに治療室を出て行こうとする俺達をモリーが呼び止めた。


「ちょっと待て、説明して行け。ベン」

「研究の成果だ。説明はまた今度な」

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