最終話 王女様と教育係

 毎日の忙しさに追われているうちに、月日は飛ぶように過ぎていく。


 今日は、先日15歳の誕生日を迎えたばかりのアリューシャ王女が主催する茶会の日だ。


 招待客の選定から、招待状の送付、席順、会場となる庭園のセッティングまで、彼女が全て一人で指示を出し手配した。すっかり一人前の淑女らしくなってきた彼女を誇らしく思う。立派になったものだ。


 それでも心配で、茶会が始まる少し前に私は庭園に向かっていた。何か不手際があったら大変。一応この目で確認して、必要とあらば助言や手助けをしてあげたい。


 けれど私が庭園に到着すると、そこにはすでにアリューシャ王女が来ていた。艶々のチョコレート色の長い髪は美しくセットされ、華やかなエメラルドグリーンのドレスを着た後ろ姿は姿勢も完璧だ。


「アリューシャ」

「……っ!お姉様っ!」


 私の声にすぐさま振り向くと、彼女は満面の笑みを浮かべこちらに駆け寄ってくる。……こういうところは、相変わらず幼さが残る。


「来てくれたの?もしかして、私が何かミスをしていないか不安になって確認に来たんでしょう?」

「ふふ。正解よ」

「ほら、やっぱり!もうっ、ひどいんだからお姉様ったら。私のこと信用してないわけ?もう大丈夫だってば。茶会の準備もマナーも、お姉様にたっぷり教わってきたんですからね」


 わざと頬を膨らませて、腰に手を当て拗ねた様子を見せるアリューシャ王女が可愛い。もう人前では完璧な王女ぶりを見せるようになってきた彼女も、私と二人きりの時はいまだにこうして存分に甘えてくる。

 出会った頃のままだ。


「そうね、たしかに。完璧なセッティングだわ。品があって、華やかで。席の間隔にも充分ゆとりがあるし、お茶菓子も素敵なものばかりじゃない。いいわね」

「ふふーん。でっしょお?頑張ったんだから!これぞレミーアレン王国王女のお茶会よ!」

「この子ったら。すぐ調子に乗るんだから」

「ふふん」


 得意気な顔をして笑う様子がおかしくて、私までつい笑顔になる。可愛い王女の頬をそっと撫でると、彼女はまるで猫のように私の手のひらに頬を擦りよせた。


 私たちの胸元には、お揃いのルビーのネックレスが光っていた。




「皆様、本日は私の茶会にご参加いただき本当にありがとう。楽しんでいってくださいませね。テーブルの上の桃色のお茶菓子は、先日王太子殿下と妃殿下が隣国の式典に招かれた際に、お土産として買ってきてくれたものですわ。とても美味しいのですよ」


 茶会が始まれば、先ほどまでとは打って変わって堂々とした上品な立ち居振る舞いを見せるアリューシャ王女。彼女と私は人前では「妃殿下」「王女殿下」と呼び合う。けれど二人きりの時は「お姉様」「アリューシャ」だ。気高き王女の顔と、私の妹としての甘えん坊な彼女の顔。その落差の激しいこと。でも頑張っているアリューシャ王女を思う存分甘えさせてあげるのも、私の楽しみの一つだ。




「今日の茶会、つつがなく終わったようだな。ホッとしたよ」


 その夜。セレオン殿下と、夕食の後に私たち夫婦の部屋を訪れたアリューシャ王女と私の三人で、束の間のお喋りを楽しんでいた。ジーンさんが三人分のハーブティーを持ってきてくれる。


「もうっ!お兄様まで!つつがなく終わるに決まってるでしょ?誰にマナーを叩き込まれたと思ってるのよ」

「ミラベルだろう?」

「ええ、そうよ。私の自慢の教育係よ」

「ふふ。嬉しいことを言ってくれるわね、アリューシャったら」


 こうして王太子妃となった今でも、私は公務の合間に時折彼女の勉強を見てあげている。私自身が王太子妃教育を受けるようになった頃から急激に忙しくなり、もう以前のようには見てあげられなくなっていたけれど、それでも合間を縫って勉強を教えてあげるとアリューシャ王女はすごく嬉しそうな顔をする。

 だってこの関係って、私たちのルーツだものね。

 あの日街で出会って、その後ジーンさんが私を探し出してくれて、王宮で再会して。

 アリューシャ王女とセレオン殿下が望んでくれて、私は王宮に留まり、彼女の教育係となった。


 従姉妹同士。王女様と、教育係。

 互いの母たちとルビーのネックレスによって導かれた、私たちの切っても切れない生涯の絆。


「ねぇお姉様、明日語学の勉強に付き合ってくれない?先生がテストをするって言ってるんだけど、大陸語って本当に難しくて~……」

「残念ですが、アリューシャ様。妃殿下は明日ご公務にて終日留守にされるご予定です。テスト勉強はご自分でなさってください」

「えぇ?!」


 すばやく横から口を出すジーンさんと、不満げな顔のアリューシャ王女。この二人のやり取りはいつも面白くて、セレオン殿下も私も思わず笑ってしまう。


「やだぁ。助けてお姉様ぁ~」

「情けないことを仰らないで下さい。仮にも一国の王女ともあろうお方が。妃殿下の助けがなくとも、最近ではそれなりについていけているそうじゃないですか」

「ふふ。ごめんね、アリューシャ。空いてる日にちゃんと見に行ってあげるから。頑張って」

「うぅぅ……」

「はは。いつまで経っても甘えん坊だな、お前は」


 むくれるアリューシャ王女と、そんな彼女を見つめながら愛おしそうに微笑むセレオン殿下。こんな日常が幸せでたまらない。


(お母様、メイジーさん、アリューシャを見守っていてね。私も頑張るから)


 この王国のために。

 大切な人たちの幸せな日常を、ずっと守っていくために。


 まだジーンさんにチクチクとお説教をされながら、ムキになってそれに言い返しているアリューシャ王女を見ながら、私は無意識に、隣に座っているセレオン殿下の手をそっと握った。


 温かく大きな手が、私の手を包み込む。


 視線が触れ合うと、私たちは自然と微笑み合い、互いの指先を優しく絡めたのだった。






   ***** end *****






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【完結済】王女様の教育係 〜 虐げられ続けた元伯爵妻は今、王太子殿下から溺愛されています 〜 鳴宮野々花@初書籍発売中【二度も婚約破棄 @nonoka_0830_

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