第74話 幸せにする
結婚式の前日、私はセレオン殿下とともに、国王陛下と王妃陛下の元へご挨拶に行った。
「おめでとう、ミラベルさん。王太子妃教育を立派にやり遂げてくれて嬉しい。セレオンの隣に立つのが、あなたでよかったわ。これから二人で頑張っていってちょうだいね。困ったことがあれば、私もいくらでも力になりますから」
王妃陛下の温かいお言葉に感極まった私は、思わず涙ぐんでしまった。
「……ありがとうございます、王妃陛下。レミーアレン王国のため、全身全霊で公務に務めてまいります」
深々と礼をする私の頭上に、国王陛下の低く重厚な声が響く。
「よく頑張ってくれた、ミラベル嬢。これからも、息子とアリューシャのことを、よろしく頼むよ」
「……はい。承知いたしました、陛下」
国王陛下の口から自然とアリューシャ王女の名が出たことに喜びを感じる。やはりこの方は、メイジーさんの忘れ形見であるアリューシャ王女のことを大切に思ってくださっているのだろう。
姉として、それがとても嬉しかった。
よく晴れた暖かなその日。私とセレオン殿下は、王宮の礼拝堂で厳かな式を挙げた。
入場する前、私たちは互いに顔を見合わせ、微笑み合う。
「……綺麗だよ、ミラベル。もう言葉もない」
「ふふ。ありがとうございます、セレオン様。……セレオン様こそ、とても素敵です」
ウェディングドレスを着た私の隣で、同じように真っ白な婚礼衣装に身を包んだセレオン殿下は、神々しいほどに輝いている。艷やかな金色の髪も、今日の青空のような美しい瞳も、この白い衣装にとても映えていて本当に素敵だ。思わず見惚れてしまう。
けれどそんな殿下も、私のことを眩しそうにジッと見つめ続けている。
「ありがとう、ミラベル。……ああ、夢みたいだ。恋い焦がれた君がこんなにも美しい姿で、今日この私と永遠の愛を誓ってくれるだなんて」
「セレオン様……」
「大切にするよ、ミラベル。私が君を、生涯守っていくから。何も心配しないで。ただ私についてきてくれればいい。……ただ、私の隣にいて、私のことだけを見ていてくれ。ずっと……」
切実な色を帯びたその真っ青な瞳を見つめ返し、私は心を込めて返事をする。
「……はい。ずっと見ていますわ。あなたのことだけを。……愛しています、セレオン様」
勇気を出して伝えた私の言葉に、セレオン様は一瞬大きく目を見開いた。こんな大胆なことを言ってしまって、本当はすごく恥ずかしい。でも勇気を出して言った。心臓がドキドキしてる。
どうしても今日、今この瞬間、私の愛を伝えておきたかった。これから二人新しい道に進んでいく、その前に。
セレオン殿下は私を見つめたまま眦をほんのりと赤く染め、唇をキュッと引き結んだ。……照れてるのかな。何だかますます、この方を愛おしく感じてしまう。……あ、耳朶も赤くなってきた。
「……私もだよ、ミラベル。君を愛している。もうどうしようもないほどに」
そう言ってくれたセレオン様の声は掠れ、ほんの少し震えていた。
キラキラと潤んだ瞳で私たちを見守ってくれていたアリューシャ王女。式を挙げた私たちは、その後王宮のバルコニーから集まった群衆に姿を見せ、手を振った。大きな歓声とともに、皆が祝福してくれていた。
それからセレオン殿下と二人で王都を馬車でまわるパレードをし、夜には王宮の大広間で祝賀パーティーを開いた。国内の重鎮や貴族たちはもちろんのこと、諸外国からも大勢の来賓が訪れ、私たちの結婚を祝ってくださった。
目まぐるしい一日がようやく終わりを迎えたのは、夜も更けた頃だった。
今日から新しく自分の部屋となったセレオン殿下の隣室で、ようやくウェディングドレスを脱ぎ湯浴みを済ませた私は、もうクタクタだった。けれど、夜着に着替え、夫婦の寝室に続く扉を前にした途端、そんな疲れもどこかへ吹っ飛んでしまった。緊張で一気に目が覚める。
「では、おやすみなさいませ、妃殿下」
侍女が静かにそう言うと、寝室への扉を開けてくれる。私はギクシャクした不自然な動きで、おそるおそる足を踏み入れた。……どうしよう。すごくドキドキする。
ほんのりとしたオレンジ色の灯りの灯る室内には、すでにセレオン殿下が待っていた。ソファーに座っていた殿下は、私に気付くと優しく微笑んでくれる。くつろいだ夜着をまとった殿下の濡れた前髪が額に垂れ、すごく色っぽい。
初めて見る殿下のそんな姿に、私はますます緊張し、一気に体温が上がった。
「お疲れ様、ミラベル。……おいで」
「……は、はい……」
ジッとこちらを見つめる殿下のその視線が恥ずかしくて、私は思わず目を逸らし、俯いたまま殿下の元に歩み寄る。私もこんな姿を見せるのは初めてだ。洗って下ろしたままの髪、化粧を落とした素肌に、薄い夜着だけをまとった体。すごく無防備で、なんだかいたたまれない。
隣に腰かけるつもりでいたのに、私がそばに行くと、ふいに殿下が立ち上がった。驚いて思わず肩が跳ねる。
顔を上げようとした、その瞬間。
「あ……っ、」
グイ、と腕を引かれ、気付けば私はセレオン殿下の腕の中にいた。
「……セ……、セレオン様……」
「……。」
殿下の大きな手が私の腰と背中にまわり、強く引き寄せられる。いつもよりずっと薄い服のせいで、互いの体の感触と熱が鮮明に伝わってきて、私は心臓が口から飛び出しそうだった。
どうしよう。恥ずかしくて恥ずかしくて、もうどうにかなりそう。きっと私の心臓が今こんなに高鳴っていることも、すぐにバレてしまう……。
そう思った、その時だった。
(……あ……、)
殿下の胸元に押しつけられていた私の両手に、激しい鼓動が伝わってきた。
ドクドクと狂ったように脈打つその心臓の音は、紛れもなくセレオン殿下のものだった。
「……ミラベル……ッ」
「……っ、」
私の耳を、セレオン殿下の唇が掠める。熱い吐息とともに名を呼ばれた瞬間、経験したことのない熱が、足元から一気に体中を駆け巡るような感覚がした。
「もう一刻も待てない。君に触れる日を、私がどれほど待ち望んだことか……」
切羽詰まったその声はひどく蠱惑的で、私はクラリとめまいがした。
「……おいで」
次の瞬間、殿下はごく自然に私の体を抱きかかえると、そのまま歩き出した。
ふわりと降ろされたベッドの上。こみ上げてくるいろんな感情で胸がいっぱいになった私は、潤んだ瞳で目の前のセレオン殿下を見つめる。
私を降ろしたその姿勢のまま上に覆いかぶさっていた殿下は、目が合うと優しく微笑み、私の髪をそっと撫でた。
「……参ったな。優しく触れるつもりでいたのに、そんな目で見つめられたら抑えが利かなくなるじゃないか」
「……セレオン様……」
私の眦から、涙が一粒こぼれ落ちた。
セレオン殿下はその涙を指先でそっと拭い、ゆっくりと顔を近づけると、触れるだけの口づけをした。
「……綺麗だ、ミラベル。私はいつの間に、こんなにも君に夢中になってしまったんだろうな。……幸せにするよ、必ず。私を信じてくれるかい?」
「……はい……、セレオン様……。わ、私も、あなたを誰よりも、幸せにしてみせますから……っ」
「……全く。君には敵わないな。いつもそうやって私を喜ばせて、この心を翻弄してくれるのだから……」
心底嬉しそうに微笑んだセレオン殿下は、私の手を取り、互いの指先を絡めあう。
さっきよりもずっと深い口づけに、私の全身が甘く痺れた──────
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