最終話 思いを伝える
その日、原城は夜明け前から大雨となった。原城に籠城している切支丹達を一掃するべく総攻撃を決行すると予定していた日だった。
大雨により延期となった。
止む気配など見せずに降り続く大雨、切支丹の言葉に変えて言うのであれば、天が泣いていると言い換えることが出来るのだろうか。
地面はぬかるみ足が取られてしまう。城壁も石垣もここまで濡れてしまっていては滑ってしまい、登り上がるのは不可能だろう。
濡れて銃も使えなければ、矢も大雨に遮られ城壁を越えるのは難しいだろう。
天草四郎が奇跡を起こし総攻撃を止めているような気がした。
奇跡を起こし、もう一日の猶予を与えてくれている気がした。
伊豆守が何度も和睦に応じるよう説得はしているようだが、城内の者達は頑なに受け入れようとはしなかった。
旧島原藩主有馬直純殿の持ちかけにより、談合が行われることとなり城内の者と接触されたようだが、成果は得られなかったようだ。
矢文が頻繁に飛び交い上手く話が進んでいっているような感じがしたのだが、談合後、急に向こう側が一方的に和睦への道を閉ざしてしまったように見えた。
談合の内容は非常に好感を得るものであったと聞いている。膠着状態が打開されるのではないかと期待を寄せていたのだが、叶うことはなかった。
一度は和睦の道を探ろうとしたが、やはり、受け入れられぬと城内の者達の中で決まってしまったのだろうが。
それとも別の理由が何かあったのだろうか、拙者には知る由もない。
拙者が城内に再び侵入し、説得できれば良いのだが、甲賀忍者が天草四郎を討ち取ったと知れ渡っている。
姿を見せて仕舞えば感情的になってしまって、工作の全てを台無しにしてしまいかねない。
拙者は説得には参加せず、影に徹するしか方法はなかった。
談合が決別してから何度か夜襲があり、夜襲のたびにかなりの数の落人が城を出て行っていたように見受けられた。
伊豆守から逃げ落ちる者は構うな、手向かう者のみ応戦しろ。と、何度も厳命が下ってきていた。
この頃から伊豆守は総攻撃のことを考えていたのだろうか。敵の数は少ない方がいい、そう考えた上での発言だったのかもしれない。
そして、夜襲がなくなり、兵糧も尽きたと思われる頃、ついに総攻撃の日程が決まったのだ。
拙者は総攻撃が決まった後も和睦の道を探るべく何度も矢文を放ち、城門へ近づき声を上げたが回答は同じだった。
「切支丹をお認めにならぬかぎり、和睦はない」
もう駄目かと諦めかけていた時の大雨だった。頑なに和睦を拒否している者達に頭を冷やすよう天草四郎が言っているような気がした。
諦めるべきではないと思った。
が、結果は変わらなかった。夕刻まで粘ってみたが、最後の和睦案も撥ね付けられてしまった。
そして、ついに総攻撃が始まってしまった。
拙者は前線に立ち、道を違うな、切支丹を捨て投降するなら命は取らないと大声を出し走り回った。
しかし投降する者は一人として出なかった。なぜそこまでするのか不思議で仕方がなかった。
このままでは本当に皆殺しになってしまうぞ。そう思い投降するよう声を上げ続けた。
一人一人から信念の強さは感じられるものの、旗頭を失った影響は如実に現れていた。
連携の取れていた攻撃は見る影もない状態で、まるで統制が取れていないように感じられた。幕府軍に制圧されるのも時間の問題だろうと感じさせた。
三度の総攻撃を跳ね返した反乱軍のはずなのに、今回の戦いではその勢いはまるで感じることはできない。
旗頭を失ってしまった影響は甚大なものだった。
「対処がまるでなってないですね。前回はもっと抵抗が激しかったのですが」
夏見も同じ意見のようだ。
幕府軍の進軍を止めることができず城壁を登る者が次々と現れ、次々と城壁を乗り越え中に侵入していき出した。
中から煙が上がりだす。多くの喊声と悲鳴が響き渡った時、門が開け放たれ、幕府軍が一気に傾れ込んで行った。
兵糧は尽き、まともな食事はできていなかったと思う。まともな戦いができるはずはなかった。
それでも降伏することなく戦い続けていた。命が尽きるその瞬間まで刃を振るい続けていた。
切支丹の洗礼を受けた者は死して天の楽園に行けるという。それ故の行動なのだろうか。
そして、全てが終わった。
幕府軍をもってしても、一時は手の打ちようがないのではないかと、思わせるほど大きく聳え立っていた原城は、無惨にも崩され跡形もないほどに徹底的に壊されていた。
破壊の限りを尽くし幕府軍は引き上げて行った。
甲賀忍者は大将首を取った功績を認められ、約束通り江戸勤を許されることとなった。拙者以外の全員が江戸に向かった。
拙者は一人残り、原城で命を落とした者達の弔いを続けていた。
なぜ、ここまで頑なに生きることを拒絶し死を選んだのだろうか。
今となっては知る由もない。
「ここの者達に最後まで生きろって言い続けたんだってな」
若い男の声が聞こえてきた。
あの時、天草四郎を抱き締め涙していた若者、落人と共に城を脱出したという情報は得ていた。
必ず戻って来ると思っていた。
「遅かったな」
我を忘れ常軌を逸したかのように向かって来るかと思っていたが、その若者は思いのほか穏やかな表情をしていた。
「大蔵、お主の手で葬ってくれ」
拙者に名を呼ばれ驚いた表情を向けたが、指し示した方向にある桶の中が気になったのかすぐに視線を変えた。
「こ、これは!?」
中を見た大蔵は驚きのあまり目を見開き、息を吸うことも忘れ固まってしまっていた。
「長崎に晒された首は拙者が秘術により作った紛い物じゃ」
大蔵の目が潤み出し、大粒の涙がこぼれ出した。天の御子様と呼ばれたままの神々しい姿を見て、大蔵は慟哭しながらも礼を言ってきた。
拙者にはこの若者達が悪党には見えなかった。
間違いなく信念を持って戦っていた。
時節が悪かったのだ。
「お主、これからどうする?」
「俺は洗礼を受ける」
「洗礼じゃと?これからの世はさらに弾圧が激しくなるのだぞ」
「分かっている。でも決めたんだ。どんな弾圧にも屈せず、己の心を隠し通し、四郎の思いを必ず後の世に伝えるって」
終
天草四郎は忍術を使えた! 加藤 佑一 @itf39rs71ktce
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