エピローグ
こんなときに限って、戦姫の名を思い知らされるものだ。
今までは、話に聞いているだけに過ぎなかった。一誠によって臨場感たっぷりに語られたこともある。それでも、センキは想像上の二つ名だったのだ。それが、顕在している。
「怖くないの?」
この旅が始まってすぐに、和彩はぽつんと零した。探るような目つきをされて、俺は眉根に皺を寄せる。
「何を今更言っているんだよ。珠装具を見ればどんな扱い方をしているかくらい分かっていたし、戦姫だとは思うけど、ただそれだけだよ。姫だってのは、前から言ってたんだし」
「だから、それ気恥ずかしいからやめてって言ったのに」
「怖いとか何とか言うからだ」
ふんと鼻を鳴らすと、和彩はふにゃっと笑った。その肩を引き寄せると、首筋にじゃれついてくる。
これのどこが怖いと言うのか。ただの可愛い女の子だ。どれだけ大剣を振り回していようとも、和彩の魅力が損なわれることはない。返り血を浴びるのは衛生的な不安はあるが、恐怖に慄いたりはしなかった。
「随分、減ってきたように思えるね」
「新天地を求める人がやまないのは、そういう理由だろうな」
人がいるところに出土・出現することが多いのか。分布的にもそれは言われていた。こうして外に出てみると、肌感で分かる。確かに、コロニーから遠のくほどに、魔物の出現回数は減っていた。想像よりもずっと、牧歌的な逃避行を続けている。
だが、一週間。最期は目と鼻の先だった。
和彩を引き寄せるのも、じゃれついていくるのも、お互いに一人で歩くにはもう覚束ないからだ。体力や気力の限界は早い。不安はなかった。腹は括っている。
「そろそろ、今日の寝床を決めよう」
「そうだな……あっちの木立辺りがいいかもな」
「森は比較的、安全だもんね」
比較的、はあくまでも比較的だった。
だが、大木を退けて宝石が出土してくることは少ない。引いては、魔物たちの出現率も抑えられている。
コロニーから離れていけば、人の手は入っていない自然が拡充していた。その自然の為すがままになっている木立を寝床にしながら、一夜を超えている。
いつだって、隣に腰を下ろして身体を預け合いながら。とても安眠なんてできないけれど、和彩の体温があればそれでいい。リュックをクッション替わりにして、運んできていた毛布を巻き付けて。和彩が枝を拾い、俺が火を付ける。そこを拠点にして、静謐な時間を過ごしていた。
一誠たちも同じようにしたのだろうか。そんなことをぽつりぽつりと交わし合いながら、夜を過ごす。
保存食は固形食だ。カロリーを取るのに作られた食品は美味しかったと聞くが、今となってはクオリティが落ちている。どちらにしても、そんなものは大した問題にはならない。食糧としての性能が優先される。そして、それは俺たちにとっても同様だ。栄養を補給して、俺たちは寄り添い合う。
この時間だって、いつ魔物に破砕されるか分かったものではない。それでも、和彩は左手の革手袋を外す。指輪の嵌まったその指先を絡めて、お互いの存在を確かめ合っていた。
俺のほうも左手の手袋を外している。少々変則的な繋ぎ方にはなるけれど、そんな不自由はないも同じだ。
残り時間の幸福な使い方だった。
「暖かくなってきたよね」
「少しずつな。まだ、朝晩は寒いし、和彩の温もりが気持ちいいよ」
「ふふっ。佑くんも暖かいよ」
そう笑って擦り寄られる。こちらも頭を傾けて、和彩に擦り寄った。
二人だけでなければ、やれないことではない。けれど、こうもぬけぬけといられるのは、やはり世界に二人だけだと確定しているからだ。ここには二人しかいない。
そう思うと、和彩が尊くて愛おしくて堪らなくなってくる。
「よかった」
「うん。よかったよ」
ただの相槌だ。温もりという単一の物事に対することでしかない。けれども、その深い相槌には、さまざまな要因が絡みついているような気がする。
そうであってもなくとも、和彩がよいと頷くのだから、それだけが正しく大切だった。
息を吸って吐く。二人でそうして過ごす。それだけを求めてここに来たのだ。これを大切にしていくだけで構わない。俺たちはそっと寄り添って、日々を過ごしていく。
数日間のことだ。最期のそのときを待っている。お互いを互いの唯一無二として二人だけ世界を終わらせる日を。
束の間の幸せを――
宝珠に捧ぐ不変の運命 めぐむ @megumu
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