第4話:同神種

 

 仁の目には、何が起こったのかわからなかった。


 若干12歳の美少女かと見間違う程の美少年が、疾風迅雷の如くドア前に瞬時に移動、入室してきた男に殴りかかった。


「おいおい、ご挨拶だな」

 年齢は40歳くらいだろうか?

 立派なあごひげを蓄えたダンディという言葉がピッタリの男が、氷の刃をどこからともなく繰り出し、打ち出した。


「ほらっ! 仁さん!」

「むりむりむりむりmるい!!」


 クリスはひらりと宙に舞い、氷の刃を難なく交わす。

 刃は、真っすぐに背後にいた仁に向かって突進した。


「お、おいっ!」

 あごひげの男も焦る中、氷の刃は仁に命中する。


 パリンッとガラスが砕け散る様な音が聞こえ、氷の刃は仁に届く前に砕け散った。


「へ?」


 両手を頭で抱え、目を瞑っていただけの仁は、おそるおそる目を開けた。


「これが『同神種』、仁さんの能力です」

 

ジャーンという効果音が聞こえてきそうな満面の笑みとポーズで、クリスは言った。


 あごひげの男と仁は目を合わせると、お互いが同じことを思っていると瞬時に通じ合った。


「「ちゃんと説明してからやれ!!!」」


 テヘッという表情をした後、クリスは2人に席に座るように促した。


「百聞は一見に如かず。説明するより早かったでしょ? さ、田楽刑事にも紹介しますよ。僕がずっっと探していたパートナーの薬師仁さんです!」

「は? いや、何勝手なこt」

「月給50万ですよ?」

「はい、クリス氏のパートナー薬師仁です」


 田楽刑事と紹介された人は、呆れたように頭をかいていた。


「はぁ。まあいいや、いつものことだ。仁くんって言ったな。今日は君に用があって来たんだ。俺は、神事課の田楽だ。よろしく」


 田楽刑事に握手を求められ、仁はそれに応じる。

 ゴツゴツとした男らしい立派な手に、仁は思わず見とれてしまった。


「ほう?」

「い、いや……すいません」

「貧乏神か、疫病神か、デメリット系の神事か。それの『同神種』なんて、データにもないぞ」

「でしょ? 僕も初めて見たとき、びっくりしたんです。この人、神事を吸い取ってるよって」

 

 状況が全く掴めていない仁は、ぽっかりと口を開けて話を聞いていた。

「あのー、何が何やらなんですが、ちょっとは説明してもらっていいですかね」


「仁さん、本当にご自身の神事の事、何も知らないんですね」

「ご、ごめん……」

「いやいや、そうでもないぞ。だからこそ、今まで生き残っていたのだろう。なるほど、だから目撃者がいたのか」


 天才少年に詰められていた仁をフォローしてくれた田楽であったが、事情が分からない仁にとっても、本当にフォローなのか分からず、歯がゆいことに変わりはなかった。


「ええっと……」

「ああ、すまんな。説明が足りていなかった。神事の事は知っていると思うが、神事にも種類があるんだ。神どもにも種類があるようにな。祟り神だったり、疫病神だったり、マイナスの効果をもたらす神だっている」


 マイナスの効果。

 つまり、厄災をもたらしたり、不幸をもたらす死神のような存在。


 だが、神事はもともと人々の信仰を高めるために降誕させられたはずだ。

 そんなマイナスの神は、何のために存在しているのだろうか……。


「マイナスの神って何のためにいるんだって顔だな。実は、結構意味があるんだ。疫病や天災は人類には止めようがないだろ? だからこそ、皆神様にお祈りするしかないって状況を創りやすいんだ」

「なるほど」

「ところが、だ。疫病や天災っていうのは、人間にとって好ましくないだろ? だから、デメリット系の神具は駆逐されていく運命にあるんだ。『お祓い』なんていうだろ。あれがそうだ」


 確かに、良くない出来事があったモノは積極的に隔離、除去していく風習は強くある。これは、世界中どこでもそうだ。


「人だって同じ。災いとなるような人は、『魔女狩り』なんて名目で処罰されたことがあるしな。結果、デメリット系の神具や同神種はほとんど死滅しちまった」

「え? それの何が問題なんですか? 俺だって、この年になるまでずっと良いことなんて何もなくて、もしそれが『神事』ってのによるものなら、こんなの消えてほしい」


 クリスは、仁の肩をポンポンっと叩いた。

「仁さん、神具にまつわる事件ってここ数十年でどうなっていると思います?」

「いや、知らんけど」

「毎年、倍に増えている」


 クリスとの会話に、田楽が神妙な面持ちで言葉を挟んだ。

 しかし、毎年倍はすごいペースだ。


「え、そんなペースなんですか? 全然聞かないですよ?」

「発表されてないですからね。神事の事件がそんなにあるなんて聞いたら、一般の人はパニックになるでしょう? なぜだと思います?」


 クリスは、仁をピッと指で差した。


「デメリット系の神事は、他の神事を打ち消せるんです。そして、その神の定着をも阻害し、強制的に天界へ召還できるんですよ。ここ数十年で、デメリット系の神事が報告されたケースは0です。つまり、今の社会は、神々にとってやりたい放題なんですよ」


「そう、だから、君の事はまさに神事事件を解決する我々、神事課にとって大変重要なんだ。だが、神事課にも、神々サイドのスパイはいる。この件がクリスから来た時、諸々はわしの中でとどめて置いた」

「わー、さすが田楽さん」


 クリスと田楽は、何やら強い信頼関係で結ばれているようだ。


 だが、仁は、まだピンと来ていなかった。

 

自分が、希少な神事の持ち主であることは分かった。

 しかし、それがクリスのパートナーとして働くことにどう結び付くのだろうか。


 危ない事に首を突っ込むのではないか……。


 仁は、何やら嫌な予感を感じ取っていた。

 このまま、この天才少年に乗せられてはダメだ。


 田楽刑事は、何やらクリスと話をしたのち、軽く挨拶をして帰っていた。

 今回の電車の事件は、神事の事故として処理され、仁の事情聴取は一切ないそうだ。


 警察に連れていかれなかったことは、感謝している。

 でも、それとこれとは別だ。


 仁は、コーヒーを再度いれに行ったクリスに声をかけた。


「あのさ……、やっぱりこの話なんだけど、一回考えさせてもらってもいいかな?」


 クリスは、少しびっくりした表情をしていたが、すぐにニッコリと笑みを浮かべた。


「そうですよね。分かりました。いきなり、呼び止めてしまってすいません」


(あれ?)

 仁は、少し違和感を感じた。

 ずっと探していたパートナーだって、さっきクリスは言っていた。


 それが、こんなにもあっさりと引き下がるなんて……。


「もう夜も遅いですね。お疲れだったのに、すいません。これ謝礼金です。受け取ってください」


 クリスは、結構な厚みがある封筒を仁に手渡すと、出て行けと言わんばかりに事務所のドアを開いた。


「あ、ああ……。ありがとう」

「では、また」


 仁が事務所を出ると、クリスは直ぐにバタンとドアを閉めてしまった。


「なんだよ、それ……」

 ここまであっさりされると、逆にショックだ。


 仁は、何だったんだろうと思いながら、帰路についた。


 最寄りまでタクシーに乗り、大き目な公園の入口で降りる。


 この公園を突っ切れば、もう仁の家だ。

 

 公園に入り、トボトボ歩いていると、ふとある違和感に気づいた。


(人が、誰もいない……)


 気配すら感じない。

 文字通り、誰もいない。

「何だよ、これ?」


 恐怖のあまり、走り出す仁。


 が……。


「おっと!」


 暗がりの中、何か地面に突起物があるように見えて咄嗟に避けた。

 だが、振り返ってみても、地面には何もない。


「兄貴、やっぱりコイツ見えてますね」

「ああ、ボスの言った通りだ」


 暗がりから声がする。

 目を凝らしても言えない。


(デメリット系の神事は、他の神事を打ち消せる)

 クリスの言葉を思い出し、仁は手を声に向かってかざした。


 ゴウッと風が吹いた感覚があった後、何もなかった虚空に二人の男が現れた。


「ああ、やっぱりそうだ。こいつ」

「殺しますね」


 男2人は、手にナイフを持っている。


 仁は、恐怖で体が動かない。

 一人の男が、ナイフを手に持ち突進してくる。


(嫌だ。死ぬ……)


 仁は、頭を抱え、その場にしゃがみこんだ。


「助けて!」


「ぐああああ!」


 男の悲鳴に、仁は顔をあげる。


(雷神……)


 咄嗟に、脳裏に浮かんだ言葉。


 体に纏わりつく金色のオーラ。

 周囲をも神々しく照らすその姿は、そう形容せざるを得なかった。


「約束通り、また会いましたね。仁さん」


 そう……。

 さっき別れたはずのクリスが、そこにいた。

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神様のいる世界 松葉 @matsuba_hellen

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