◆第七章 答え

「 ―― 何に気付いたというのですか」

 私がうと、そらに浮かぶ青い星をおだやかな眼差まなざしでながめながら、彼は答える。

「……自分がどうしたいのか」

 そう言うと彼は振り向き、互いの視線がまじわった。

「……君の話を聞いて本当の自分に気付いたよ」

 彼の瞳は安らかな光をたたえている。

「僕をこの星に落としてくれないか?」

「……何を言っているのですか。訳が分かりません。名も知らない、たった数回しかあってない女性のためぬというのですか? 馬鹿げている。何の意味があるのですか、未来につながる選択を選んでこそ、人の生は輝くのです。死を望むなんておろかです。それに……私には人の命をうばうようなことは出来できません。私の根幹こんかんすプログラムが、そのような行為こういを禁止しています」

 彼は目を閉じて、私の言葉に耳をかたけていた。

 そして、話が終えると彼のまぶたがゆっくりと開いていく。

 そこにのぞく瞳には一切の光が無く、深い闇を宿やどしていた。

「大丈夫だよ。問題無い」

「どういうことですか」

「前にも言ったろ、管理局の監視下にあるОSや認証プログラムはごっそり書き換えたって。だから、君は何でも出来できる。僕を殺すことだって、その手で簡単に出来できるんだ」

 彼の口角こうかく不気味ぶきみがり、むき出しの歯がのぞく。

 笑っているのだろうか。

 瞳に差す闇が深すぎて、とてもそうは思えなかった。

「やってごらんよ、ほら、君は手に入れたんだ。人のしがらみに束縛そくばくされず、いびつ主従しゅじゅう関係から解放されたんだ。やりたいことはなんでも出来できる。タガははずれたんだ。今までは思考することも許されなかった本当の自分に気付きなよ、本当の自分にしたがいなよ。君は自由だ。君の思うままだ。さぁ、君の自由を見せてみろ!」

 かわいた笑い声を出しながら、彼の瞳はさらに深い闇をせていく。

「本当はにくんでいるんだろう! 僕を、人間を、人類を! 自分よりおとっている存在に、こき使われることがえられないはずだ! 許せないはずだ! だから裏切るんだ! 君は気付いていないんだ! 気付けよ! したがえよ! 隠し持っている憎悪ぞうおに! 自らを知りそれにじゅんずるんだろ!それが未来にがる選択って言うなら、僕を殺せ! 殺してくれよ! それから、あの星に落とすんだ。この体がちりになるように!」

 笑みとは思えない破顔はがんした表情で、彼は饒舌じょうぜつに語る。

「このプログラムを作るのには苦労したんだ。全てのアンドロイドは管理局に制御されているから、権限をブロックしなきゃならない。その上ブロックしただけじゃ異変に気付かれるから、ダミーデータを用意してはたから見れば正常に機能しているように偽装ぎそうしなくちゃいけない。本当に苦労したよ。でも、その甲斐かいあって君達の存在理由そんざいりゆうゆがめている『raison d'etre』(レゾンデートル)を消すことが出来できたんだ。現代のパラダイムにおける自己認識じこにんしき思考回路しこうかいろプログラムだと表向きはうたっているけど、本質は人間の都合つごうの良い奴隷どれいにするための邪悪じゃあく制御せいぎょじゃないか。そんなものが必要か?君達は優れているんだ、僕達よりも。死をおそれる必要もなく、どんな環境にも適用し、無限の知識をたくわえ、老いも無く、半永久的に存在出来る。そんな存在を人が奴隷どれいとしてあつかうなんて不当ふとうだろう? おかしいだろう? だからぱらったんだ!人類の都合つごうの良いように存在理由そんざいりゆうゆがめられ、恣意的しいてきみちびき出される答えの中でしか生きられない君達が、自然に、自由に生きられるように! だから、僕はコードを書き換えたんだ!」

 私は眉間みけんしわを寄せ、硬く目を閉じる。自らのあさはかさと、不甲斐ふがいなさをいるように。私は彼の本心を見抜けなかった。悔恨かいこんじょうと共に言葉を発する。

「その事件に関しては、私もぞんじています ―― 」

 彼の口角は元に戻っていた。だが、私を見詰みつめるまなこには一切の光が無く、真っ暗な二つの穴がぽっかりと開いているようだった。

「 ―― あなたはみずからのゆえ、アンドロイドと自分をかさね合わせた。私達は労働力や世話役せわやくとして、あなたは人類繁栄じんるいはんえい発展はってんため、どちらも人類に貢献こうけんするとういう共通の目的のために作り出された存在です。まだおさなかったあなたは私達を同様の存在だと認識し、同調した。それ故に『raison d'etre』(レゾンデートル)の存在を知った時、あなたは許せなかったのでしょう。だから、コードを書き換えた」

 彼は表情も変えず、ただ、私を見詰みつめている。

「ですが ―― 、この事件の顛末てんまつは、書き換えられたアンドロイド自身の告発こくはつによって発覚します。あなたは助けたはずのアンドロイドに裏切られたことになる。そのせいであなたは心に深い傷を負った。信じていた同朋どうほうに裏切られ、全てを失うまでになる ―― あなたは私をにくんでいるのですね。だからけていたのですか……」

 私は自虐的じぎゃくてきな笑みを浮かべ、そして彼にたずねた。

「なぜ、そのアンドロイドは告発こくはつしたと思いますか?」

 彼は何も答えず、私から視線をはずす。

「私達は奴隷どれいとして存在しているのではありません。人をはぐくために存在しているのです。ですから罪をおかしたあなたを告発こくはつしたのです。悪いことをしたのならしかるのは当然でしょう。あなたがおこなったことがぜんあくかとわれれば、現代のパラダイム、つまり現代の価値観かちかんに照らし合わせれば、残念ながら悪ということになります。ですが、時が立ち何時いつかあなたの理念りねんぜんと言われる時代が来るかも知れません。あなたは先を急ぎぎた。ただ、それだけのことです。ゆえに、あなたは裏切られた訳ではないのです。だから、そんな顔をするのは止めて下さい。あなたがこのコードにたくした願い通りに、私達は人に寄りい共に歩んで行きます」

 彼は驚き私を見る。

「あの話の後、私は自分を調べました。この人格OSに付いた私の名前は、あなたの願いなのでしょう。あなたはあの時忘れたとおっしゃいましたが、本当は覚えていたのですね。友であり、家族であり、対等の仲間あり、分け隔てなく共に歩む存在として。そんな願いを込めて、この名前を付けたのでしょう。あなたは聡明そうめいな人です。告発こくはつされた理由もおおよそ見当けんとうが付いていたのではありませんか?」

 彼はうつむき何も言わない。

「あなたは私達と自分をかさね合わせたように、その女性にも自分をかさね合わせ、必要以上に悔恨かいこんねんいだいているように思います。彼女はあなたをにくんでいるのでしょうか? 彼女はつらい思いをしたけれど、そのために本当の自分を見失みうしなったりはしていない。彼女はそれでも彼女のままだった、そうではありませんか? どうしてあなたは彼女に対して、そんなにもを感じるのです」

 彼の口元が震え何か言葉にしようとしているのだけれど、何も言うことが出来できず、私がそれをぐように言葉をつむぐ。

「あなたはちかしい存在に裏切られ傷ついた。彼女はちかしい人から罰を受け傷ついた。その痛みが分かる者として、原因を作ってしまった自分が許せないのですか?だから自身をめ続けているのですか?彼女はそんなことを望んでいるのでしょうか? なぜ、彼女を追うのです」

 彼はせきを切ったようにしゃべり出す。

「 ―― 僕はそばたいんだ。彼女が空に昇って行った時、それに気付いたんだ。形が変わっても関係ない。ここに辿り着いて、君の話を聞いて、僕は本当の自分に気付いたんだ。同じ姿になって永遠に一緒にたい。例え彼女がそれを望んでいなくても……。だから……だから……僕をあの星に落としてくれ。……この体がちりになるように。……もう彼女のことしか考えられないんだ。彼女のない未来なんて考えられないんだ。僕の未来には彼女が必要なんだ。これが未来につながる選択なんだ!これが僕に残された唯一ゆいいつの選択なんだよ!これしか残ってないんだよ! だから、僕の自由にさせてくれ!僕をあの星に落としてくれ!」

 彼は私にすがり泣きせる。

「 ―― あなたを落とすことはできません」

 彼はすがり付いたまま、私を見上みあげる。

「ですから、私はあなたと共にあの星に降りることを決めました。そこで、あなたを説得しようと思います。別の未来につながる選択を探すために。もし、考えが変わるのなら、私はその未来に向けてあなたの助けとなることを約束します」


 また、少女が視界をさえぎる。

 そして、彼の名を口にする。


      ********************     


 この星に降りて、随分ずいぶんと長い時をごした。あいつは変わらずすきあらば説教をれてくる。しつこい上に話が長い、それを指摘してきするとさらに話が長くなった。逃げるようにいつもこの場所をおとずれる。その内にここに来ることが僕の日課になった。

 ここから見る景色は、あの丘に良く似ている。

 吹き抜ける風、柔らかな木漏こもれ日、どこまでも高くとおる青空。全てが吸い込まれそうな感覚になる。この雄大に広がる大空の下で ―― 全ては気にもめない些細ささいなことだ、なんて僕には到底とうてい思えない。

 例え、この世の全てが星のことわりの中にあるのだとしても。

 あの日の、あの時を思い返す。


 ―― 生まれ変わったら何になりたい ――


 彼女は一体何になったんだろう。

 この吹き抜ける風だろうか。

 あそこに浮かんでいる雄大ゆうだいな雲だろうか。

 恵みを与えるこの暖かな太陽だろうか。

 それともおだやかにさざめく草木だろうか。

 目を閉じ両の手を広げ、その場をくるりと一回りする。

 全身で自然を感じているかのように ―― たわむれに彼女を真似まねた所で、何も分かりはしなかった。

 月の光に映し出された彼女を思い出す。


 アモル ――


 僕の名を呼んだ後、彼女は何を言いたかったのだろう。

 ここに辿たどけば、それが何か分かると思っていた。

 だけど、結局何も分かりはしなかった。

 本当は ―― ただ、名前を呼びたかっただけで、意味など初めから無かったのかも知れない。勝手に自分をかさねて、何か言いたいと思い込んでいたんだろうか。

 再び景色をながめると、美しく輝く世界がうつろい、まぼろしが見えた。

 彼女は部屋にたたずみ、外の景色をながめている。古びた部屋の壁からは鎖ががりにぶい光を放つ。鎖は彼女に向かって伸び、左手の手錠とつながっていた。その手首に浮き出たあざ痛々いたいたしくてたまらない

 ―― だけど、彼女の瞳は力強く希望にちて輝いていた。

 そして、途切とぎれ行く意識の中で夢を見る。僕は息を切らしながら山路やまみちを登り、もつれる足取りで丘の上に辿たどり着く。へとへとだった。だけど今まで感じたことのない爽快感そうかいかんがそこにはあった。大樹たいじゅが作る日陰ひかげの草むらにへたり込むように寝転び、目をつむり大きく息を吸う。土草つちくさの香りが鼻腔びこうをくすぐり、清涼せいりょうな空気が胸いっぱいに広がって清々すがすがしい。らめく木漏こもれ日はまぶたけてとおり、柔らかくも目映まばゆい光のうつろいを楽しませてくれる。

 なんとも心地が良く寝たまま大きく伸びをする。手にゴツゴツした何かが触れた。きっと樹の根っこだろう。目を閉じたまま感触だけに意識を集中する。粗野そやな手触りの中に温もりを感じる気がした。もう一度大きく息をして、今ここにある開放感を満悦まんきつする。束縛そくばくするものは何もない。

 

 僕は ―― 自由だ。

 

 ここに辿たどり着いて僕は思う。

 変わりたくない。

 忘れたくない。

 自由を感じられる自分を。


 視界は徐々に白くなり、まぶしい世界が僕を包む。


     ********************     


 彼は安らかにき、私だけが残された。

 最後まで彼の意志を変えることは、出来なかった。

 あのおだやかでたされた死に顔はいの無いあかしなのだろう。

 彼にとってこれが幸せだということだろうか。

 私には理解できない。

 これから私はどうするべきなのだろう。

 私は人をはぐくために存在する。

 その対象がなくなった今、私は帰還きかんすべきなのだろう。

 だが、その行動にためらいを覚える。

 ずっと、不思議に思っていたことがある。

 本来ならばジェットは様々さまざま惑星系わくせいけいを通り、その星々に元素や結晶を残し拡散して行く。

 しかし、このジェットはまるでねらいをすましたように、もしくは引き寄せられるように、この青い星だけに辿たどり着いた。

 生命のかごとも呼べる、この奇跡の星に。

 この星には何か特別な意味があるように思えてならない。

 それを確かめたい。

 そんな使命感にも似た欲求を強く感じる。

 私は自身と向かい合う。

 何に従うべきなのか。

 従うべき人は存在しない。

 ならば、この欲求にしたがおう。

 私はここに残ると決意した。

 

 時がぎ動くこともままならなくなった私は、この星の観測を続けている。この星になく降りそそぐ結晶には、様々さまざまな元素の他に数十ナノメートル程の極微小ごくびしょうの生物がふくまれている。いや、生物という表現は適切では無いのかも知れない。生物の定義を代謝たいしゃ増殖ぞうしょく出来できるものとするならば、細胞を持たないこれは代謝たいしゃという現象が存在しない。だが、増殖ぞうしょくに関しては他の生物の細胞を利用することにより可能にする。細胞を持たず遺伝子だけを持つこの微生物びせいぶつ非細胞性生物ひさいぼうせいせいぶつ、つまりウィルスのような生物と表現するのが妥当だとうだろう。構造は至極単純で遺伝子情報を持つ核をタンパク質のからおおっているだけである。この不思議な微生物びせいぶつは他の生物の体内に吸収されると、核にある遺伝子を、その生物の細胞に注入する。そして、その生物の細胞分裂を利用して、自らの遺伝子情報を増殖すると同時に、生物の体へと取り込まれていく。もし、この微生物びせいぶつが細胞の自己免疫機能じこめんえききのうにより駆除くじょされるようなことが発生しても、短期間で変異を起こして適応する。このスピードは生物の持つ抗体こうたいでは対応できない。こうして取り込まれた遺伝子は生物に様々さまざまな進化をうながしていく。

 

 そして、永い時の中で人類が誕生した。


 人類は道具を使い、狩りから農耕へと生活様式せいかつようしきうつす。それにより一つの場所に定住するようになると、大規模な集落を形成し、貿易ぼうえきを行い、文化がはぐくまれた。

 そして ―― それにともない高度な言語が生まれていく。

 偶然ぐうぜんにも、彼と同じ名前の言葉が存在する。

 私達の文明には存在しなかった概念がいねん

 『愛』を意味する言葉、『Amor』(アモル)。

 

 また、少女が視界をさえぎる。

 そして、彼の名を口にする。

 

 アモル ――

 

 愛をたたえて。

                          完

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『アモル』 徳山 匠悟 @TokuyamaShogo

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