◆第六章 今へと至る結末

 抜け道を通り、再度教会の中へと入る。見つからないように慎重しんちょうに歩を進め、彼女がいた最上階の部屋を目指す。迷路のような教会を探索していると違和感を覚えた。人の気配が全くない。運よく遭遇しないだけだろうか。それともすでに出発したのだろうか。いや、彼女はホールから旅立つと言った。ならば船はあそこに入航するはずだ。天井が無いのもその為だろう。丘からずっと眺めていたが、そんな様子ようすはなかった。きっとまだいる。時間的にも余裕があるはずだ。そう思い直し目的の場所へと歩みを進める。

 やっとのことで最上階へと辿たどり着き、方角や位置から彼女がいた部屋とおぼしき一室に入った。

 そこに人の姿はなかった。

 部屋は古びてはいるが、広々として、大きな窓があった。場所を確認するために開けてみると、そこから見える景色は素晴らしい眺望ちょうぼうで、如何いかにも彼女が好きそうな景色だった。下を見てみると、確かにそこは自分が倒れていた場所である。この高さからモノが当たって、良くコブで済んだなと我ながら感心した。ともあれ、この部屋が彼女がいた部屋で間違いないようだ。何か手掛てがかりはないかとあたりを見回みまわすと、目のはしに何かをとらえる。

 古びた壁に鎖ががっていた。鎖は真新しく、ぞんざいに打ち付けられている。その鎖を手に取り先端に目をやると、そこには手錠が付いていた。

 彼女の手首のあざを思い出す。

 途端とたんに身が震え、自責じせきねんつぶれそうになる。

 早く彼女に、彼女に会わなければならない。

 使命感にも焦燥しょうそうが、強く僕をてる。

 だけど、彼女はここにはいない。

 一体どこにいるのだろう。

 人の気配が無いのもおかしい。


 ―― 新たな星や命をつむぐというのなら ――

 ―― 共に歩むの。それが『星の子』 ――


 突然、彼女が寮に来た時の情景じょうけいがフラッシュバックする。あの時の違和感は何だったんだろう。なぜか嫌な予感がする。

 その予感は記憶の呼び水となり、あの日の情景じょうけいが更にがる。


 ―― だから雲に乗って旅立つの ――

 ―― ジェットにみちびかれて ――

 

 ―― 言うなれば最新技術のすいを集めた箱舟かな ――

 ―― 特別な結晶に変換して ――

 

 何を ―― 変換するっていうんだ。

 両親の隣にあったから筐体きょうたい脳裏のうりぎる。

 その時、美しい鐘の音が高らかに鳴り響いた。

 その音色ねいろと共に記憶は止めどもなくあふれていく。


 ―― いつかは死んでしまうの ――

 ―― それは悲しいことではなくて、ただ形が変わるだけ ――

 ―― 形を捨てて本来の種に戻るの ――

 

 ―― 私は吹き抜ける風になりたい ――

 ―― 雄大に浮かぶ雲になりたい ――

 ―― 優しく夜を照らす月になりたい ――

 ―― 恵みを与える太陽もいい ――

 

 ―― 生まれ変わったら何になりたい ――

 

 鐘は鳴り続け、もつれるような足取りで僕は箱舟へと急いだ。


     ********************     


 泣きくずれる彼にける。

「……あなたに一体何があったのです」

 彼はゆっくりと語り出す。

 これまでのことを。

 そして、今へといたる結末を話し始めた。


     ********************     

 

 なく鳴り続ける鐘の音の中を、僕は全力でけて行く。

 回廊を抜け、ホールの階段をのぼり、息を切らして両親の眠る筐体きょうたいへと辿たどり着いた。

 その隣に彼女はた。

 筐体きょうたいの中で、安らかに目を閉じて。

 筐体きょうたいを叩き彼女を呼ぶが、全く反応がない。

 中をうかがうと、呼吸による胸部の上下運動がわずかに確認できた。

 彼女は深い眠りに落ちている。

 ここに彼女を置いていてはだめだ。

 なぜか強くそう感じた。

 彼女を連れ出すべく、筐体きょうたいを開くための操作盤を探すが、何処どこにも見当たらない。開閉式の操作盤なのだと思いいたり、筐体きょうたい側面のみぞに指をわせ、手探りで操作盤のハッチを探す。あせりがつのり、大きな焦燥感しょうそうかんとなって僕を追い立てる。

 

 その時、鳴り続けた鐘の音が突然止んだ。


 それと同時に短いアラート音が響きわたり、緑色のランプが数回点滅して赤色になる。刹那せつな、全ての筐体きょうたいに電流が走り強い光を放つ。放電の光の中で、彼女の身体が小さくねたのが分かった。安否あんぴを確認しようと、筐体きょうたい出来できるだけ顔を近づけて凝視ぎょうしする。

 

 彼女は ――

 端正せいたんな顔立ち。

 とおるような白い肌。

 つやたたえる黒い髪。

 安らかに閉じられたまぶた

 丸みをびたまぶたの先にある、キラキラと輝くぐな瞳。

 ―― 何事も無かったように眠っている。

 

 僕は安堵あんどした。

 

 つか ―― 彼女は血のを失い生気を無くす。とおるように白い肌は、見る見る内にりを失い、青みをびていろせる。華奢きゃしゃな体はさらにやせ細り、まるで全身の水分を抜かれたかのように、あっという間にかわきやつれていく。つやたたえた黒髪は、うるおいをうしない根元から白くなる。小さな顔はさらに小さくなり、ほほせこけしわきざみ込まれていく。髪は一段と白くなるが、完全な白髪になりきる前にずるりずるりと抜け落ちた。身体は徐々にゆがみを増して、しないびつ姿勢しせいになっていく。丸みをびたまぶたしぼむように小さくなり、突然スッとくぼんでたいらになる。ほほは一層やせ細り、咀嚼筋そしゃくきんが機能しなくなったのか、次第にあごがって口が開く。だらしなく開いた口からのぞく歯は、不安定にぐらついて抜け落ちて行く。その奥にいびつな球体が見えた。口が限界まで開き切ると、眼窩がんかに支えられなくなった眼球が、ここに落ちていたことを知る。もろくなった頭部はゆがんで陥没かんぼつし、くすんだ青白い皮がゆっくりとつぶれるように変容していく。またたく間についえるそれに、あの美しい面影おもかげはどこにも無く、最後には形すら保てず、砂のようにくずれ落ちて霧散むさんした。


 再びアラート音が鳴り、ランプが赤から青に変わる。

 また放電が起こった。

 強い光がまたたき、扉が開く。

 すると極彩色ごくさいしょくに輝く五センチ程の菱形ひしがたの結晶が、大量にあふれかえり眼前がんぜん一杯いっぱいに広がって行く。全ての筐体きょうたいからき出たそれは、あたり一面を埋め尽くし燦然さんぜんと輝く極彩色ごくさいしょくの景色を作り出す。 

 目がくらむような世界の中で、ゆっくりと舞い上がる彼女の結晶が僕の身体を突き抜ける。

その時 ――、


 声が聞こえた

 

 ―― 気がした。

 振り向いて、突き抜けたそれに手を伸ばす。そしてつかもうとする。だけど、それは逃げるようにり抜けて、伸ばした手にはむなしい感触かんしょくが残るだけだった。視線の先を浮遊ふゆうする結晶は喜んでいるかのようにくうを舞う。また、手を伸ばす。何度も、何度も、つかまえようとする。だけど、その度に呆気あっけなくり抜けて、何かを求める僕の手は、只々ただただ空を切るばかりだった。

 極彩色ごくさいしょくに輝く世界は遊びたわむれるように優雅ゆううがに舞う。その舞いは次第に勢いを増して行き、最後にはつむじ風が吹いたかのように、激しく舞い踊り上昇する。最早もはや手が届かなくなったそれは、まるで極彩色ごくさいしょくの雲のようで、どこまでも、どこまでも、高く昇って行く。

 そして、最後には見えなくなり、僕だけが一人取り残された。結局、行くべき場所に行こうとするそれを、止めることは出来なかった。


 呆然ほうぜんとしている僕の右手の端末からに突然モニターが現れ、警告文と音声が流れる。

「搭乗予定の艦船はすでに軌道エレベータからの離脱準備に入った」


 ―― まるで遠くの出来事できごとようで、実感がわかない ――


「よって、貴方あなた単独航行船たんどくこうこうせんに乗り我々と合流してもらう。今から示す場所に向かえ。船はそこにある」

 別モニターが開き、自身の現在地と船の位置が示されたルートマップが表示された。


 ―― 焦点しょうてんさだまらない ――


「船に搭載とうさいされているアンドロイドを起動した。到着後はその指示にしたがえ」


 ―― うるさい ――


「尚、貴方あなたのいる場所は間もなく我々の管理下からはずれ、安全を保障することができない」


 ―― うるさい、うるさい ――


「至急、退避し ――」


 全てを言い終わる前にモニターを切った。  


 しばらくたたずんでいると、二センチにもたない弱弱しく光る菱形ひしがたの結晶が、目の前をぎり浮上して行く。ゆっくり、ゆっくり、空に向かって、あの雲を追いかけるように ――。


 突然、強い衝動しょうどうが全身を走り、胸が張り裂けそうになる。


 ―― 会いたい ――


 その場にくずれ落ち、おさえがたい衝迫しょうはく悶絶もんぜつする。


 ―― 君の声が聞きたい ――


 月の光に映し出された、もの言いたげな彼女の姿が脳裏のうりに浮かぶ。

 

 アモル ――


 刹那せつなたぎ激情げきじょうせきを切ってあふれ出し、あばくるいながら全身をめぐって、最後に脳天のうてんつらぬいた。

 その瞬間しゅんかん、頭の中が真っ白になって ―― 唐突とうとつに気付く。

 僕は衝動しょうどうまま立ち上がり、船のある場所へと駆け出していた。

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