◆第五章 星の子
月が輝く夜の
「頭は大丈夫? ごめんね、ごめんね、まさか当たるなんて考えもしなかったの。突然あなたが現れたから、どうしても気付いて欲しくて、だけど、本当に馬鹿なことをしてごめんなさい」
「僕は大丈夫だから安心して。それより君は元気だった?」
彼女は
「ええ、元気よ」
と短く答えて、あの
彼女は僕の隣に座り、ぽつりぽつりと話し出す。
あの日帰ったら大騒ぎになっていたことを。
こっぴどく
反発して
そのせいで長い間、外出できなくなったことを。
手紙すら出せなかったことを。
僕との約束を破ってしまったことを。
ずっと
もう会えないと思っていたことを。
そんな時、窓から僕が見えたことを。
夢かと思い
何度叫んでも気付かないことを。
ならばと、大急ぎで手紙を書いたことを。
風に流されないようにカップを包んで投げたことを。
私に気付いてと心の底から願ったことを。
直撃して
倒れたままピクリともしない僕のことを。
死んだのかと思い
動き出した時に心から
そしてまた会えたことを ―― 良かった。と彼女は目を細めて言った。
僕は無意識に彼女を抱き寄せ、ずっと抱えていた心の底の思いを吐き出した。
「あの時、あんなことを言わなければ、君がそんな目に合うことはなかったんだ。ごめん。本当にごめん」
彼女は腕の中から僕を見上げて
「いいの。気にしないで。私は怒られ慣れているから」
と優しく
彼女は口ごもる僕の腕を
「ねぇ、着いて来て」
と、そう言って手を引く。
彼女の手首にうっすらと残った
「会って欲しい人がいるの」
僕は
手を引かれるままついて行くと、彼女は教会の裏手に回り、
ここが私の秘密の抜け道よ、と
僕も彼女を
身を
中は
「貯蔵庫よ」
と短く答えた。
そして僕に近付き、真剣な
「ここから先は大きな音を出さないでね。絶対バレないようにするの。だって、あなたの嫌われ方は
と小さな声で忠告してくれた。
なるほど、確かに
貯蔵庫を出て細い廊下をしばらく進む。その先には階段があり、そこを
我を忘れこの空間が作り出す
引かれるまま進んで行くと、突然視界が
彼女は周りを見渡し、誰もいないことを確かめてから階段へと向かう。階段を
しばらく進んで行くと彼女が突然歩みを止め、二つの
「ここよ」
僕は
その時、雲の切れ間から月光が
中には ―― 人が入っていた。
安らかに、眠るように、
一人は長い黒髪の女性。
一人は肌も髪も抜けるように白い男性。
どちらも彼女の
「私の両親よ」
二人に向き合い、彼女は言う。
「私が小さい時に二人とも死んじゃったの。でもね、また一緒になれるの。だから
あんなにも強く握られていた手は簡単に
「どうしてもアモルに会わせたくて」
「ここは一体何なんなの?」
再び月に雲が
彼女はこちらを向くが、暗がりに隠れて顔が見えない。
「箱舟よ。あの時話したこと覚えてる?私達は明日ここから旅立つの」
―― それは、もう彼女と会えないということ、そんなの ――
「……考えたんだけど、僕と一緒に行かないか。君とは……なんと言うか……気が合うんだ。君ともっと、色んな話をしてみたいんだ。一緒に行こう。僕は君となら ――」
「私はね ――」
「 ―― 今、とっても
ただ暗闇の中で、声だけが
「 ―― パパとママが死ぬ時に、私と約束したの。一緒に行くって。だから
突然雲が晴れ、月の光が差し込んだ。
月の光に映し出された彼女の表情は ―― 何かを
「アモル ―― 」
彼女は消え入りそうな声で、僕の名を口にする。
何かを言いたそうな、でも続く言葉が見つからない、そんなもどかしさを感じた。
その時、足音がホールに響く。その方向に目をやるとライトが床を照らしこちらへと向かって来る。
その
「そこに誰かいるのですか!」
ライトはどんどん近づいて来る。
「私が時間を
そう言って飛び出そうとする彼女の腕を
「あの丘で待ってる。一緒に行こう。君と一緒にいたいんだ」
彼女はこちらを見ずに手を振り
僕は貯蔵庫から外に出て、あの丘へと向かった。
きっと彼女は来る、そう信じて。
だが夜が明け、日が昇っても、彼女が現れることはなかった。
本当は
だけど、また名前を聞き
せめて、最後に名前を ――。
そう言い聞かせて足を動かした。
彼女が振り
彼女は怒るだろう。けど、それでもいい。
教会へと向けてフラフラと歩き出す。
月の光に映し出されたあの顔が忘れられない。
僕の名を呼んだ後、彼女は何を言いたかったのだろう。
********************
食事や運動を
私は
「僕の勝手だろう、自由にさせろよ」
「自由? あなたが自由を口にするのですか? 以前あなたは私に
「うるさい! 自分のことは分かっている! 僕は自由だ! 機械が知った口を
「いいえ。あなたは自由と
彼は私を強く
彼に伝えなければならない。同じことを繰り返し、何度も言葉を重ねてきたが、それでもこれしかない。伝えるには言葉を重ねるしかない。私は彼に自由とは何なのかを
「自由とは
彼の口元が怒りに震えている。その感情を言葉にする前に、私は話を続ける。
「
口を挟もうとする彼に、
「
語気を
彼は拳を
しばらくの間、何かを
そして、
「 ―― 僕は自由だ……僕達は自由なんだ!」
そう言うと、突然彼は泣き
また、あの少女が視界を
そして、彼の名を口にする。
********************
なのに ――、
――
それが自由だというのなら、彼女は自由そのものだった。
彼女の姿が
―― 私は吹き抜ける風になりたい ――
――
―― 優しく夜を照らす月になりたい ――
―― 恵みを与える太陽もいい ――
彼女は自らの理想に
あの変わりゆく姿も自由である
ならば、僕もそうありたい。
そうか ――。
そうなんだ。
そういうことなんだ。
だから ―― 僕はここまで来たんだ。
だったら、
「 ―― 僕は自由だ……僕達は自由なんだ!」
僕は、彼女を無くして初めて泣いた。
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