パラレル現代召喚記
渡貫とゐち
目が覚めたら現代――
青信号を渡っていたら、横から突っ込んできたトラックに思い切り撥ねられた……、走馬灯を見る余裕もなかった。
空を飛ぶ鳥と目が合うような高さから、放物線を描くように落ちた私は、並木通りの道路を転がっていく。しん、としているのは、私の耳がもうなにも聞き取れないから……?
誰かが駆け寄ってくる。
女の人が私の肩を叩いているようだけど、感覚がない。
叩かれているって分かっているのに、叩かれている感覚がないのが、凄く不思議で……あぁ。
沈んでいく。
とても眠いんだ。
私は――、
死んだ。
………
……
…
ハッとして目を覚ませば、見知った並木通りに立っていた。
……え? さっきの体験は……夢だった? 白昼夢? 死後の世界でもないし……でもトラックに撥ねられた痛みは鮮明に覚えている。というか全身が痛いんだけど……。
酷い筋肉痛みたいだった。目の前、トラウマを思い出す青信号を見て引き返す。近くの歩行者が不思議そうに私を見ていたけど、言い訳のような行動もできなかった。思い出して吐きそうになりながら、私は近くの自販機まで歩き、水を買う……水にお金を払う日がくるなんて……。
失った水分を取り戻すように、500ミリペットボトルを一本丸々一気飲みして、スマホを確認する。年代、日付、時刻……私が轢かれて死んだ時間と一致している…………ん?
「え、
令和、ではなく?
久世、と表示されているのは…………え?
「――道路では端に寄りなさい。死にたいの!?」
死、という言葉に反応してしまったけど、私に向けられた言葉ではない。
視線の先では、ランドセルを背負った子供とその子の母親が歩いていた。歩行者用の柵もなく、すぐ傍をびゅんびゅんと勢いよく車が通り過ぎていく……かなり速度を出していた。
子供が間違って横にずれたりすれば、車が子供に当たってもおかしくはなくて……。
乱暴な運転だ。ついさっき轢かれたトラウマを忘れるくらいには、怒りが込み上げてくる。ちょっと注意してきてやろうかと思えば、別の道路では法定速度以上も出ているのではないかと思うような車が、狭い道路を走っていた。
しかも、そこは子供たちの通学路であり――
だけど子供たちは走る車に慣れているように、エンジン音に気が付いて各々が車を避けていた。ひとり、車がランドセルに掠ってバランスを崩した小学生が倒れるが、当てた車は知らん顔して先へ進んでいくし、周りの子供たちも倒れた友達を笑っていた。
「ぎゃははっ、アホだなー。あんなのも避けられないのかよ!」
「ふざけ過ぎただけだって。ギリギリを狙おうと思ってさ――」
一歩間違えれば轢かれて死んでいたと言うのに、子供たちは自分がそうなるとはまったく思っていないらしく、避けることを遊びやゲームだと思っているらしい。
あんなの……命がいくつあっても足りないだろう。
「ちょっと君たち!!」
私は思わず声をかけていた。死んでからでは遅いのだ……私みたいに。いや、ちょっと今の状況をちゃんとは飲み込めていないから、私を引き合いに出すのは違うけど……。
ブレるのは間違いない。
「危ないでしょ!! 道路で遊ぶんじゃないの!!」
「えー。……自己責任だし、いいんじゃないの?」
「怪我したら君たちのお母さんが悲しむでしょ!!」
「そうかなあ?」
人の家庭環境は知らないけど、きっと親は悲しむのだ。
子供が死んで手続きが面倒だ、なんて愚痴をこぼす親は親ではない。
「それにしても、車も酷いわね……こんな狭い道路、歩行者の柵もないのにあれだけ速度を出すなんて……【歩行者優先】なのに……」
「え。姉ちゃん、なに言ってんの?」
子供たちの薄ら笑いに、でこぴんをしたくなったけど、なんとか抑える。
……なに言ってんの? とは? 私、変なことでも言ったかな。
「……なにって……なにが?」
「道路は【車優先】だよ。歩行者は自分の命を自分で守らないと。轢かれたら、避けられなかったこっちが悪いんだよ。幼稚園の時からそう教わってきたよ? 姉ちゃんは教わってこなかったの? 他人の運転手に自分の命を預けて……よく今まで生きてこれたね」
「…………」
「自衛をしなさいって、お母さんはいつもいつも言ってるよ。だって歩行者優先って……、それって、運転手の判断でこっちの命を『奪うか奪わないか』決められるわけでしょ? ……嫌だな、そんな世界」
……確かに、歩行者優先とは、車側が歩行者を避けることで、歩行者は安全に道路を歩けるわけで……。だけど運転手が法律を無視して「もうどうにでもなれ」と吹っ切れてしまえば、簡単に歩行者の命を奪うことができる……――それが、私が知る世界。
だけどこの世界は、車が優先される。
分かりやすく言えば歩行者がいようが車は親切にすることはないから、歩行者は自分の命を責任持って、自分で守ることになる。
怪我人や老人、障がい者の人もそうなのかは分からないけど……、自分の命は自分で守る。当たり前と言えばそうだけど、いつの間にか他人に任せ、忘れてしまっていた当然のルールだ。
小学生でも自衛ができる世界。いいや、しなければ死んでしまう世界……。
ここは、私が知る世界ではないけれど、でも、知る世界とそっくりな世界だった。
死んで転生したわけではなく。
異世界でもない。
ここは――……私は、召喚されたのだ。
現代の、私が知らないパラレルの方へ。
「…………」
少しずつ違う現代の世界。
その差は、ふたつの世界を知る私にしか分からない。
…了
パラレル現代召喚記 渡貫とゐち @josho
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