第6話
子機 修道院に戻ったニーナは真っ先に客室へと向かった。
牧歌的な外観には似合わない、派手な装飾の多い一室。
中ではユリウスがソファーの上でうたた寝をしていた。
「ただいま帰りました、ユリウス」
「うぅ……おかえり、ニーナ……」
ユリウスは目をこすりながら起き上がり、大きなあくびをする。
「あら、起こしてしまってすみません」
「大丈夫だよ……それで、イザベル様はどんな方だった?」
「あまり品の良い方ではありませんでした」
顔には出さないものの、口調と言葉選びから上手くいっていないことをユリウスは悟った。
「ただ、彼女が王都からの差し金である可能性は限りなくゼロに近いでしょうね」
なんとしてもニーナに聖女を継いでほしいイザベルと、どうにかニーナを抹殺したい教会。利害が不一致であることは火を見るよりも明らかだ。
「最悪の事態には陥ってなかった、と」
ユリウスの考える最悪――街ぐるみでの聖女暗殺計画は起こっていなかった。
しかしながら状況が好転した訳でもなく、ユリウスはどうしたものかと顎に手を添える。
「悩んでいたって仕方ありません。悪いことが起こったわけでもないのですから!」
楽観的なニーナはユリウスの隣に腰を下ろして天井をあおぐ。
「確かに、それもそうだね」
ぴったりと触れ合う肩。
ニーナの横顔を見て、ユリウスの胸が高鳴る。
「ニーナ……」
ユリウスが声を掛けたその時、コンコンとドアを叩く音が室内に響く。
二人は急いで立ち上がり、どこかよそよそしい様子で互いに目をそらす。
「失礼します」
入ってきたのは修道女、手には食事の乗った盆。
「あら、聖女様も帰っていらっしゃったのですね。失礼しました」
修道女は頭を下げてそっとドアを閉じた。
ホッと肩を撫でおろすユリウス。
対してニーナの顔からは先ほどの惚気た様子がすっかり消えていた。
「あれ、たぶん毒です」
「えっ?」
ユリウスは突然のことに動揺を隠せなかった。
先ほどの食事はどう考えてもユリウスのために用意されたもの。
そこに毒が入っていたとなると、狙われているのはユリウスということになる。
「ユリウスは強いですから、暗殺者とて迂闊に手は出さないでしょう」
ドラゴンを容易に屠る実力者が護衛にいてはターゲットを手に掛けるのは難しい。
ましてや正攻法でその護衛を排除するなどもってのほか。
実に合理的な選択だ。が、それが分かったうえでユリウスには疑問が残る。
「しかしなぜあれが毒と?」
「彼女、鈴を持っていなかったんですよ」
聖教の信者が付ける神呼びの鈴。
修道服まで着てそれを身につけていないのはあまりにも不自然である。
「それに彼女は聖女を見るなり食事を渡さず去っていきました」
「確かに怪しいけど……」
「ではこの街で私が聖女であると知る者はどれだけいましょうか?」
ニーナに尋ねられユリウスはハッとする。
街に入る直前、一行はヴィオラを聖女と偽ることで情報の秘匿を謀った。
当然この街にいた者はニーナの正体を知る由もない。
しかし先ほどの修道女はニーナのことを聖女と呼ぶ。
本来であればありえない事だ。
「だとすれば内通者がいるのは確定か」
「はい。であれば私が魔法で毒を消すことができるのを知っていても当然です」
「そうか……」
仲間に裏切り者がいるにも関わらず一切たじろがないニーナに驚きつつも、ユリウスはひとまず納得した。
「しかしそうなるとおちおち食事も取れないな」
ユリウスがつぶやいた当然の悩みにニーナはしめしめといった表情で返す。
「では今日はお外でご飯を食べましょう!」
「いやぁ、まぁ」
反論しようとしたものの、より良い案が出せないユリウス。
よもや敵もニーナがこの状況でまで夜の街へと繰り出そうとはしまいと考えるだろう。
その虚をついたニーナの奇策だった。
「先手を打てば相手も吊られて動き出すと思いますよ」
「確かに……いや、でも……」
悩むユリウスの両手を掴み、ニーナは彼の目を一直線に見つめる。
「大丈夫です。ユリウスに何かあれば私がなんとかしますし、私に何かあればユリウスがなんとかしてくれるでしょ?」
あまりにも真っ直ぐに見つめられ、ユリウスの頬が少し赤くなる。
先ほどまで抱いていた不意をつかれたことによる情けなさのようなものが次第に薄れて、後に残ったのは僅かばかりの照れ臭さと高揚感だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
☆評価が全く伸びなかったため、こちらの連載はこの話をもって終了させていただきます。
気が向けばたまに更新するので、興味のある
方は気長にお待ちください。
次の更新予定
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【打切】赤い剣聖と呼ばれた吸血鬼の伯爵子息、家を追放され完詰み聖女の護衛になる たしろ @moumaicult
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