魔術との出会い

第1話 止まない雨は

雨が地面を打つ音で目が覚める。

瞼を開ければ、見慣れた天井があった。

雨の日は決まって同じ夢を見る。血と屍の海で、少女の金切り声に耳を劈かれながら、泥の上に横たわる夢。




「おはよう、随分と魘されていたようだったが......」


気持ちの悪い感触が服の中に充満している。

まるで大雨にでも降られたかのように、大量の汗がオズの全身を濡らしていた。


「大したことはありません。ただ、最近よく悪夢を見るんです」


意識を取り戻してから今に至るまでの数ヶ月間、俺は身の回りのことではアイロスに世話になっていた。

すでに親しい仲で、現在では敬意を込めて彼のことを「先生」と呼んでいる。


「人は夢を見ている間、記憶の整理を行っているという。何か思い出せたりはしたかね?」


「いえ、これといったものは何も...」


オズは、夢の中で見た光景について話そうとは思わなかった。

彼自身、嫌な夢のことを思い出したくはなかったからだ。


「まあそう焦ることもあるまい。そのうち思い出せるだろう」


「そう、ですね...」


今朝はとても目覚めが悪かったので、気を紛らわすために窓の外を眺めた。

と言っても今日は雨天で、とても晴れやかな気分になれそうにはない。


庭に植った一面の枯れ鬼灯たちが、まるで家から出られぬ子供をからかうみたいにその実をゆらゆら揺らす。


これは習慣みたいなもので、オズはいつも窓の外の景色で季節の流れを感じ取っていた。


「すまないね。何度か上に問い合わせたが、やはり療養中の外出許可は降りない。代わりと言っては何だが、今日もこれで我慢してくれ」


オーバーテーブルの上に静かに置かれた、数冊の本。


窓の外に思いを馳せるオズを見かねてか、アイロスは近頃本を何冊か見繕って持ってきてくれるようになった。

退屈なのに依然変わりはないが、それでも幾分かの暇つぶしにはなる。


特に魔術師の武勇伝を記した本はオズのお気に入りだった。敵国の軍勢をたった数人で蹂躙した、なんて子供騙しのホラ話だったが、思いの外夢中になって気づけば一日で読破していた。


もし実在するならば、いつか魔術師というものに出会ってみたいものだと思った。


「そうだ、熱いお茶でも淹れてこよう」


そう言うとアイロスは徐に席を立ち、部屋を後にした。

オズは頁を捲る手を止め、アイロスの少し曲がった背中に手を振った。


そのときだった。アイロスの懐から転げ落ちた何かが、キラリと光を反射した。

よくよく見つめるとそれは金属製の小さな円盤状の何かで、バッジか何かだと思われる。


オズはそれをまじまじと見つめたあと、拾い上げて自身の懐に仕舞った。










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2024年7月11日 18:00

魔術師の嘘  志賀 禅 @Icetrophy

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