魔術師の嘘 

志賀 禅

プロローグ

気がつけば、異様な空間で寝そべっていた。

生活感の全くない、見渡す限り簡素な内装。

辛うじて窓とベッドがあるくらいで、それ以外不思議なほどに何も無い。


最初に抱いた感情は、恐怖だった。

いくら記憶を辿ろうとも、こんな場所へ転がり込んだ記憶などどこにも無い。

いいや、それどころか、自分が何者であったかすらも思い出すことができない。


不安に駆られ、感情が制御できず、今にもパニックに陥りそうだった。


「......大丈夫か?」


何者かが扉を開ける。

そこには、白衣の老人が立っていた。


「目が覚めたようだね。私の名はアイロス。君に危害を加えるつもりはないから安心してくれ」


彼は俺の手を優しく握り、穏やかな口調で俺を諭した。


「自分の名前、言えるかい?」


俺は首を横に振った。


「そうか......。ならば君を、『オズ』と名付けよう。名前が無いと不便だろう?」

「オ、ズ......?」

「そう、『オズ』。今の君の名だ。本当の名前を思い出すまで、そう名乗るといい」


そう言って老人は俺に名前を付けた。

そのとき俺は、今はじめてこの世に生まれ落ちたかのような感覚をおぼえた。

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