あるアイドルの応答

2022/5/19/22:23


 本物だよ。私は木本アミナ。これは海野マヲリと私しか知りえないこと。海野マヲリが、枕営業をしてセンターを掴み続けたのも、本当。この書き込みは事務所に消されるかもしれない。でも私は書くのをやめない。ごめんなさい。プロデューサー。私はもう限界です。

 海野マヲリは枕営業をしていました。回数は一回じゃありません。何度も、


――・――・――

 スマホが鳴った。思った通り事務所からだった。私はスマホの電源を落としてパソコンに向き直る。この文章が目に留まればいい。誰か、何かの目に留まればいい。それで、私たち全員を裁いてくれたらそれでいい。

 私を裁いてくれたら、いい。


 傷ひとつないきれいな顔で、可愛い声で、魅力的なしぐさで、私たちは偶像を演じてきた。でも嘘なんかもう吐けない。私はもう嘘をつく理由を失ってしまった。彼女母親が死んだから、もう私は、自分を傷つけることを躊躇わない。

――・――・――


2022/5/19/22:26


 ごめんね、途中で送信してしまったみたい。混乱させてごめんなさい。私も覚悟を持ってこれを書いています。それから、明日アイドルをやめるつもりです。アイドルを続ける理由も、ユナイティで居続ける理由も、失ってしまったから。


――・――・――


 どうやら、誰かの削除申請が通ったみたいだった。私の書きこみは見えなくなったらしい。それに連なる一連のレスポンスも速やかに消されていく。事務所の火消しが行われるのを黙って見ていた。それ以上何も書くつもりはなかったけれど、荒れ狂うスレッドの波を見ているうちに、何かそこへ紛れ込ませたくなって、私はゆっくりと文字を打ち込んでいった。

――・――・――


2022/5/19/22:59


私は、海野マヲリというアイドルが好きだった。

だいすき。


――・――・――


 用意しておいたピアッサーを耳にセットする。尖った針の先が私の耳朶を狙いすます。私は目を閉じて、思いのたけを込める。

――アイドルをやめよう。

 ばちん、と音がする。数瞬おくれて、焼けるような熱さが耳朶を冒していく。


 私はあの時、あの場所で、マヲリと行ったアクセサリー店で、綺麗なピアスを見付けた。それはマヲリみたいにきらきらした石をつけた、安物のピアスだった。

「買えばいいじゃん」

 熱心に眺めていたからか、マヲリがそうわたしに言った。

「そんなにきらきらした目をしておいて、欲しくないはうそでしょ」

「でも、ピアスだよ、これ」

「いつか穴開けたときのために買っておきなって」

「でも」

「しゃらくさいなぁ」

 マヲリは私からピアスを奪い取った。その時一瞬、冷たい指が私の手に触れた。

「海野さん、」

「マヲリって呼んで。これから仲間になるかもしれないんだしさ」

 マヲリはそのまま会計を済ませてしまった。私は袋に包まれたピアスをぼんやり眺めた。

 海野マヲリ。


 

「マヲリ」

 私は私の偶像アイドルの名を呼ぶ。

「もうあなたのとなりには立てない。二度と、立てない」

 焼けつく傷口にはめ込むファースト・ピアス。次にこの穴を埋めるのは――。

 私はマヲリの買ってくれたままの紙袋をごみに捨てた。明日は事務所を出たら新しいピアスを買いに行こう。派手なのがいい。イタいくらい、派手なやつがいい。 





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少女偶像 紫陽_凛 @syw_rin

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