少女偶像

紫陽_凛

あるアイドルの告白


【某掲示板にて】

スレッド「ユナイティ雑談134」


2022/5/19/13:58


 身体からだに傷をつけるのが怖いのは、お母さんの所為せいだと思う。「所為」だなんて強い言葉を使うのは、それが強迫じみた彼女の心配性によるものだからで、小さい頃、転ばんとする私を引き止めようとしたヒステリックな声や、紙で切った手指を絆創膏で巻く時の責めるような声音だから。


「私がきれいに産んだ身体に傷をつけないで」


 だから昔も今も包丁は苦手だし、ハサミもちょっと怖い。体を傷つける可能性があるものを見ると、あの高くて耳障りな声が私の耳元に蘇ってくる。思うに少し、いやかなり、彼女は私のトラウマになったのだろうと思う。家庭科の時間とか、裁縫も調理もだめで、今もそれは続いている。

 それはそうとして――彼女がきれいに産んでくれた身体は、読者モデルにスカウトされるくらいには整っていて、そしてそのまま「アイドルのオーディション番組に参加しないか」と問われるくらいにはポテンシャルを秘めていた。私は歌うのも踊るのも初心者だったけれど、相応のレッスンを受ければ伸びることが発覚した。病床の彼女はやつれながらも喜び、「きっとトップアイドルになれるよ、アミナ」と私の手をちからづよく握りしめた。



2022/5/19/14:14


 そう、私の名前はアミナ。「ユナイティ」のアミナ。


 アイドルオーディション番組「シーキングクイーンSQ」出身。十五歳から十九歳までのアイドル志望の女の子を対象にしたオーディション番組で、見事二千人の応募の中から九人に残ったひとり。でもあれはやらせだった。私はそれを告白するためにこの文章を書いている。

 私は書類選考の時点で――つまり最初から、ファイナリストの資格を持っていた。

 ごめんね。ごめんなさい。

 皆をこんな形で裏切っていた。私は最初からみんなのことを裏切っていた。

 本当にごめんなさい。



2022/5/19/14:20


 SQのファイナリストが出そろったのは第二次選考、ネット投票が始まった直後で、その時には十七人に絞られていた。その中の半分に残りさえすればアイドルの道が開けるのだとプロデューサーは私に言った。当時の私は十七歳だったから、分別のつかない子供じゃなくて――それが完全な「やらせ」だと自覚していた。だけど、誰にも言わなかった。だから、私も同罪です。




2022/5/19/14:35


 私はプロデューサーの言葉を頭の中に残したまま部屋を出て、小さな事務所を後にしようとした。迎えの従兄弟の車を待つ間、手持ち無沙汰になってスマホで「SQ」の検索を掛けた。どこを見ても「海野マヲリ」であふれかえってた。


 海野マヲリ。十七歳、私と同じ高校二年生。年が同じなのに、大人びているようにも幼くも見える。その表情の幅広さが人気だ。どんな表情でも作りだせるアイドル。歌もうまいし、ダンスの切れもいい。何より――、きれいだ。そう、私はこんな文章を書く今になっても、マヲリのことを、綺麗だと思ってるし、すごいアイドルだと思ってるよ。

 

「マヲリ一択」

「海野ずば抜けてない?」

「マヲリたん絶対勝ち残ってほしい」

 私が当時見た書き込みはこんな感じだった。私は気分が高揚してどうしようもなくなったのを覚えている。この人の隣に立つ。ファイナリストとして。

 その時だ。

「ね、なにしてんの?」


 たばこをくわえたサングラスの女が私の肩口を覗き込んでいた。それが、――それが話題の海野マヲリだとは、その時は知らなかった。そう、海野マヲリ、公称十七歳は、煙草を吸っていた。このことは、もう公然の秘密だと思っていいよね。彼女は年齢を偽っていたし、この時点でPのプロデュースが入っていたらしい。彼女は最初からアイドルとしてこのオーディションに参加した特例だった。このときはもう、二十二歳だったと聞いてる。




2022/5/19/14:46


 話を戻すね。

 私はその女性の耳にぶら下がっている大きな輪を見た。耳たぶを貫通しているピアスのリングは真っ黒で、硝子のかけらみたいな飾りを何枚も連ね、重たそうだった。引きちぎれんばかりに赤くなっている耳たぶがいたそうで、私は眉をひそめてしまう。

「アミナでしょ」

「え?」

木本きもとアミナ。あんたもファイナリストだって聞いた」

「え、え?」

「……虚を突かれても、顔に出さない練習をした方がいいと思う」


 ピアスの女は言った。

「どんな時でも偶像でいる覚悟はある? アミナ。血を流しても、吐いても、足が折れても。……それでもアイドルでいることができる?」

 一言一句違わず覚えてる。マヲリはぎらついた目で私にそう言った。魅力的で、同時に暴力的なくらい――ぎらついた目をしていた。輝く場所を求める宝石みたいな目で、サングラス越しにもそれは分かった。私はようやく彼女が海野マヲリであることに気づいて、煙草を指さした。

「あの、それ、」

「ああ、気にしないで。なんだ。ちなみに法律は破ってないから」

「でも、イメージ……」

「ここに居るのはただの一般人」


 そしてマヲリは、私のスマホの画面をそっと手で覆い、私の腕を下げさせた。

「暇ある? アミナ」


 私はそのままアクセサリー店に連れて行かれ、マヲリの新しいピアスを選ぶように言われた。ピアスはかわいらしいけれど、全てに耳を貫くための針がついている。恐ろしかった。私はこわごわと天然石のピアスを指さしたけれど、マヲリは首を横に振り続けた。

「もっと派手なのにして」とか「もっといけてるのがいいな」とか。

 それから私が選んだピアスを、私の耳もとにあてて呟いたりもした。

「これ、あんたに似合うんじゃない」


 でも私はピアッサーが怖かった。自分の体に傷をつけるのも怖かった。そうして自分の体に意図的な傷をつけようとするときに必ず蘇ってくる、母親の高い声が嫌いだった。

「無理だよ。ピアスなんか無理」

「どうして?」

「親が産んだ体に傷をつけられないから」


 マヲリはきょとんとして、それから噴き出した。私はすこし腹を立てながら、そのピアスをもとの場所にもどした。

「お嬢様だねえ」

「お嬢様で結構です」

 そんなやり取りもした。だから、みんなが思っているように、私とマヲリの間に亀裂があったかどうかといわれると、そんなものは最初からなかったと思ってる。マヲリのほうも、そうだと思う。


 逆に聞きたいんだ。マヲリ、どうしてプロデューサーと枕営業なんかしたの。どうしてそこまでして、アイドルとして表舞台に立とうとしたの。どうして。

 あなたはあなたの輝きそのままで表に立てたのに。私なんかよりずっと、ずっとずっとずっと、輝いてたあなたなら。なんで。

 私はそれが許せない。許せないから、この文章を書いている。





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