エピローグ

 有禅との会話が終わったあと、森太郎は一人茶屋の席でおかわりしたお茶と軽食をとっていた。

 有禅が種明かしと称した話の後、彼は「宮津子国への入国手続きはこちらで根回しをしておきます」と言い置いて、会計の銀貨をおいて店を出て行った。ご丁寧に、「くれぐれもお嬢様を頼みます」と最後に残して。

 頼まれたところで、今後の旅路も、由乃の気分次第でいかようにも振り回されることになる。宮津子国だけでなく、それ以外の国へも行ってみたいと言っていた由乃のことだ。あらかた国内を散策したなら、それからさらに西の方へ進むと言いかねない。

 今後のことを思って、森太郎は気分が重くなる。それと同時に、新たな知見を得られるという可能性に、期待が募っているのも事実だった。

 軽食を食べ終えた森太郎は、自分も少し宿場町を見て回ろうと思った。知識の上で、目新しいものがないことは知っているが、それでもここは東和国の支配域ではなく宮津子国側の宿場町だ。

 建物の内装や出された飲食物の品目は東和国と大差なかったが、外観や街の造りは異なっているかもしれない。

 代金を支払い、店の外に出る。

 建物の建築様式は、東和国の庶民的なもののそれであった。左右を見回しても、直近二十年で台頭したコンクリートやレンガを用いた建築は見当たらず、全てが木造であった。しかし、その色味は全く異なっていた。木材本来の色味を使う東和国とは違い、顔料を用いて赤や黄色など、色鮮やかに塗られている。

 内装は居心地の良い落ち着いた色だっただけに、その対照性に目がくらむ。

 日の光にあてられたように森太郎が目を細めていると、遠くから自分を呼ぶ声がする。声の方を向くと、走りながら片手を大きく振って走ってくる由乃の姿があった。

「森太郎!」

 息を切らしながら由乃が目の前までやってきて、呼吸を整える。まだ少し荒い息遣いのまま、話しかけてくる。

「よかった!気が付いたんだね!」

「ああ」

「心配したんだよ?」

 意識のない自分を放り出して宿場町の探索に言っておきながら、どの口がほざくのか。無言のまま、森太郎は由乃の頬をつねる。

「え?いひゃい、いひゃい。なんで?」

 自分の胸に聞いてみろ、とばかりにつまんだ皮膚を目いっぱい伸ばしてから離す。形が変わったのを戻すように、由乃は頬をさすった。

「楽しかったか?」

 森太郎お得意の皮肉である。しかし、やはりというべきか、由乃は全く意に介せず、うん、と元気に頷いただけだった。

「有禅がまだ旅を続けていいって言ってくれたし、路銀ももらったんだよ?」

 ほら、といいながら、羽織の隠しから巾着袋を取り出す。目の前にぶら下げられた、膨れた巾着袋を眺めながら、随分と太っ腹だなと有禅の顔を思い浮かべる。金の出所は、恐らく絹原家であろう。それも、捜索費用として渡されていただろう物を、むしろ逃がすために使うとは、獣心の執事ここにありだなと森太郎は苦笑する。

 森太郎が笑ったと思った由乃は、不思議に思い首をかしげる。

「何かおかしいことでもあった?」

「いや。ただ、井の中の蛙のままじゃ、知れないことが多すぎると思ってな」

 森太郎の言葉の意味がくみ取れず、由乃ははてな顔を浮かべていた。

 なんでもない、と付け加え、森太郎は由乃に巾着袋を隠しにしまうように言った。由乃は慌てて羽織の中に巾着袋をしまいこむ。

「有禅から依頼があったよ。お嬢様をよろしく、って」

「え、そうなの?」

 巾着袋が落ちないか、羽織の中を入念に確認していた由乃は、驚いて森太郎を見上げた。

「私は自由に旅をしていいですよって言われたんだけど……」

「そりゃ、君はそうだろう。要するに、おりが必要だから、その面倒を僕に押し付けたってことだ」

 森太郎はからかうように言う。これには、由乃も反応した。もう子供じゃないし、と反発しているが、頬を膨らませて拗ねる様子は、子供の行動そのものだった。しかし、すぐに膨らませた頬の力を緩め、咲くような笑顔を満面に浮かべる。

「じゃあ、まだ森太郎と一緒に旅をできるってことだね」

「そういうことになる」

 白い歯を見せ、にひひと聞こえそうなほど、由乃の頬が緩んだ。楽しそうに数歩足を踏み慣らしながら、さらに森太郎に距離を詰める。

「これからもよろしくね、森太郎!」

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