第2話 四半期会議での激論

 四半期会議のために日本を訪れたデイビッド・ハリスは、会議室に入ると、張り詰めた空気が漂っているのを感じた。出席者たちの視線が一斉にデイビッドに向けられ、その期待と緊張が交錯する中、会議が始まった。

 会議室に集まった管理職たちの前で、APAC地域社長マーク・ジョンソンは、日本全体のバランスシートをプロジェクターに映し出した。彼は自信満々の様子でプレゼンテーションを始めた。

 「皆さん、本日は四半期の進捗を報告いたします。まずは、日本の業績からお話ししましょう。」

 画面には詳細なグラフと表が表示され、日本のバランスシートに関するデータが一覧できた。マークは指を滑らせながら説明を続けた。

「見ての通り、収益はわずかに減少していますが、利益率は数パーセント増加しています。これはコスト管理と効率化の成果が表れている証拠です。」

 次に、彼はブランドの状況について説明を加えた。

「主要な収益源である私たちのブランド『ラピス・テック』が直面している課題について触れたいと思います。このブランドは社内の売上シェア6割を誇るものの、最近の需要減により苦戦しています。」マークはさらに、競争環境の変化についても言及した。

 「新商品の導入に関しては、残念ながら競合に先を越される形となってしまいました。これにより、市場でのポジションを維持するのが難しくなっています。」

 彼は供給チェーンの問題にも触れた。

「また、我々の主要な発注先である中国のベンダーが、競合と同じ製品をより高価格で弊社に供給しており、これが収益を圧迫する一因となっています。」

 マークは結論として、これらの問題に対する対策と改善計画を短期間で実行することを約束した。

「私たちはこれらの課題を真剣に受け止め、迅速に改善策を講じます。日本市場でのポジションを強化し、さらなる成長を目指していきます。」


 マークは日本の経済状況に続き、他のアジア地域の戦略についてのプレゼンテーションを行った。彼は次のスライドに移り、各国の状況を詳細に説明していった。

 「次に、アジアの他地域の戦略についてお話ししましょう。まず、中国に関してですが、こちらは利益確保が難しい状況が続いているため、事業規模を縮小しています。」

 マークは中国市場の状況について、さらに詳細な説明を続けた。彼はその背後にある複数の問題点を指摘し、具体的な理由を提供していた。

「中国市場においては、いくつかの重要な課題が利益確保を困難にしています。まず、市場には価格競争が激しく、安価な競合製品が多数存在します。これにより、私たちの製品が価格面で競争力を持つことが難しくなっています。」

 マークは次に、中国における製品のポジショニングについて触れた。

「特に、大手チェーン店では、欧州の高級商材へのニーズが低く、私たちの主力製品が市場で十分な評価を受けることが難しい状況です。消費者の嗜好と価格感覚が、我々の製品と一致していないのです。」

 さらに、ブランド認知度の問題にも言及した。

「加えて、ブランド認知度を向上させるためには、十分なマーケティング予算が必要ですが、現在のところ、そのための原資が不十分であるため、効果的なプロモーション活動を展開することが難しい状況にあります。」

 マークはこれらの点を強調し、中国市場における事業縮小の決定が戦略的に行われたことを説明した。

「これらの理由から、私たちは中国市場における事業の規模を縮小し、より収益性の高い市場に焦点を当てる戦略を選択しました。この決定は、全体の業績を改善し、長期的な成長に資するものです。」

 このような説明を通じて、マークは中国市場の現状と、それに基づいた企業の戦略的選択を出席者に明確に伝えた。これにより、全体的なアジア地域戦略に対する理解を深め、管理層からの支持を得ることを目指した。


 スライドが切り替わり、インド市場の戦略が表示された。

「インドでは、アマゾンを通じたオンラインのみの展開を行っていますが、この市場は大きな成長が見込めるため、売上予算を150%に設定しています。ここには大きなポテンシャルがあります。」

 マークはインド市場のポテンシャルについて、その巨大な売上機会を出席者に強調して説明を続けた。

「インド市場は、特に私たちにとって極めて有望な市場の一つです。まず、人口ボーナスがこの市場の売り上げを押し上げる重要な要因となっています。巨大な若年層が購買力を持っており、消費者ベースが非常に広いのです。」

 彼はデジタルリテラシーが高いインドの特性を取り上げ、その利点を説明した。

「インドでは、デジタルリテラシーに優れた人口が多く、これがEコマースの成功に直結しています。私たちはオンラインのみの販売戦略を採用しており、他のアジアの国々と比べても、圧倒的な購買層を対象にしています。これにより、非常に高い売上が見込めるのです。」

 さらに、ソーシャルメディアの影響力についても触れた。

「加えて、インドはソーシャルメディアの利用が非常に活発で、私たちのブランドのフォロワー数もトップクラスに位置しています。これはブランド認知度を高め、積極的なマーケティング戦略を展開する上で大きなアドバンテージとなります。」

 最後に、言語の利点について言及した。

「また、インドは英語を広く使用している国であるため、ローカライズのためのコストが非常に低く抑えられます。市場への参入障壁が低いため、迅速に市場展開を進めることが可能です。」

 マークはこれらのポイントを挙げ、インド市場が持つ特異性とポテンシャルを強調した。彼はこの市場に対する投資の正当性を力強く主張し、出席者からの賛同を得るために熱意を込めてプレゼンテーションを行った。

「このように、インドは我々にとって非常に有望な市場であり、ここに注力することで、全アジア地域の成長を牽引していくことができるでしょう。」


 次に、シンガポールの状況について触れたが、あえて詳細を省略する形で話を進めた。

「シンガポールに関しては、収益が5%減少していますが、この地域の戦略については後ほど改めて詳細を共有します。」

 そして、他の成長しているアジア市場に焦点を当てた。

「フィリピンとマレーシアについては、両国とも成長傾向にあります。特に新興市場としてのポテンシャルが高く、私たちのブランドの展開に積極的に取り組んでいます。」

 マークはプレゼンテーションを通じて、各国の状況を効果的に説明し、アジア地域全体のバランスを取ることを試みた。彼は特にインドとフィリピン、マレーシアの市場の成長を強調し、アジア地域全体の成長戦略の重要な部分として位置づけた。

「これらの市場は今後の成長のキーとなります。各地域のチームには、これらの市場に対する取り組みをさらに強化するよう指示しています。」

 プレゼンテーションが終了すると、マークは出席者からの質問に対して、自信を持ってさらなる説明を加えた。彼のプレゼンテーションは、アジア地域における明確な戦略とビジョンの提示を目指していた。

 

 デイビッドは、開口一番にマークのAPAC戦略に対する強い疑念を口にした。「マーク、君のインドへの強い推しは理解できない。根拠が薄いのではないか?」

 マークは冷静に答えた。「インドは成長市場であり、将来的に大きな収益を見込めます。」

 しかし、デイビッドは引き下がらなかった。

「それに比べて、中国の組織を縮小したことは本当に妥当なのか?インドと同等の人口を持つ市場を軽視する理由が理解できない。」

 さらに、デイビッドは日本のレガシアへの投資の欠如についても追及した。

「なぜ日本のレガシアに投資をしないのか?ここには大きなポテンシャルがあるはずだ。」

 マークは弁解するように答えた。

「リソースは限られており、戦略的に重要な地域に集中する必要があります。」

 デイビッドは厳しい表情を浮かべた。

「その結果、日本の雇用が不安定になっている。組織に問題がなければ、人は辞めないはずだ。」

 マークは聞こえの良い言葉でかわそうとしたが、デイビッドはさらに踏み込んだ。

「我々は問題の闇を見つけ出すべきだ。組織に根深い問題があるはずだ。」

 しかし、田辺正志とマーク・ジョンソンの防御壁は厚く、具体的な問題点を暴くことはできなかった。デイビッドは深い失望感を抱えながらも、会議は終わりを迎えた。

 会議後、デイビッドは佐藤健一と村田直樹に対し、「我々は必ずこの問題を解決しなければならない。次のステップを考えよう」と励ましの言葉をかけた。彼の視線は決意に満ちていた。

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黒い与党 長谷川 優 @soshita

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