細く長く蕎麦
もちもち
細く長く蕎麦
きつねうどんと、たぬきそばをレジに並べ、守山はかれこれ10分ほど悩んでいる。
深夜のコンビニ。珍しく食品をレジに持ってきたと思ったらカップ麺だし、カラー的にはクリスマスだけどもう年も越えちゃったし、正直どっちでもいいというかどっちもお買い上げ頂けると店側としてはありがたい。
しかし学生の身分である守山だ。苦学生ではないと思うが、かと言って経済状況を把握しているわけでもないので、やたらと「備蓄に2つ買ってっちゃえよ」とは言えない。
「いつもどっち食べてるんだ」
そろそろ目の前で無言を貫かれるのも居たたまれなくなり、俺はそっと伺う。
腕を組んだ守山は「うーーん」と言ったんだか唸り声だったのか分かりかねる音を出す。
「細く長く生きるのと、太く短く生きるのだったら、松島はどっちが良いと思う?」
あ、これ買うのに悩んでるわけじゃないんだな。
俺は待ち構えていたバーコードリーダーを、ひとまず定位置に戻す。
深夜のコンビニ。今夜もまた、ゆるっと哲学の時間が始まったのかもしれない。
「この先の人生にイベントの予定がないから、太く生きれるなら短くて構わないな」
「どうした、ずいぶん寂しいことを言うんだな。
何か力になれることはないかい」
え、と守山は真剣に心配そうな顔をするので、俺は思わず笑ってしまった。
「冗談だ。
そんなシリアスな話じゃないよ」
「流すにはなかなか抵抗のある答えだった気がするけど……
松島がそう言うなら、冗談にしよう」
最近、俺はこの守山の微笑みを崩すのが、ちょっと楽しくなっているのは確かだ。
とはいえ、こんなしょうもない心配をさせるのは忍びない。せっかく暇で仕方ない時間帯に来店してくれる顔見知りだ。
話すなら楽しい会話の方がいい。
「守山はどっち派なんだ。細く長くか」
「そうだなあ…… うん、細く長くかな。
俺は時間がある方が向いているかも。暇の潰し方が上手いから」
「そういう問題か?」
反射的にツッコミを入れてしまったが、もしかして今のは、人生を暇つぶしと言ったのか。
そうとう図太い神経をしている。彼のこの図太さは、以前から言葉の端々に気配が滲んでいたが。
彼こそ、太く図太くが似合っているような気もする。
「そもそも、この『太い』ってのは、どこを指してるんだろうな」
「人生太く短く、てフレーズは、日本のシンガーソングライターの言葉だね。
タバコも酒もジャンジャンやってた感じの人だったらしい。
元々、長寿の縁起物である年越しそばの由来が、細く長いからというのがあって、それを受けての言葉遊びなんじゃないかな。
で、対比としてうどんに当てはまった、みたいな」
「ちゃんぽんされてるな」
「麺だけにね」
うーーん…… 中華麺だからな、それ。ちょっと上手いとは言いにくいな。
相槌のように守山は言ったが、俺はむず痒い心地だ。話を進めよう。
「てことは、やっぱり人生の密度ってことなのか。
人生の密度ってなんだ?」
「密度というなら、細くったって圧縮されてるのかもしれないし。
いや、圧縮率を持ち出してくると収拾が付かなそうだね。
時間に対する質量にしようよ」
「しようよって」
俺たちが作ってしまうのか、と俺はびっくりして、守山の顔をまじまじと見てしまった。
すると、彼はキョトンとしたが、すぐに笑った。
「俺と松島の話なんだから、俺と松島で決めてもよくないか」
はは、と軽く。
今までは、ただ守山が誰かから聞いた話を披露し、それに対する感想をコメントするだけだった。
だが、今夜は、俺と守山で定義して、話してみようということだ。
─── それは、なんだか奇妙な感覚で、少しワクワクしている。
「時間と質量」
「そう。だから、最終的には質量は同じかもしれない」
「そう思うと、細く長いのも、ゆっくりとしていいかもしれないが…… いや、うーーん、長いのか」
みどりのカップ麺パッケージを睨みながら、俺は唸った。
まだ、これまで生きた時間の倍以上の寿命が、この先も伸びているとして。
あまりに途方もない気分にもなる。この時間を、俺は目指す座標も持たないまま、辛抱強く歩いて行けるのか。
「年越しそばの文化は、おおむね江戸時代前期、中期あたりからと言われてる。
その頃の平均寿命と言えば、35~40歳というから。
時間の価値が今よりもずっと重かったんだろう」
不意に、守山が、まるで書物の文章をなぞるように呟いた。
はた、と俺は彼を見る。黒ぶちの眼鏡の奥は、みどりのパッケージに落とされたまま。
「…… 今は、長寿が前提で動くのが基本だしな。
だから、何を成すのかに価値が置かれるってことか」
時間的猶予が生まれた。
それは果たして、個人に対していいことばかりだったろうか。
だめだ、最初の自分の回答から、どうも考えに偏りが出てる気がしている。自分で言っておいて、自分で囚われてるとは。
つい先ほどの守山のように腕を組んで考え込んだ俺をよそに、打って変わって守山の軽い声が続けた。
「そう思うと、太くて短いからって、憐れむものでも嗤うものでもないよな。
価値観が変わってきた、増えてきた、というべきかな」
「選択肢が増えたからといって、悩まないわけではない、なんて聞いたことがあるな」
「結局いつも同じ選択肢を選ぶ、とかね。
人間単位で俯瞰したときの同じ選択ってのも、なんだろうね」
面白いことを言う。守山の質問に、腕を組んだまま考えた。
個人ではなく、種族単位で見た時の、『同じ選択』。
「生命活動?」
「細く長くってことか。なるほどね、そりゃそうか」
人間というか、生き物全般に掛かりそうな選択肢ではある。もうちょっと人間に特化した選択肢もあった気がするな。
経済活動とか。世の中金である。
だが、守山は至極納得、といった感じで頷いた。
「そうなると、太く短くというのは、人間としてはイレギュラーな生き方になりそうだ」
お気軽に結論付ける守山に、なんとなく俺は頷きがたい。
そうなるとちょっと…… なんとなく俺には都合が悪いのだ。
「まあ、俺とお前の定義で言うと、だな……」
渋い言葉で締めてしまった。太く短い生き方の可能性は、残しておきたいところだ。
すると、もにょもにょする俺とは裏腹に、守山はなぜかパッと笑った。
「うん、そうだな。俺と松島談議の中だと、て話だ」
妙に嬉しそうな守山だ。今夜のネタも楽しめたのだろう。
守山は満足気にレジのカップ麺を手に取り、踵を返すと元の場所に戻しに向かった。買わないんかい。
「太く短い生き方が悪というわけでもないことも、談議の中では話してたけどな」
そう言いながら、守山はレジに戻る前、食品コーナーに立ち寄る。
そういえば、確かに憐れむものでも嗤うものでもないとは、彼自身が言っていた。
選択肢─── 選ばれ難い方の選択肢。
「でも、なぜ俺は、最初に松島の回答を聞いたとき、寂しいことと言ったんだろうか」
ここで、守山が俺に話しかけているわけではないことに気づいた。
これは盛大な独り言、彼の内省なのだ。
太く短いことを…… というよりも、その前に俺が言ってた言葉に対して、彼は引っかかってしまったのではないだろうか。
とは思ったが、どうやら守山はそこには思い至ってないようだし、俺としても、もう一度ぶり返させるのは本意ではなかった。
しばし無言でレンチン用の飯を見つめる守山を、俺もなんとなく見つめてしまった。
「たぶん」
そうして、守山は一つ手にすると、レジへ戻ってきた。
彼が差し出したのは、激辛・麻婆豆腐チャーハン。全く脈絡が無い。ド深夜に、マジで自分の食べたい物を取ってきたな。
ここは蕎麦を買ってく流れじゃないのか。
「俺は、長いこと松島と、こんな話を続けたいと思ってるんだと思う」
それを内省で片付けるには、守山は俺の目をまっすぐ見て笑うのだ。
どうオチを付けたつもりなのか測りかねたばかりではないが、
そんなことを言われても、俺は
(細く長く蕎麦 了)
細く長く蕎麦 もちもち @tico_tico
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