川風と太陽
義母は友人知人が多いので、行く先々で知り合いに出会って世間話などしている。なかなか散歩にならないが、義母にとってはそれも楽しみの一つなのだ。
夕暮れ時、涼みがてら川沿いの歩道を歩いていると、同じように散歩をしていた老夫婦が挨拶をしてきた。
「こんにちは」
「こんにちは。あら、お嫁さん?仲良しね」
「ええ、うちの可愛い娘です」
義母は私のことをいつもそう紹介する。こんな不愛想で柄の悪い私と、いかにもお嬢様然とした義母が母娘に見えるはずもないのだが、堂々と言い切る彼女に、私も照れながら頭を下げる。
しばらく世間話をした後、立ち去る老夫婦を見送っていた義母は、軽く肩をすくめて私を振り返った。
「ごめんなさいね。これじゃなかなか前に進まないわね」
「いいっすよ」
特に用事がある訳でもないので、散歩が少し長引くくらいどうということもない。義母は再び私の手を握り、ゆっくりと歩き始める。
「私が学生の頃、近所に偏屈なお爺さんが住んでいたの。皆が挨拶しても返事もしない人でね」
「ああ、そういう人いますね」
「私、挨拶は誰にでもきちんとしなさいって言われてたから、毎日お爺さんに会うたび挨拶をしてたのよ。向こうが返してくれなくてもね」
「えらいっすね」
「ある日、いつもみたいに挨拶したら、急にお爺さんが泣きだしたの」
「どうしたんすか」
「家族も誰も相手にしてくれなくて、意固地になっていたけど、私が挨拶し続けてくれたのが嬉しかったんですって」
「なるほど……」
「それからは、毎日挨拶してくれるようになったわ」
「素敵な話っすね」
きっと、こういう人だから、みんな義母のことが好きになってしまうのだ。人懐こい笑顔と柔らかな雰囲気が、人を魅了する。それは、お金があるとか、何か偉業を成し遂げたとか、そういう世俗的な成功とは関係ない。ただシンプルに相手を受け入れ、素のままの自分で生きている。傍から見ると危なっかしいように思えても、それが最強で最高の生き方なのだろうと思う。
私と義母は、夕陽がチラチラと踊る川面を黙って眺めていた。特に何も話さなくても穏やかな時間が過ぎていく。
しばらくすると、義母は川風に乱れる前髪を押さえながら明るい声を上げた。
「お腹空いちゃった!そろそろおうちに帰りましょうか」
「はーい」
「今日のお夕飯は私が作るわ」
「……いや、私が作るっす」
「うふふ、ありがとう」
義母の料理の腕は壊滅的なのだ。私は義母の手を握り返し、ゆっくりと元来た道を歩き始めた。
今日は砂糖なしの甘口カレーにしような、ママン。
【終】
続・チンピラちゃんが通る 鳥尾巻 @toriokan
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