遙さんのココア (お気に入りの水平線)
帆尊歩
第1話 カフェシーサイド「柊」20
真希が、浜でおじさんを拾って来たのは、その日の夕方と言うより、ほぼ夜に近い頃だった。
女の子なんだから、どうせ海岸で何かを拾うなら、貝殻や流木にすればいいのによりによっておじさんかよ。
夕方前、砂かきを一休みしようと、僕はテラスに上がってきた。
波乗りを終えた真希が「柊」のテラスに大の字で寝転んでいる。
「真希ちゃん、何しているの?」
「体を温めているんです」
「だったら店内のほうが」
「こうやって太陽のエネルギーを吸収した方が、健康になれるんです」
「そうなの」
お客なんて来ないからいいけれど、普通ビキニ姿の女の子が大の字で寝転んでいたら、それは普通は驚くよね。
「だから言っただろう。こんな時期にわざわざ海なんかに入らなくたって。風邪引くよ」僕はあきれたように真希に声を掛けた。
「大丈夫です。こうやって太陽を浴びて暖まれば」
「そうなの」
「はい」
僕は店内に入ると遙さんに言う。
「いいんですか。あんな半裸の女の子が、大の字で寝てたら、普通なら事件ですよね」
「そうだね。まあ、これ持っていってあげなよ」と言って遙さんはココアをトレーに乗せて僕に渡した。
「はい」そのまま僕は店外に出て、真希の横にトレーを置いた。
「真希ちゃん。遙さんから」
真希は横目で見ると、弾かれたように起き上がった。
「ああ、遙さんのココアだ」真希は嬉しそうに一口飲むと、なんとも幸せそうな顔をした。そうなのだ、遙さんのココアは身も心も温かくなる。
日が傾いて来ると、どこからか香澄さんと沙絵さんが湧いてくる。さも前からいたかの様にコーヒーなど飲んでいる。
二人は夕飯を食べに来ているのだ。
うちは食堂じゃないんだと声高に言おうとしても、店主の遙さんが別にイイというスタンスなので、どうにも出来ない。
この時間になるとさすがの真希も、ビキニの上からショートパンツとTシャツを着る。
「そういえば遙さん。この辺に私のゴーグルありませんでしたか」
「えっ見てないよ」
「忘れてきたかな」とつぶやくやいなや、真希が「柊」を出て行こうとした。
「真希ちゃん、何処行くの」と僕は真希に尋ねた。
「ちょっとゴーグルを探しに」
「えっ、今から」と僕が言うと
「もう暗くなるよ」香澄さんが言うと、今度は沙絵さんが真希の方を見た。
「まあ質の悪い男どもはいない季節だけど、暗くなるからね」
「手代、探してきてやんなよ」と遙さん。
「いえいえ、大丈夫です。ラクダの所なんで、庭みたいな物です」そう言って真希は出ていってしまった。
そこで真希はゴーグルではなく、おじさんを拾って来てしまぅたのだ。
「ここが人魚の家ですか?」
「人魚?」真希とおじさん意外、全員の声がハモった。
スーツを着て革靴で寒そうにテーブルに座るおじさんは、サラウンドの(人魚)という言葉にたじろいだ。
「真希ちゃん、人魚になったの?」と僕が真希に言う。
「違います。おじさんが勝手に私を人魚って」
「すみません」とおじさんが恐縮したように言う。
「何か食べますか?」と寒そうなおじさんに、遙さんが言う。
「いえ、すぐ失礼します。これ以上ご迷惑はかけられないし、人魚の彼女にもこれ以上心配かけられないので」
「別に心配だなんて」真希が心配そうに言う。
「大丈夫ですか、ずっと浜辺にいたんでしょう。日が暮れると急に気温が下がるから、そんな格好だったら冷えますよね」
「ビキニのお嬢さんに言われたくないな」と言っておじさんは笑った。
「真希ちゃん。これ」と言って遙さんがココアをトレーの乗せて出して来た。
「はい」と言って真希はトレーをおじさんの前に持っていった。
「何かの縁。お店からのサービスです」遙さんがカウンターの中から声をかける。
「えっ、いいんですか」
「ええ」
「ココアなんて何年ぶりだろう」そう言っておじさんはココアを一口飲んだ。
「おいしい」とおじさんは自然と言い。幸せそうな笑顔をみせた。
「でしょう。遙さんのココアは世界一なんです。どんな嫌なことも、辛いことも、この温かさで消してくれる、魔法のココアなんです」真希が嬉しそうにおじさんに言う。
「本当だ、温かい。何だか、悩んでいるのが馬鹿らしくなる」
「でしょう」そう言って真希が微笑むと、おじさんも嬉しそうに頷いた。
おじさんはその後軽い足取りで、帰って行った。
僕は真希と「柊」のテラスの手摺りに寄り掛かり夜の海をみた。
「真希ちゃん」
「はい」
「人魚って、何?」
「秘密です」
「何それ」
「また一つ大好きな物が増えました」
「えっ、なにそれ」
「塩浜の水平線」
「暗くて見えないよ」
「でも、私のお気に入りです」
「ふーん」
「ああ、気のない返事だな。そんな眞吾さんは嫌いです」
「そういえばさ、ゴーグルは見つかったの?」
「あっ、忘れてた」その言葉に僕は手を叩いて大笑いした。
「やっぱり、そんな眞吾さんの事は大嫌いです」
真希は頬を膨らました。
遙さんのココア (お気に入りの水平線) 帆尊歩 @hosonayumu
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