その眼と舞ははすべてを打ち払う

つじ みやび

その眼と舞ははすべてを打ち払う

―――タタン

足音が鳴り響く。


―――タッ、シュッ、タン

布をふんだんに使った衣装を身にまといつつ、その重さを感じさせないほど軽やかに。

時に静かに、時に激しく。


―――ッダン

最後にひときわ大きな音を立てると、男は直立姿勢に戻り足の付け根に両手を当て一礼。

周囲は血の海。一方男は汚れ一つない、輝くような白い和装のままだった。



「壮史、おつかれ」

「ああ」


私は着替えから戻って来た幼馴染の男、壮史と共にアパートの鉄製階段を下っていく。

カンッカンッという足音は1人分。壮史の足音が聞こえないのが不気味。この時間が私はちょっと苦手だった。


「いい感じだったね」

「……」


今度は何も答えてくれない。

はいはい、ご機嫌取りしろってことね。


「何か気に入らない事がございましたかぁ?」

「ここは手ごたえが無かったな」

「事故物件ってだけで、いたって普通のアパートですからねぇ」

「……そうだな」


私が場を用意してあげたんだから感謝しなさいよね!


顔を覗き込みながらにっこりと笑顔を浮かべ、出来る限りの嫌味を込めた丁寧語で返す。が、全く効いている様子が無い。

一発殴ってやろうかしら、と拳を握り締めていると誰かが走ってくる音が聞こえた。


「いやぁ、先生方。ありがとうございました」

「大家さん!ただいま終わったところです。ご足労おかけして申し訳ありません」


もう少しで殴れたのに、と思いながらも階段を下りきり、営業スマイルを浮かべ返事をする。

今回の依頼主であるこのアパートの大家はどこからかハンカチを出し、額の汗をぬぐいながら続ける。


「いやぁ、ダンスってあんなに音鳴るんですねぇ。気になってここで待っていたのですが、すごい音が聞こえましたよ。床が抜けるんじゃないかとひやひやしておりました」

「……舞だ」

「いやぁ、はい?」

「ダンスではなく舞だ」


あ~~~始まった。


「壮史」

「あの足音は意図して鳴らしていることに気づかないのか。そもそも舞というの「壮史くん!!!!」


ゴンッと全力の拳を壮史の頭に落とす。

は~すっきりした。……なんか静かにこっちにらんでるけど、あんたが悪いんだからね。


うずくまっている壮史を無視しながら、大家に声をかける。


「申し訳ございません。こいつはこんな調子ですが無事に舞は奉納しています。あの部屋にはもう何も起こりません」

「……そうですか」


なんか釈然として居なそうだけど、大事な話しなきゃ。


「では早速ではございますが、報酬の方を……」

「い、いやぁそうでしたな。た、ただちょっと念のため確認しておいてもよろしいですかな?」


この期に及んで何を、という不満が口をつきそうになるが何とかこらえ、再度説明をする。

報酬のため、報酬のため……!!!!


「では説明させていただきますね」


一息ついて、思い出しながら語る。


「我々は所謂『除霊師』と『退魔師』と呼ばれる者です。

霊というのはまだ言葉の通じる、人ではない存在のことすべてを指します。

一方魔というのは言葉が通じず、人に害をなす存在のことすべてを指します。


今回ご依頼いただいたあのお部屋ですが、先日30代の女性が亡くなっていた所謂事故物件だと伺っておりました。

ですので、まず除霊を行いました。何に未練を持っていて、どうすれば無事輪廻の輪に戻れるか対話するのです。

無事に除霊が終わりますと、その場を狙って魔が湧きます。湧き出す魔をすべて退けるとようやくその場の浄化が完了いたします。

ここまでして初めて、また人が住めるような場所に戻るのです。


確かに少々お値段は張りますが、我々が数日間拘束されること、また調査中の各種経費込みでのお値段であることをご了承いただければと思います。


以前お話した内容と重複する部分もございましたが、何かご不明点等ございますか?」


ふぅ……何回話すんだこの話。

ちょっと早口で話してやったわよ!これで文句ないでしょ!と心の中で叫びながら、大家を見つめる。


「いやぁそうでしたな。……ではこちらを」

「頂戴致します」


やっと大家は手に持っていた茶封筒をこちらに渡す。

なんかしっとりしているのが気持ち悪いけど、その場でしっかり中身を確認、問題ないことを確認する。

ずっと手にもってたのかしら。


「ありがとうございます。確認いたしました。またよろしければ次回もご利用ください」

「いやぁ、そんな事起きないと良いんですけどねぇ」


そうですね、と曖昧な笑みを浮かべ、私たちはその場を後にした。



「はぁ~~~~~!今回もぎりっぎりよ!も~~なんでこんなに布使うの!壮史の装束!」

「そういうものだから我慢しろ」

「何よ我慢しろって!もぅちょっと装束代が安ければ、手元にもうちょっと残ったのに!」

「……?黒子、金に困ってないだろ」

「今は困ってなくても将来困るかもしれないでしょ!おばか!」


2人でファミレスに入って今回の依頼の振り返りをする。

なんだかんだ言っているが、黒子がこの時間を気に入っているのも知っているので、好きに言わせてやることにした。


黒子の手元にはブラックコーヒー。こちらの手元には3段パンケーキと水が並んでいる。


「だいたい!前回の分を使いまわせばいいんじゃないの!?」

「だめだ。毎回細かい部分を変更する必要がある」

「何とか効率化しなさいよ!」

「無理」


もくもくと切り分け、口に運ぶ。パンケーキも結構いけるな。

もっもっもっとひたすら食べ続ける。


「まあでも壮史が小柄で良かったぁ~、でっかくなってたらその分布必要だもの」

「うるさい黙れ」


ポンポンとこちらの頭を押してくる。撫でるのではなくもう押している。

邪魔だと頭を振り、3段目のパンケーキを切り分け始める。


「……っていうか本当によく食べるわね。もう成長期終わってるわよ?これ以上食べても背伸びないわよ?」

「……そうだな」


気にしていること2回も……。

お前だって食べてる量にしては体型が、なんて言おうとしたがさすがにやめておく。


「まあでも、今回も無事に終わってよかったよかった!」

「……そうだな」


本当にそうだ。何かを間違えたら自分たちの命があぶない。そのことをこいつは分かっているんだろうか。

元々この道を目指していた自分とは違い、黒子は成り行きでこうなっているからか、どこか緊張感が欠けている気がする。


「本当にこのまま続けるのか?」

「またその話ぃ?毎回依頼終わると言うよね。やめて欲しいの?」

お前と組むのは、俺にとって安心だからこのまま続けて欲しい。だが同時に危険な場に向かわせたくない気持ちもある。わかるだろう。」


食べかけのパンケーキを横に置き、黒子の目を見て言う。


「……わかるけど……」

一度口ごもるが続けて力強く

「でも、私だけ家で待ってるのは嫌。なんども言わせないで。」


というので、それ以上何も言えなくなってしまった。仕方がないので、残りのパンケーキを口に運んだ。


黒子も注文していたコーヒーを飲み終わったところのようだし、そろそろ行こうと立ち上がるが、服の端をくいっと引っ張られる感覚に、黒子の方を見る。


「……今日の舞も、綺麗だったよ。壮史。」

「ああ、また見せてやる」

「うん……!」


じゃあ次の依頼探しにいこっか!

輝くような黒子の笑顔に導かれ、会計を済ませ店の外にでる。


「まだ暑いから気をつけろよ」

「壮史もね」


そうして次の依頼をまた探しに行くことにした。


これが、除霊師と退魔師のお話。

城咲黒子という視えるだけの除霊師と、小役丸壮史という舞えるだけの退魔師のお話である。

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その眼と舞ははすべてを打ち払う つじ みやび @MiyabiTsuji2525

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