第8話 エピローグ

 



 今度の目覚めは、ベッドの上だった。


 テントだったり、思音の腕の上だったりと最近の目覚めの景色は目まぐるしく変わっている。




「起きたか」




 思音より低く、凛々しい声がした。


 そちらに目を向けると、声のイメージ通り、とても凛々しいポニーテールの女性が立っている。


 ……どなた?




「治療出来た時点で間に合ってはいたが、さすがにあの状態だったからな。目を覚ますか心配だった」


「誰……? っていうか、ここどこなのよ」


「私は倉金真恋。そしてここは叫川病院だ」




 倉金真恋って――




「思音の師匠!?」




 驚き、ガバっと体を起こす。


 あれ、起きれた。


 しかも手足もある。


 体もある。


 痛みはなくて、動きにも問題はない。


 ……何事?


 けど真恋さんはあたしの質問には答えてくれなかった。




「彼女の名前を覚えているのか」




 確か、思音が存在を食べられたときに面倒を見たのがこの人なんだっけ。


 つまりあたしが思音って呼んでることに驚いてるわけだ。




「思い出したの」


「その一言で解決する問題ではなかったと思っていたが。しかし他の関係者にそのような様子は――」


「ところで思音は? 無事なの!?」


「あ、ああ、当然だ。別室で寝ている」


「会わせて、お願い。今すぐに会いたいのッ!」




 あたしは彼女にすがりつきながら頼み込む。


 具体的に何か話したいことがあるわけじゃない。


 ただ、もし生きてるなら、もし無事なら、その喜びを分かち合いたい。


 それだけだ。




「説明したいことがまだあるんだが……今は聞いてくれそうにないな」




 苦笑いしながら、真恋さんはあたしを思音の元へ案内した。




 ◇◇◇




「思音っ!」




 部屋に飛び込み、あたしはそう叫んだ。


 検査に来ていた看護師さんが驚いてるけど、そんなことはどうでもいい。


 思音もあたしを見るなり満面の笑みを浮かべる。




「天姫ちゃん!」




 そしてあたしたちは抱き合った。


 両手両足もある、体もある、生きてる、温かい、かわいい、大好き!




「よかったぁ、天姫ちゃんも無事だったんだね」


「それはこっちのセリフよ! よかった、思音が生きてて、本当に……ッ!」




 理屈はわかんない。


 どう考えても体があんな状態になったら死んでる。


 でも、生きてる!


 その現実の喜びの前には、理由なんてどうでもいいのだ。




「思音、ありがとう」




 言いたかった言葉がある。


 腐るほど、きっと一生繰り返しても足りないほどに。




「あたしがこうして生きてるのは、ぜんぶ思音のおかげよ」




 そして思音もたぶん一緒だ。


 あたしたちは互いに両手で頬を捕まえて、至近距離で思いの丈を伝え合う。




「私の方こそありがとう。生きててくれて、思い出してくれて」




 抱き合って、ありがとう、ありがとう、ってお互いに繰り返した。


 死の間際、謝るしかなかった悔しさを埋めるみたいに。




「ごめんなさいより、こっちの方がいいね」


「うんっ……ずっと、心地いい」




 けど――また会えた喜びだけで突っ走れるのはここまでだ。


 直視しなければならない現実もある。




「でも……あたしには、こんなことする資格、ないわよね」


「友達に資格なんてあるの? 試験を受けないといけない?」


「茶化さないでよ」


「茶化してないよ。人の感情にそんなもの必要ないんだから」




 思音ならそう言うと思ってた。




「一緒にいたいか、いたくないか。それだけでいいよ」


「……」




 そう、なんだと思う。


 けどあたしが納得できない。


 思音を傷つけてきた分の報いを受けなければ。


 たとえ思音がそれを望まなかったとしても。




「それでも納得してくれないなら、卑怯かもしれないけど、私の本音を言うね」




 そんなあたしの心を見透かすように、彼女は言った。




「本当はずっと苦しかった。辛かった。近くにいるのに、前みたいに笑いかけてくれないし、一緒にお話も、お出かけもできなくって、ほんとは嫌で嫌でしょうがなかった。もう離れないで、天姫ちゃん」


「……ズルじゃん、そんなの」




 そうだよね。


 それが思音の本音に決まってる。


 あんな目に合わされて、辛くないわけがないんだから。


 それに対するあたしの答えは一つだ。




「離れないよ。あたしはこれから、思音を幸せにするためにだけに人生を捧げる」




 それだけを考えて生きていく。


 他に何もいらない。


 これは償いであり、使命であり、望みでもあった。




「ふふっ、重いなぁ」


「嫌だった?」


「ううん」




 あたしも聞き方が卑怯だとは思った。


 だって、思音が嫌がるはずないってわかってるんだもん。




「これぐらい重くてちょうどいい。私は空っぽで軽くて、いつ飛んでくかわからないから。しっかり縛り付けておいてね」




 全ての人から忘れられたのなら、あたしの想いだけでそれを満たしてみせる。


 決意を胸に、あたしたちは新たな人生をスタートさせるのだった。




 ◇◇◇




 さて、真っ先に明かさなければならないことがある。


 結局のところ、なぜあたしたちが助かったのか、という話だ。


 言ってしまえば、美少女霊能力者MARINがすごかった、で終わる話なのだけれど。


 どうやら倉金真恋は10年前に起きた光乃宮大霊災の生き残りらしい。




「光乃宮で起きた霊災は、霊というより神に近い存在が引き起こしたものでな。それに対抗すべく、私や仲間たちには人智を超えた力を手に入れたんだ」


「治癒能力もその一つってこと?」




 思音と同じベッドに腰掛け、手を繋いだまま、あたしはそう尋ねた。


 真恋さんは立ったまま腕を組んで答える。




「いかにも。怪異に抵抗できる手段を持つ者は少ない、できる範囲では手助けしたいと思っている」


「その割には政府の誘いを断ってるって聞いたわよ」


「話したのか、瑠璃垣」


「SNSを見てるときに話題に出たから。それともフォローしない方がよかった?」


「……いや、あれを見たなら説明したほうが誤解を持たれずに済むな」




 真恋さんは遠い目をしながらそう言った。


 もしかすると、例の美少女霊能力者MARINという書き方に、彼女は納得していないのかもしれない。




「で、結局なんで政府の誘いを断ってるわけ」


「愛する人と過ごす時間が減るからだ」




 彼女は真顔で言い切る。


 思いもしなかった言葉に、思わず「おお……」と感嘆してしまった。




「光乃宮での戦いも、その後始末も綺麗に終わらせたつもりだ。余生は穏やかに過ごしたいと思っている」


「その年齢で余生って……」


「天姫ちゃん、真恋さんは愛妻家なんだよ」


「ふーん、つまりいちゃいちゃを邪魔されたくないってことね」


「それだけではない。政府と組んだところで、早く対応できるとは限らないだろう? 今回がいい例だ」




 政府の除霊部隊とやらが到着したのは、真恋さんより後だった。


 まだ数が少ないし、普段は東京に配備されるから、移動に時間がかかってしまうらしい。




「無論、今回のような霊災が続くようなら考えなければならないが、光乃宮での戦いから10年経つがほとんど発生していない。今の立ち位置を変えるつもりはない」




 それって、あたしが思ってたより賢い判断なのかも、とも思った。


 だって戦う力だけじゃなくって、あたしたちの体をあの状態から回復させる力まで持ってるわけだし。


 あんなのが広まったら、みんな治してほしいって頼んじゃうよね。


 身内を救うぐらいでちょうどいいんだと思う。


 ……いや、別にすんなり納得したってわけじゃないのよ?


 完全に死んだと思ってたのに、目を覚ましたら五体満足でしたーってちょっとできすぎでしょとは思ってるけど。


 まあ、そのあたりは深く考えても仕方ないのかなって思ってる。


 だってあたしと思音が無事でいるってのは、いいことじゃん。


 せっかくハッピーなのに、理屈をこねくりまわして頭を悩ませたって無駄なだけだと思うのよ。




「無責任だと思うか?」


「いーや、全然。大事だよね、好きな人と一緒にいるの」


「6年前に私を助けられたのもそのおかげだと思うから」


「君たちは理解があって助かる」


「無責任って言われることもあるわけ?」


「もちろんあるさ。力を持つ者の責任、などと言われることも多いが――当時の本でも読んでもらえれば、その感情も同情に変わると思うのだがな」




 そう言って苦笑いを浮かべる真恋さん。


 よほど壮絶な事件だったようだ。


 そのあと、その本のタイトルも教えてくれたんだけど、あたしは全然覚えることができなかった。


 邪悪なモンスターがどうとか、虐げられ全てを奪われたがどうとか、とにかく長ったらしいタイトルだったから。


 今のところ読む予定はない。


 真恋さんの世話になるような事件に、二度も巻き込まれるつもりはないし。




 その後、ほのぼのとした話が続くかと思いきや――真恋さんから思音へのお説教が始まった。


 軽トラックのみならず、様々な無茶をしていたらしい。


 ただ見ておくだけってのも悪いから、『思音が来なかったらあたしは助かりませんでした』って口を挟んでみたら、お説教はちょっとマイルドになってた。


 でもその後は、お説教というよりは、どれだけ心配したかをくどくどと語ってて――思音が言ってた通り、この人がいたから怪異に食われても生き延びられたんだなってのは伝わってきた。


 面倒見のいい、優しい人なんだと思う。


 でもちょっと嫉妬もした。


 あんまり他の女と仲良くしないでほしい。




 そして真恋さんが去ったあとは、政府の偉そうな人に根掘り葉掘り聞かれることになった。


 特に隠すようなことでもなかったから、あたしたちは全てを正直に語った。


 思音とあたし以外に生存者がいなかったことは、そのとき初めて知った。




 ◇◇◇




 それから2週間ぐらい入院している間に、ニュースなんかでも“叫川霊災”の詳細が報じられるようになっていた。


 発見された死体はおよそ300人分。


 個人を特定するのが困難な状態であり、未だに完全な被害状況は把握できていないらしい。


 家屋等は一棟を除いて霊災前と同じ状態で戻ってきたみたいだけど、霊的存在による悪影響を考え一定期間封鎖され、その間に建物は全て取り壊されることになったみたいだ。


 ちなみに、その例外である一棟というのは、あたしの住んでたおばあちゃん家のことである。


 空から降ってきた真恋さんが祭壇ごと壊したらしい。


 つくづく滅茶苦茶な人だよね、一人だけ世界観が違わない?


 まあ要するにこれで、あたしは家族にまつわる全てを失ったことになる。




 退院しても、お父さんはいない、お母さんはいない、お祖母ちゃんもいない、家もない。


 もしかすると、家ごとなくなったのは、あたしのメンタルにとっては良いことだったのかもしれない。


 帰る場所がないのは寂しいけれど、一人ぼっちのあの家に帰るのは、もっと辛かっただろうから。


 国が面倒は見てくれるらしいし、真恋さんが関係してる基金? ってところからかなりのお金は貰えるみたいだから生活の心配はないし。


 けど、唯一の生存者ってことで、叫川ではよくない噂も出回ってるみたい。


 今回の霊災はあたしが原因だとか。


 柱家で行われてた儀式のせいだとか。


 だいたい正解だけど。


 そんなわけで、生まれ育ったこの町からは出ていくことになりそうだ。


 でも大丈夫。


 思音も一緒だからね。




 ◇◇◇




 思音が両親に『家を出たい』と伝えると、彼らは驚くぐらいあっさりと承諾してくれた。


 その場にはあたしも同席していた。


 あたしからは冷たすぎる反応に見えたけど、思音にとって予想通りだったみたいだ。


 けれど予想外はそのあとに起きた。


 部屋を去ろうとする思音に、彼女の両親は告げた。




「思うように愛せなくて、ごめんなさい」


「父として、娘に注ぐべき愛情を与えられなかった」




 そんなあまりに悲しい懺悔を。


 きっと、二人もなんとかしようとしたのだろう。


 けれどどうあがいても、思音を娘だと思うことはできなかった。


 愛情とともに、思い出も経験も全てが消えてしまったから。


 思音はそのとき、こみ上げてくる涙をぐっとこらえたという。


 喜びなのか悲しみなのか、自分でも判断がつかなかったから。


 それに他人・・に泣かれても、両親は困るだろうから。


 そして振り返り、笑顔で言った。




「お父さん、お母さん、私を愛そうとしてくれてありがとう」




 それが、両親にとって救いになったのか、断罪になったのかはあたしにはわからない。


 けれどおそらく、嬉しくはなかったと思う。


 責めてほしかった。


 そういうとき、思音はいつだって責めてくれない。


 屈託のない笑みを、残酷なまでに見せてくれるから。




 ◇◇◇




 ――そしてあたしたちは、故郷から遠く離れた地で二人暮らしを始める。


 前に暮らしてた場所よりずっと暖かくて、海も近い土地だ。


 真恋さんの口添えもあって、場所はかなり自由に選べた。




「なにこの部屋、すんっごいひろーい!」


「ここに天姫ちゃんと二人で住むの……?」


「狭いほうがくっつけてよかった?」


「広くてもくっつくから」




 そう言って、新しい“あたしたちの家”で腕を絡めてくる思音。


 この時点で事件から一ヶ月ぐらいが経っていた。


 まだ完全に迷いが消えたわけじゃないけど、前よりずっと距離は縮まった気がする。


 そして二人で暮らすようになれば、もっと。




「いやぁ、それにしてもどうしよっか。広さに対して荷物が少なすぎて、やることなさそうだね」




 あたしは家が無くなって物が無い。


 思音は元からあまり持ち物が多くない。


 そのせいで、お互いに持ち込んだ荷物は、旅行先に持って行く手荷物ぐらいの量しかなかった。


 これから増やしてくつもりではあるけど。


 思い出と一緒にね。




「ゴロゴロする?」


「うーん、思音からの魅力的なお誘いだけど、せっかくの引っ越し初日だし何か記憶に残るようなことしたいな」


「じゃあ……鬼ごっこ?」




 なんでやねん、と突っ込もうとしたけど――新居探索を兼ねての鬼ごっこ、ちょっとおもしろそう。


 なんて思ってしまったあたしは、間違いなく浮かれている。


 そして実際にやってしまうあたり、かなり浮かれている。浮かれポンチだ。


 加えて思音も浮かれトロピカルなので、誰も止める人がいない。


 きゃっきゃと騒ぎながら、じゃれ合いながら、新しい家で走って駆けて、追いかけあって。


 ルールなんてものはない。


 どっちが鬼でどっちが逃げてるのかもわからない。


 でもその無意味さが楽しくて。


 しばらく走り回ったあたしたちは、その勢いのまま――寝室に置かれたベッドに飛び込んだ。


 ダブルベッドである。


 それぞれの部屋にベッドを置くっていう選択肢もあったけど、あえてダブルにした。


 理由は特に無いけど、意見は一致した。


 一致したとき、妙に気恥ずかしかった。


 そんな経緯で置かれたベッドに、二人横たわり、見つめ合う。




「ふふっ、何やってんだろねあたしたち」


「でも天姫ちゃんだって楽しかったでしょう」


「それはもう。意味なく追いかけっこしてただけなのにね」




 あたしたちはベッドの上で指を絡めて、手を繋いだ。




「この一ヶ月、ずっと天姫ちゃんといっしょだったけど……」


「うん」


「意味のないことも、あることも、全部が楽しくてしょうがなかった」


「あたしも」




 繋いだ手に、きゅっと力を込める。




「今から失くしたら、気が狂っちゃうと思うな」


「実際そうだったんだと思う。私も天姫ちゃんも、おかしかったんだよ」


「……かもね」


「これから本当の人生が始まるの」


「いっぱい幸せになろうね、思音」


「うん、なろうなろうっ」




 しばし、黙って見つめ合う。


 意味のないその行為ですら、6年間に起きたどんな出来事よりも満たされる。


 けれど思音は、ふいに目をそらした。




「思音?」




 呼びかけると、ほんのり思音の頬に紅がさす。




「えっと……ちょっと幸せすぎて、胸がいっぱいになっちゃった」




 ありそうな理由だ。


 けれどあたしはそうは思わない。




「嘘だよね」


「っ……」




 息を呑む思音。


 あはは、なんてわかりやすい表情だろう。




「思音の考えてること、当ててあげよっか」


「わかるの?」


「むむむ……見える、見えるぞぉ~……」


「ふふっ、なにそれ」




 怪しげな占い師のように、思音の頭に手をかざして心を読み取る。


 もちろん見えるわけじゃない、そんな都合の良い能力など存在しないのである。


 ……真恋さんとか、こんな感じであたしらの怪我を治したみたいだけど。


 そしていよいよ結果発表。


 やば、めっちゃドキドキする。




「ずばり思音は、せっかく二人で暮らし始めるんだから、あたしとの関係を進めたいと思ってる」




 思音は――きょとんとした表情で、あたしのそれを聞いていた。


 一世一代の大勝負かんだから、滑るなよぉ。


 頼むぞあたし。




「踏み込むなら今じゃないといけない。新しい暮らしに慣れてからだと、変わるのが怖いから」




 そう、今がチャンスなんだ。


 何ならもうちょっと前でもよかったんだけど……その時はまだ覚悟ができてなかったから。




「けど変わるのが怖いのは今でも同じこと。もし失敗したらどうしよう。せっかくの二人暮らしがギクシャクしたらどうしよう。そんなことを考えてた」




 一緒にいられるだけで幸せ。


 二人で暮らせたらもっと幸せ。


 それ以上を望む理由なんて、たぶんない。


 だけど――この気持ちを胸に隠したままでは、いずれ破裂してしまう。


 昨日より今日のほうが思音のことを好きになってるに決まってるから。




「どう、当たりでしょ?」




 ドヤ顔で言ってみる。


 でも耳が熱い。


 たぶん顔は赤いし、恥ずかしいってこと、思音にも伝わってると思う。




「天姫ちゃん……いつの間に超能力を身につけたの」




 思音ははにかみ、頬を赤く染める。


 ――よかった。


 その反応、思音も同じなんだね。




「そんなんじゃないわよ。あたしも、少し前に同じこと考えてたから」


「……少し前なんだ」


「ええ、あたしの方が一歩先に進んでたわね」


「じゃあ今は、違うこと考えてるの?」


「そうね。怖がったり、躊躇ったりする時間を長引かせるだけ無駄なのよ。どうせ疑うまでもなく――」




 元からわかりきっていたことではあった。


 でもそれは99.9999%ぐらいの確率で、あたしたちは残り0.0001%に怯えてたんだ。




「両想いなんだから」


「……うんっ」




 6年の空白を埋めるには、友達だけじゃ足りない。


 空白がなくても友達では満足してなかった気もするけど、今となっては確かめようもない。


 近づいて、触れ合って、境界線を踏み越えて。


 見つめ合い、気恥ずかしさにはにかんで、それでも自然と二度目を交わす。


 覚悟しててね、思音。


 あたしだけが与えられる幸福を。


 今度は、忘れても忘れられぬよう、消えても消せぬよう。


 心にも体にも刻んで、他のものが入る隙間なんて無いぐらい埋め尽くしてみせる。


 大丈夫、あたしだってもう忘れないよ。


 人生も、命も、魂も、産まれてきた理由まですべて――思音のためだけに、あたしは存在しているから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘却領域きさらぎ kiki @gunslily

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ