第45話



 マジで、どうだったんだろうか。

 帰りのバス。もうすぐ学校に着くというところで、俺はソフィアと隣り合わせでいた。

 バスは行きに比べるとかなり静かだった。皆、疲れが溜まっているのか、寝ている人が多い。

 ソフィアもその一人だ。


「……」


 肩を、乗せてくるんじゃない。

 俺は小さくため息を吐きながら、彼女を起こさないようにだけ気をつける。

 ……無防備にそんな顔を晒すソフィアを見ながら、俺は改めて頭を悩ませる。


 まず、俺はソフィアのことが好きなのかどうか?


 答えは……分からん。

 一緒にいて、楽しいと思えるし、一緒にいて不快に感じることはない。


 たまに、過度にスキンシップをとってくるが、それだって恥ずかしいという気持ちはあっても、悪い気はしない。


 ……でも、だ。

 男って、可愛い人にそんな態度を取られて、嫌がるものなのだろうか?


 とてもとても……ソフィアには失礼だとは思うが、俺はたぶん戸塚や久喜に同じようなスキンシップを取られても、恥ずかしくても嫌な気持ちはないと思う。


 それは単に俺が女性経験ゼロだからだ。


 お、俺って、もしかしてちょろいのか?


 この今ソフィアに抱いている気持ちも、構ってもらえて嬉しいから、なのだろうか?

 

 ……人を好きになる気持ちというのがよく分からない。

 ドキドキ、とはするんだろう。今こうしてソフィアが頭を預けてきているのも、めちゃくちゃドキドキしているわけで……かといって、たぶんこれはソフィアじゃなくてもドキドキとしているわけで……。

 ああ、もうダメだ。


 分からん。

 でも、ソフィアと休みの間にも会う約束をした。それを考えると嬉しいのは紛れもない事実なわけで。


 ……とりあえずは、一緒にいて楽しい人、というのは間違いない。

 今はその理解でいいんじゃないだろうか。


 でも、ソフィアの心には今も初恋の人がいる。


 もしも、俺が本当にソフィアのことが好きだとして、俺はその人に勝てる、のだろうか?

 勝てなくてもいい、とか再会しないことを祈ってしまう自分を否定するように首を横に振る。


 ……ソフィアに、好かれるような人間になろう。

 俺は少しずつだけで、前へと歩き出す決意を固めた。 




 ――あの日。

 あたしは本当に怖くて、どうしようもなかった。


 周りの人たちは誰も助けてくれなくて。

 そんなあたしのことを助けてくれて、何も言わずに去っていった……あたしの初恋の人。


 名前だけは、聞いていた。

 道明寺優人。

 彼はそれだけ名乗って、去っていった。

 

 その名前だけは覚えていて、でもきっと二度と再会することはないと思っていて……。

 でも、また出会えた。

 クラスで彼の自己紹介を聞いて、彼を見た時心臓が飛び出るほど驚いた。


 それからは、父に頼んで前に話していた婚約者の話を無理やりに進めさせ、今の関係になった。


 ……まったく、いつまで初恋を抱えているのよあたしは。


 諦めよう、と思った。

 でも、学校で、同じクラスなのよ? こんなのって普通ありえないでしょう。

 あたしは……女々しいかもしれないけど、運命、だと思ってしまった。


 でも、優人はまったく覚えてなかったみたいだけど。

 さっさと初恋は諦めて、新しい恋でも探そうか、仕事にでも専念しようかなんて思っていたのに、こんなタイミングで現れるんだからずるい。


 ……どうして忘れさせてくれないのよ。


 それで、少しの間だけでも一緒にいるために、両親を利用して婚約者の立場も手にいれた。

 ちょっとの間だけ一緒にいて、恋人気分を楽しんで、それでもうスパッと初恋は諦める。


 でも、ダメだった。


 一緒にいて、時々胸が苦しいほどの痛みに襲われる。

 決まって、そういう時、あたしは優人をからかうふりをして、触れ合って、一緒にいるっていうことを確かめていた。


 あたしのスキンシップに、優人はいつも恥ずかしそうにしていて、でもたまにあたしの心にクリティカルヒットするようなことを言ってきて。


 それがとても嬉しかった。

 ますます好きになっちゃって……ダメだって思ってるのに、どうしようもなくて。


 だけど、あたしは無理な誘いはしないって決めていた。

 ……今はこの楽しい日常が壊れなければ、それでいいってあたしは思っていたのに。


「……どうして、優人から遊びに誘ってくるのよ」


 あたしが本気で手を伸ばせば、壊れてしまうかもしれないと勘違いさせてくる。


 あたしは彼に深く踏み込むことはしないように、なるべく我慢しているっていうのに。


 今、優人は何を考えているのだろうか?

 相手の心が読めればどれだけラクなのだろうかと、漫画などを見ていて思う。


 優人が何を考えているのか分かっているのなら、きっとこんな苦しい思いはしなくて済むのに。


「……とりあえず、休みの間も会えるし。うん、前向きに考えておこう」


 自然と緩んでしまう頬を、今だけは許してあげてあたしは家へと向かって歩いていった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

高嶺の花の美少女モデルと偽りの婚約関係を結んだ結果、なぜかめちゃくちゃ甘えてくるんですが 木嶋隆太 @nakajinn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ