第44話
……二人とも凄い、よな。
今の関係でも満足できるだろうに、さらに一歩踏み込んで歩き出すんだから。
何より自分の考えや気持ちを、相手にちゃんと伝えられる彼らが俺にはとても眩しい。
……俺には、そこまでの行動をしたことがなかった。
いつも、自分の気持ちや考えを押し込んでいた。今、ここで発言したら迷惑になるかもしれない、と相手を言い訳にしてだ。
一番は……俺の意見が拒絶されるのが怖いから。
そんな無責任な生き方をしていた俺は、自分の考えを伝えるのが苦手で……だからこそ、高崎たちが輝いて見えていた。
……俺はきっと、そんな人間にはなれないと思う。
そんな時だった。ソフィアが軽く背筋を伸ばしてから、こちらに片手を差し出してきた。
「ここで見ているだけだと、後で二人に何か言われちゃうかもしれないし、そろそろあたしたちも踊りに行きましょうか?」
「……そうだな」
ソフィアが俺の手を掴み、引っ張ってくれる。
少し恥ずかしさはあった。周りの人たちからもきっと色々な目を向けられるだろう。
けれども、俺は……高崎たちの勇気を少しだけ分けてもらい、ソフィアの手をとった。
本庄と戸塚も、仕方ないという様子ではあるがキャンプファイアーに混ざっていく。
ダンス、といってもそんな本格的なものではない。
音楽に合わせ、手をとってキャンプファイアーの周りを歩いていく程度のものだ。
ソフィアと横に並び、手を合わせるようにして歩いていく。
「……高崎くんも、久喜さんも凄いわよね」
ソフィアは呟くような声でそういった。……彼女もまた、俺と同じことを考えていたようだ。
「凄い、よな。俺は自分の気持ちを伝えるのが苦手だから……余計にそう思うよ」
「優人、苦手なの? あたしからはそうは思えないわよ」
どこがだ、と思っていたが……ソフィアはいつものようにからかっているわけではないようだった。
確かに、話すべきことは話している。
でも……どうしても隠したいことを、俺はソフィアにも、他の誰にも話してはいない。
「苦手だよ。ソフィアみたいに、堂々ともしていられないし……色々苦手なことだらけだ」
自分で言っていて、情けなくなってくる。
まったく本音を言わず、無難な言葉だけで生きていくと……無難な関係しか築けていけない。
俺はそんな生き方だった。
いつも、周りに合わせて無難な返事ばかりだ。
新しい環境に入って、声をかけてくれる人がいても、俺は……自分のことを話せない。
話した時に、引かれないかとか、気持ち悪がられないかとか、そんな自分の保身ばかり考えてしまう。
だから、堂々と自分の意見を言える人たちに、憧れていた。
ソフィア、高崎、久喜、それに本庄や戸塚。皆、楽しそうに話していて……でも俺はいつも輪から一歩引いたところで見ていることのほうが多かった。
しかし、ソフィアは俺の言葉に首を横に振った。
「……あたしもよ。堂々としているように振る舞っているだけよ。それに、久喜さんたちのように、自分の気持ちを打ち明けるなんて……なかなかできないわ」
……ソフィアはそれからじっと考えるように視線を落としてから、言葉を続ける。
「もしも、自分の意見を……気持ちを伝えたら……今の楽しい関係もなくなってしまうかもしれない。だったら、現状維持でいいって思っちゃうわ」
ソフィアは憂いを怯えた表情とともに、彼女の言葉はどんどんと小さくなっていく。
か細い声は、木々の燃える音や周囲の賑わいの中にかき消えてしまいそうで、でも俺の耳にはしっかりと届いていた。
……俺も、同じようなことを考えていたことがあったからかもしれない。
自分の気持ちを伝えれば、今とは良くも悪くも関係が変わる。
好かれることもあれば、嫌われることもあるだろう。
そんな日々に、俺は恐怖していた。
……なら、初めから無難な人間として不必要に関わらなければいい。
そうすれば、少なくとも自分が大きく嫌われることはない。
無難な生活を送れる……それは、ソフィアの言っていることとほぼ同じ理由だろう。
「……俺も、同じだ。前に進むのが怖いって考えることはあって……だから、高崎と久喜は凄いって本気で思ってる」
一歩前に進んだ彼らは、どこか恥ずかしそうにしながらも楽しそうであった。
……それが、リスクを乗り越えた結果なんだとすれば、俺にそんな選択が取れる日が来るのだろうか。
「……そう、ね」
ソフィアはそっとそう言って、視線を前に向けた。
その今にも消えそうなソフィアの表情を見た時だった。
俺の心がざわついた。
……このままで、いいのだろうか。問いかけてくる声に、俺は首を横に振る。
……ソフィアとも、これまでみたいに当たり障りない関係を続け、どこかで関係を打ち切ってお別れになる。
それを考えたら、なんとなく、嫌だった。
……理由は、まだよく分からない。
だったら、変えるしかない。変わるしかない。
情けない自分のままではなくて、進みたいと思った方へ、歩ける自分に。
緊張で唇が乾く。頭に浮かんだ言葉が、すぐに口から出てくれない。
けれども、俺は言い訳を並べようと弱い自分を押さえつけ、ソフィアの名前を呼ぶ。
「ソフィア」
「どうしたの?」
「明後日からの連休は、予定あるのか?」
「……明日と明後日は、撮影の予定があるわ」
「それなら明々後日に、遊びに行かないか?」
「え?」
「まだ、その、特に決まってないんだけど……どこか。どこかに行かないか?」
……ほとんど、勢いでの行動だった。自分の発言が情けなくて、恥ずかしくなってくる。
でも、言えた。
もっと、ソフィアと一緒に遊びたいと思った気持ちを伝えられた。
……あれ? これって。
もしかして、俺ってソフィアのことを、好きになってしまっているのか。
そう意識してしまったからか、
「優人から誘ってくれるなんて、初めてじゃない
?」
問いかけてくるソフィアは、なんだかいつも以上に可愛らしく見えて。
「そ、そうだったか?」
「……ええ。楽しみにしているわ」
ソフィアのことを、さらに強く意識してしまった。
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