さよなら
テーブルの上には、金色の薄いフィルムか何かで包まれて、きらっきら眩しい、悪趣味な外見のあんパンが1つ。
「ところでこれは、何ですか?」
「文字通り、金のアンパンよ」
「きょうは日曜ですけど。」
「あら、また間違えちゃった?」
半田さんは唇に人差し指を当て、カレンダーを見て、首を傾げて、また反対にも傾げて、それから躊躇いがちに言う。
「えっと、きょうは土曜みたいよ?」
「え?」
カレンダーの8の文字は明らかに空色の、土曜の欄に書かれてる。なんで私、きょうが日曜だなんて思ったんだろ。あれ、というか、なんでハドソンさんも、きょう土曜だって、え、なんで私に金のあんパンを出してきたの?・・・なんで?
「えっと、このパンの表面にあるのは、何ですか?」
「金箔よ」
「なるほど、どうして金箔を使おうと思ったんですか?」
「キラキラしてかわいいでしょ」
「えぇ・・・。」
別に、あんパンを金箔で包もうとするアイデアを発想するために特別な動機が伴っていないと駄目。って訳ではないし私にはハドソンさんに対してそんな文句を付ける筋合いも義理も権利もないんだけど、でもこのところずっと身の回りにある、見える聞こえる匂う触れる味わえるもの、すべてに意味があるのかもって疑って頭が疲れ過ぎちゃってるくらいなのに、ハドソンさんくらい頭空っぽで生きてる人が羨ましいやら、憐れやら。
[特に意味なく起きる物事なんて、きっと山ほどあるよね。]
ちょっと前に、由加さんは私にそう言った。それは、そう。でも、[意味なく起きる物事]と、[意味のある物事]って、どう見分けが付くんだろう。自分で考えたって結論が出る未来が見えないし、時間の経過に任せるしか無いのかなあ。もしそうなら、私がこうやって、ずっと悩んでるの馬鹿みたいじゃん。
私が風邪薬を飲むとシンヤ君が店内奥へと続くドアから出てきて、私を見るなりトタトタ駆け、抱きついてきた。シンヤ君が着ているシャツの背中には「甲斐の虎」と書いてあった。
「ちょっと、シンヤ君、どうしたの?」
「死んじゃったのかと思った。きのうのかじ。」
きゅっと唇を結んで泣き出すのを堪えて数秒。ピーピーとしたサイレンを鳴らさずには居られなかったらしく、私もちょっと、しゃがんで、シンヤ君のことをぎゅっと抱きしめて、優しく頭に手を置いた。
「大丈夫、私は生きてるよ。」
「うん。」
「大丈夫。だいじょうぶ。」
「うん。うん。」
私はシンヤ君と金のあんパンを半分こした。見た目が金ピカになってるだけで、中身と味は普通のあんパンだった。
「このあんパン、おいしいね。」
「うん。おいしいから僕も好き。」
跡形もなく食べきった後、悪趣味なオブジェクトが消えた店内は、再び透き通った。
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もやもや/@Ahhissya
★6 エッセイ・ノンフィクション 完結済 30話
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