星々を描き続ける贋作師

マスク3枚重ね

星々の贋作師

私は唐突に目を覚ます。寝ていた訳では無く、気が付いたらここに立っていた。不思議な感覚だ。

辺りを見渡すと空は満点の星空で紫や青、赤などの様々な色が空を染め上げ、赤や白に輝く星々は幾億もの光となっている。足元を見るとそこは水面の鏡となり星空を写す。

地平線の彼方まで星空と水面に写る星々達が境界が分からないほどに続いている。


「どこだ…ここ?」


私の声がどこまでも木霊する。ここに来る前は何をしていたか、思い出そうとするがどうしても思い出せない。それ所か自分の名前すら思い出せない。自分がどこで産まれ、どう育ったのか…男なのか女なのかすらも分からない。私は少し目眩がして頭を押さえる。バランスを崩しかけるが辛うじて倒れずに済むと、足元で大きな波紋が生まれ広がっていく。誰かがこちらに背を向けて立っている。その人の手前で波紋は止まる。


「こんばんは。気分はどうだい?」


彼はこちらに振り返らずに私に声を掛けてくる。どうやら大きなキャンバスに絵を描いているようだ。そのキャンバスには地球の絵が描かれている。


「こんばんは…貴方は…?」


その言葉で彼は筆を置きこちらに振り返る。彼は優しい顔の男性で着ているエプロンは綺麗な色の絵の具で汚れている。


「僕は贋作師。ここで絵を描いている」


「絵の贋作師ですか…?何故こんな所で?」


その質問に贋作師は考え込むような顔をし、空を見上げる。しばらく考えた後に答える。


「天才の不在を補うため…かな?」


「天才…ですか?」


「ええ…」


贋作師はキャンバスに向き直り筆を取る。筆を星空に向け星々の輝きから色を取り、筆に着いた星の色で地球を彩り始める。


「これは…」


「綺麗でしょう?私も彼の技術に魅せられた…」


そして贋作師が地球の絵を描き上げる。するとキャンバスの絵と星空が重なり合い、夜空の向こうへと地球が浮かび上がる。そしてデッサンイーゼルだけが残される。贋作師が再びこちらに向き直る。


「色々と気になることもあるでしょう。掛けて」


贋作師が手で前を示す。二脚の木の椅子が目の前にある。先程までは無かったと思うが、どうやっているのだろう。私は贋作師に促されるままに椅子に座る。彼も前の椅子に向かい合う形で腰を下ろす。そして私は口を開く。


「ここは何処なんですか?」


贋作師は整った顔を傾け目を瞑る。数秒の沈黙の後に答える。


「実の所、私もよく分かってはいないんだ。こういう場所としか言い様がないね。ただ…」


私は彼のゆっくりな喋り方に少々の腹立たしさを覚える。


「ただなんですか?」


「ここは彼のアトリエなんだと思うよ」


さっぱり分からない。彼とは誰なのか。私は誰なのか。贋作師とは一体何なのか。分からないことだらけだと私は思う。そんな考えが顔に出ていたのだろう。贋作師は苦笑する。


「すまない。どうも話すのは随分と久しぶりで、順を追って説明するよ」


彼が言うにはここで沢山の絵を描くらしい。その絵は地球や火星、月などの星々の絵を描くのだとか。すると描いた星は夜空に浮かぶ。しかし、浮かんだ星はいずれ消えてしまうらしく、また描き直すらしい。それを永遠と繰り返し星々を空に上げつづけている。


「何故わざわざ描き直すんですか?」


「それはね、彼が言うにはあの星々は本当に実在していて、無くなれば本当に無くなってしまうらしいんだ」


「え?本物の星って事ですか?」


その言葉に贋作師は眉根を落とし、悲しそうな顔を浮かべる。


「僕は贋作師だから、本物ではないよ…彼の代わりに描いているに過ぎない…」


「彼、とは一体誰なんですか?」


私は気になる事を聞いてみる。すると贋作師は眉根を落としたまま項垂れる。


「彼は…全ての創造主、この世界を創った天才だ」


「創造主?神様みたいなものですか?」


贋作師は静かに頷き、空を見上げる。


「全ての生みの親、本物の天才は天才すら創ってしまう。僕すらもね…」


「え?まさか私も神様に造られたんですか?記憶とか全然なくて…」


私の言葉に贋作師は首を横に振る。


「わからない…君は突然現れた。もしかしたらそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


どうも歯切れが悪い。贋作師は何かを隠しているように見える。しかし、問い詰めようと多分、彼は何も言わないだろう。私はそんな気がした。


「贋作師の仕事は辞めないんですか?辛そうに見えますけど?」


贋作師は眉根を落としたまま、アハハと笑う。


「確かに彼に届かないのは悔しいけど、この仕事は好きだよ。でも、そうだね…彼の真似ばかりでは無く、新しい物を創ってみたいね」


「せっかくなら描いてみたらいいじゃないですか!新しい物!」


私は立ち上がり、そして置いてある筆を彼に握らせる。ちょっと強引ではあるが彼にはそうするのが正解のような気がした。

彼は私の行動に驚きながらも言われた通りに、デッサンイーゼルに向かう。気が付くと先程の椅子のようにキャンバスがイーゼルに置かれている。やはり不思議な空間だ。

彼は真っ白なキャンバスと睨み合い、動かない。焦れた私はアドバイスをする。


「何色が好きですか?好きな色を使ってください」


「うーん、赤かな火星の色は好きだね」


「後は何色が好きですか?」


「ポラリスのオフホワイトかな?」


彼は筆で火星とポラリスの色を取り、夜空で混ぜ合わせる。それは鮮やかな桜色になり広がる。


「では、その色でキャンバスに何か書いて見て下さい」


「強引だね…彼にそっくりだ」


贋作師は桜色のモヤのようなものを描く。これは星雲だろう。とても美しい。


「描けたじゃないですか!ふくろう星雲に似ていますね。しかし、より鮮やかで桜が散るような儚さがあります」



それは夜空に浮かび上がり、桜の星雲となる。贋作師がこちらを見つめている。


「どうしました?」


「いや、君も描いてみてくれ」


贋作師から筆を渡され、自然と私は描き始める。色々な星から色を取り、空で混ぜ合わせ緑や黄色に青や白、時々真っ黒を加えたり夢中になって星を描く。一体、幾つの星を描いただろうか、私は我に返る。


「すいません。つい夢中になってしまいました。贋作師さん?」


彼は居なかった。代わりに椅子に便箋が置いてある。私はそれを読んでみる。


『まず、勝手に消える事を許してくれ。そして貴方を描いた僕を許してくれ。僕は寂しかったのだ。昔、貴方と描いた星々は決して忘れられない。そればかりを描いていた…消えていく星を残して置きたかった。しかし、もうそれも終わりだろう。古き星々は消え、また新しい星々が貴方の手で生まれる。貴方が描く姿は変わらずに美しかった。最後に一緒に描けて良かったよ。贋作師より』


私は思い出す。彼は私が描いた弟子なのだ。寂しかった私は星ではなく弟子を描いた。彼は傍で私の絵をいつも真似て描いていた。そんな日々は楽しかった。だが疲れた私は彼を残して旅立った。寂しい思いをさせていただろう。

私は筆を取る。寂しくなったらまた描こう。少し休憩させたらまた描こう。優しい弟子の姿を…

私は新しい星を描き始める。


おわり

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