12.5th sg 「そっちじゃねえ」
沙那の事務所を出て、電車に揺られて僕は帰宅した。
鍵を開けて玄関に入ると、いつもより家が賑やかに感じた。
ふと見れば、靴の数もいつもより多い。
優希が来ていたとしてもレディースの靴が一足多くなってしまう。
お客さんでも来ているのだろうか。
僕は怪訝に思いながらリビングへ繋がるドアを開けた。
「…………え?」
目の前に広がる光景に僕は驚いた。
「おう、お帰り颯太。朝帰りとは………まさかお前にもそういう相手ができたのか」
揶揄うように父が言った。
普段は比較的物静かな方の父がここまで笑顔なのは隣にいる女性のせいだろうか。
「いや違うって。そんなことよりも……………帰ってたんだ、母さん」
いくら17歳の男子高校生とはいえ、何年も母親がいないというのは寂しいものだ。
いつもの光景の中に母が一人いるだけでも何だか
「ええ、久しぶりね。この前会ったときは確か中学入学の時かしら………ずいぶん大人になったわね」
「うん175cmになった………それより、母さんおかえり」
「……ただいま。寂しかったでしょ? 抱きしめてあげよっか?」
「………遠慮しとく」
「あー!! 颯太今迷ってたでしょ!」
僕の返事に割り込むようにソファから顔だけ出した優希が言った。
「なんだ優希、いたのか。てか今のは迷ってたんじゃなくて、感慨に浸ってたんだよ」
「ほんとかなぁ~? 私にはそうは見えなかったけど」
「それより、なんでここにいるんだよ。もう学校行ってる時間のはずだろ」
「仕方ないでしょ。パパもママも病院勤務でいないんだから、それに私今日学校休むから。コンビニでも行こうかなって思って外出たらたまたまお母様に会ったから、ご飯頂いてるってわけ。てか、朝帰りの人に言われたくない」
言い返す言葉が見つからないのは朝帰りを自覚しているから。
優希の話があまり理由になっていない気もしたが自分も自分だからそこは大目に見ることにしよう。
僕達の会話を見て、父も母もどちらも「やっぱりこのカップリング」とか言いながらよく分からない微笑みを浮かべていたのも気付いていないフリをしておこう。
「まあ、ちょうどいいか。父さん、母さん、ついでに優希も、僕が温泉川沙那を推しているのはみんな知ってるよね。実は僕、彼女のマネージャー見習いをやることになったんだよね」
「「「え? ええええ⁉⁉ 一人称『僕』⁉⁉」」」
そう言えばそうだった。
父さんと話している時はあまり一人称を使っていないし、母さんとは話す機会がまず少ない。けど、優希は確か知っていなかったか?
――てかそこかよ、もっと気になる場所があるだろ
「ねえ、いつから僕になったのよ、颯太は?」
何か察したように母さんが言ってきた。
『――人は内面や外面が変わったとき、それは大抵恋をしている』
なんて話をいつかどこかの誰かに聞いたことがあった気がする。
でも僕は恋なんかしていないし、一人称がこうなったのは沙那と親睦を深めるためのものであって恋愛をそこに持ち込んでいるわけじゃない。
「ほんの数日前だよ。今だって意識しとかないと『俺』って言いそうになるし」
「ふーーん」
母さんは父さんと比べると対照的に明るい人で冗談とかもよく言うし、お笑いとかも大好き。
「そんなことより、温泉川沙那のマネージャー見習いやることになったんだよ!」
僕の一人称の話なんかよりもよっぽど沙那の話の方が重要だし、驚くべきなのはむしろこっちなんだけど……
「いや、なんていうか。信じられないっていうか、颯太は嘘をつくタイプじゃないのは分かるんだけど仲良くなったのも最近だし、どうなのかなって」
沈黙を切り裂くように優希がそう言った。
「昔から僕の夢は芸能界に関わる仕事でさ、マネージャー業もその一種なんだよ。沙那さんと仲良くなってきたのは事実だけどこれは夢のために沙那さんが協力してくれただけであって、本当に頑張りたいんだよ。せめて信じてくれないかな」
「そっかー。ま、信じてあげるしかないよね。頑張りなよ、せっかくのチャンスなんだし」
なんでだろうな、最近の沙那との話をすると優希のテンションがちょっと低くなる。
応援してくれるからいいんだけど。
「父さんと母さんは? 反対するなら仕方ないかなって思うんだけど」
「父さんはお前がやりたいなら、止めないさ。お前の思うままにやるといい、母さんもそうだろ?」
「ええ、颯太がやりたいことなら私たちはそれを尊重するだけよ」
「ありがとう、父さん母さん、優希も。頑張るから」
気付けば時計の針が正午をさしていた。
そろそろ学校へ行かなくては……
どんなに飛行機で疲れていても僕は学校に行かなきゃいけない。
遅刻の連絡もしていないから怒られるんだろうな。
「じゃあそろそろ行くから。優希はおとなしくしてるんだぞ」
「はーい、行ってらっしゃい」
「母さんはいつまでいる予定?」
「ちょっと仕事の用事で帰国しただけだから夜にはもうアメリカに帰らないと」
「そっか、じゃあ今が最後かもね。久しぶりに会えてよかったよ。次はいつになるか分かんないけど、無理しすぎんなよ」
「颯太もね、ちゃんと優希ちゃんのこと大切にしなよ。マネージャーの仕事だって、お父さんにたまに聞くからね。しっかりやるのよ」
母さんは笑顔で言った。
「じゃあ、行ってきます」
3人に背を向けて僕は家を出た。
いや、なんか沖縄帰りだし、鈴鹿さんと会った後だしっていうのはあるかもしれないけど物凄く疲れた。
学校行っても寝るな、これは。
スポットライトに照らされて 如月香 @Kaoru_Kisaragi
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