第28話

「去年は体育祭に出ていなかったと思ったんだが、どういう心境の変化かね?」


 夕日射す少し豪勢な部屋、窓から外を眺めながら呟く初老の男性。私はわざと、出されたティーカップを口に運び、ソーサーに置くという動作を挟んでからその問いに答える。


「私がそうしたくなった、だけです。生徒が一人、学校行事に積極的になったのですから喜ぶことこそあれ、その様に懐疑心を抱かれなくともよいのでは」


「その過程に興味を抱くというのは、生徒を思う教職員としてごく当たり前のことだよ」


 こちらを振り返りながらそう言う男性に、私は思わず鼻で笑う。


「教職員は生徒を平等に扱うべきですよ。少なくとも、このように校長室に呼び出してお茶を出したり、授業をさぼったりする生徒にお目こぼしをするのは如何なものかと」


「……全く、君の方からそうするように仕向けておきながらよく言うね」


 男性は……この学校の校長は空笑いを浮かべ、ギシッと音を立てながら高級そうな革製の椅子に腰かける。そのまま少し回転し、来客用ソファでお茶を嗜む私の方を向いた。


「例の少年はどうだい?」


「世良町君ですか?今頃、私がこっそりポケットに忍ばせた屋上の鍵を先生に見つかって、咎められている頃でしょうか」


 屋上で彼の腰辺りを軽くたたいた時にポケットに手を伸ばしたんだけど、やはりというか彼は気が付かなかった。ふふ、後できっと怒った彼がまた電話をかけてくれることだろう。それも考えると校長との話は早々に切り上げてしまいたい。


「はは……君にいいように遊ばれてるね。借り物競争の『玩具』というお題、あながち間違っていないか」


「……言っておきますけど、私のです。横から手を出すなんてことは───」


「分かっているとも」


 私の発言を遮ってそう言う校長。少々不快だけど、彼を如何こうするつもりがないのならまあ良しとしよう。今の私は彼の反応が楽しみで大変気分が良いのだ。


 再びカップを口に運び、軽く舌を湿らせる。……ふむ、流石に校長室の一品。良質な茶葉を使っているみたいだね。


「それで、そろそろ私を呼んだ要件を伺っても?まさか世間話ではないでしょう」


「ああ、そのことなんだけどね」


 校長はデスクの上で軽く両手の指を交差させ、少し体を起こしながら言う。


「夏休みの予定は何かあるかな?」


「……夏?」


 夏休みまでまだ時間はあるけれど、体育祭という大きな行事を終えた今となっては目新しいイベントは控えていない。次に何か面白いことがあるなら夏だろう。私としても心に決めているのは、彼で散々遊び倒そうということだけだ。


「夏というのは色んな部活動が活発になる時期だ。大会はもちろん、県外への遠征や強化合宿などを予定している部活動もすでに多くある」


 それはそうだろう。高校生の夏とはすなわち部活の夏と宣う人々も一定層いるのは私も認知しているところだ。まあ、あまり興味はないのだけれど。


「それが何か?」


「実はね、とある部活動がちょっとトラブルに合ってるんだ」


 校長の話を聞けば、とある部活の夏の活動予定に少々問題が発生しているらしい。その部活はとある県外でのイベントに参加予定だったが、なんでもレギュラーメンバーの1人が急遽、親の都合で転校が決まったのだとか。


 普通ならまあ残念ではあるし、戦力低下ではあるが大した問題ではないだろう。だが、今回その部活の場合は少々事情が異なる。その問題は所謂「選手として」起用できるまでの期間が他のスポーツと比較して異常に長いということに起因している。


「2年生以上の部員が少ないところでね。幸い新入生は多かったみたいなんだけど、その新入生が正式な競技に参加できるようになるまでまだ時間がかかる。端的に言えば夏には間に合わない。そして最悪なのは……そのイベントの最低必要参加人数が満たせない」


「へぇ……」


 つまり今のままではイベント参加を見送ることになりかねない、と。


「もうそれは仕方がないのでは?」


「うんまあ、普通ならそうなんだがね。顧問の先生曰く、結構な規模のイベントで、参加することで大会本番に限りなく近い雰囲気を体験できるから可能なら参加させたいらしいんだ」


 毎年参加しており、この大会を機に気合の入る生徒も毎年いたとかなんとか。


 しかし、気の毒な話だとは思うがなぜ校長はこの話を私に……


「実はだね。これを解決できる方法があるんだよ。高校で部に所属してはいないけれど、競技経験のある人物を助っ人に呼ぶことだ」


 なるほど確かにそれなら可能だろう。正式な大会でないのなら臨時部員という形で新入生が埋められない穴を外部の人間に埋めてもらうこともできる。


「……さて、ここでなんで君にこの話をしたか、だ」


「……まさか」


「うむ。私としてはその助っ人に、君のお気に入りである世良町君を推そうかと思っているわけだよ」


 これは意外だ。彼にこの競技の経験があったとは。これまで話していてそんなことは一言も言ってなかった。そのあたりは話題にあげていなかったのもあるが。


「少し気になって調べてみたんだけど、公式大会の記録はない。そもそも中学でこの部活を置いてるところがあまり多くないから仕方ないのかもしれないけどね。でも、これを見たまえ」


 校長がタブレットを操作してある画面を見せてくる。そこにはある非公式の大会、個人戦の部で上位入賞していることが記述されている。笑顔で賞状を手にして写真撮影に臨んでいる彼の姿もあった。……彼、数年で老けたな。


 しかし、それなりに腕はあるのに彼はなぜ高校で部活に所属しなかったのか。


 ……興味深い。私の勘が言っている。これは何かあるぞ、と。


「おや、悪い顔だ」


「失礼ですね。まあ……私にはそんな顔もありますよ。むしろそっちのが本性でしょうか」


 今日、彼に尋ねた時彼は私を「自分にとっての始まりだ」と定義した。それを非常に光栄に思ったのは事実だが、同時に彼がまだ私という存在に未知なる領域を多く残していることを意味していた。


 ああ、夏が楽しみだ。


 この夏、同じ質問をしたとき……君は私を何と定義してくれるかな。

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木陰の彼女は~逃げた先で出会った不思議ちゃんと僕の話~ @LotusF

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