第八話 いつか必ず殺してやる

「大お祖父様は生きてるよ」


決闘から数日が過ぎた早朝。

高知城の真下で絵を描いていた龍馬のもとに佐那がやってきた。

龍馬は絵筆を置いて、彼女に振り向いた。


「そっか。内心、ほっとしてる。人殺しは嫌だからね」


「あんたがそこ気にしてるだろうからって、龍子が言ってた。で、だけど、用件はそれだけじゃあないよ」


佐那は、聞いてみたいことがいくつかあった。


坂本龍馬、彼の技術は体操選手であったことと、龍子が教えた空手が下地になっているのはわかった。

体操をやめた理由はわかる。大きくなりすぎた身長が原因だ。

背が高くなれば回転力が落ち、体重が増えれば跳躍力が落ちてしまう。彼に体操選手の才能はなかった。


けれど、それでなぜ空手を始めたのか。なぜ龍子に教えを請うたのか。

なぜプロレスを始めて、こんな四国なんて僻地の高知なんてド田舎の復興を掲げて無茶をやっているのか。

どうして坂崎紫瀾なんて男の下にいるのか。

なにもかもわからない。


確かな事実は、大お祖父様が目の前の男に負けたということ。

御年100歳の亡霊であっても、空手の象徴だった。

千葉佐那という人間が目指した頂点の存在に勝った。

そこに変わりはない。

だったらその末裔としてやるべきことは一つだ。


「勝負しろ、坂本龍馬」


「…………なんで?」


「敵討ちだ」


佐那は素早く駆け込んだ。

距離を詰める刻み突きを打つ。

龍馬は簡単に避ける。服にも髪にもかすらない。


逆にカウンターのビンタが佐那の頬に炸裂する。


そして、佐那の裏拳が龍馬の顎に入った。


「おっと」


龍馬がぐらっとふらついたが、ダメージはなかった。

彼は顎をさすって、興味深げに佐那を見下ろした。


「覚えるの早い。水の練習、よくしてるんだ」


「アシスタントする代わりに。クリスタの使い方、覚えちゃったわよ」


佐那がやったのは龍馬の受け。

龍子から教えられた水の構えだ。

それでダメージを消して、勢いを乗せて裏拳をかましてやった。


龍馬は嬉しそうにまた一発ビンタをしてくる。

今度は後ろ回し蹴りをかましてやったが、それが当たってもなにもダメージはない。


「このっ……」


実のところ、佐那のほうは完全にダメージを軽減できていない。

打たれた頬がひりひり痛む。


「どうすればお前を倒せる」


「おじいちゃんがやったように、挟んで潰すこと。他には、こんなところかな」


龍馬が拳を固めて、ぽんっと佐那のお腹に当てる。


「…………?」


龍馬は無言で、その拳を押し込んできた。


(――――そうか!)


「ふっ」


龍馬が拳を打ち出し、佐那の腹から背中へ衝撃が突き抜けた。

ダメージの軽減はできなかった。

彼女は膝から崩れ落ち、胃液を吐いた。


「あっ、おおっ、おぅぅっ……、こんな、こんな攻略法が……!」


喉を焼く熱に悶えながら佐那は顔を上げた。

龍馬は太陽を背に笑ってる。


「柔らかいんなら、固めてしまえばいい。ぶよぶよの水風船をぎゅっと固めて、そこをパンっと叩く。そんな要領だよ」


「……寸勁。こんな、こんな空手らしい技で……」


祖父の才助どころか、佐那だってこんなのとっくに会得している。

なのに気づいていなかった。思いつきもしなかった。

腹が立つ。間抜けな自分に。


「くやじい……!」


力で負けるのはまだいい。

技で負けるのもまだいい。


龍馬が超人ならよかった。

人間には備わらない異常な筋肉や骨格を持っていたらよかった。

常人には身につかない反射神経があるのならよかった。

一子相伝の暗殺術なんてものを受け継いできた一族ならよかった。


そうじゃあないのだ。


坂本龍馬は、千葉佐那が知っている技しか使っていない。

例外といえば龍子が教えた水の受けだが、それだって佐那も再現できる程度のものである。


坂本龍馬は千葉佐那の、いや、あらゆるものたちと同じ道にいる。

彼だけが『先』に進んでいるだけなのだ。


震えながら起き上がり、佐那は言った。


「勝つ、勝ってやる、私は、お前に……! いつか勝ってやるからな!」


「いつでもどうぞ。プロレスラーは、道場破り大歓迎だ」


龍馬はばいばいと手を振った。

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プロレス地域おこし、やるんだよ! 小川じゅんじろう @jajaj3

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