第20話 どんちゃん騒ぎ
「あ~。これだよ、これこれ。これがないともうダメなんだよ」
「生き返る~」
「ペトラ、アラン様帰ってきてよかったね」
「ん!」
娼館の食堂。そこで女たちが思い思いにくつろいでいた。その手には氷の浮いたコップを持って、水を飲んでいる。
炎天下の中、オレを探し回ってくれたようだからな。心配かけてしまったし、今日はサービスだ。いくらでも水を飲んでいいいぞ!
「ペトラ、水おかわり~」
「ん。アラン、お願い」
『ああ』
オレは器用に女の持つコップに水と氷を入れていく。
というのも、なんだかオレの魔法の威力が上がったようなのだ。そっと蛇口をひねるように魔法を使わないと、水が出すぎちまう。
きっとこれも進化した影響だろう。オレには強くなったという確信があった。またあの雷の精霊のような奴に襲われるとも限らないし、強くなるに越したことはない。
それに、魔法を使って気が付いたのだが、どうやらオレには周囲の魔力を吸収する力が備わったみてえだ。魔法を使っても、すぐに魔力が回復する。これなら、もう精霊たちを吸収する必要がないのかもしれない。
魔法の威力が上がったのと、魔力の回復、そして、もう一つ変わったことがある。それが――――。
「まさか、アラン様がそんな姿をしてるとは思わなかったよね~」
「かわいい……」
「ペトラ、次は私に抱かせてよ」
「あー、ズルい! あたしも抱きたい!」
女たちが、まっすぐにオレを見ている。
そう。実体化とでもいうべきか、オレの姿が女たちにも見えるようにすることができるようになったのだ。ちなみにオン・オフも自由自在で、姿を消すこともできる。
「ちょっとだけ……」
「やーん! もふもふ! しかもちょっとひんやりしてて抱き心地がいいわね!」
「次、私よ!」
「あたしにも、あたしにも」
ペトラの腕の中から、次々と女たちの胸の中へとパスされていった。なんていうか、ペトラには感じなかった柔らかさを感じる。
『ちょ!? お前は服を着ろ!』
「えー? 暑いしいいじゃないですか~」
しっとりと汗をかいた女の胸に抱かれてしまう。
『年頃の女が乳を放り出してるんじゃねえよ!』
「アラン様、おっぱいがいいの?」
「ペトラにはないもんねー」
「む……」
「アラン様ならいつでも触ってもいいですよ?」
『ばばば、バカ言ってんじゃねえよ!?』
「かわいい。照れてる」
「アラン様、おっぱいが好きなのね」
「アラン様、ほーら、おっぱいでちゅよー」
目の前に女の胸が! 胸があ!?
「舐めてもいいんですよ?」
『なめ!?』
目の前でふるふる震えるおっぱいが、オレを誘惑していた。
だ、だが、ペトラも見ているんだ。そんなマネはできねえ!
「ああ!?」
オレは断腸の思いで女の胸を飛び出すと、ペトラの元に帰った。
「もう、恥ずかしがり屋さんなんだから」
「あんたのデカいだけの垂れ乳には興味なかったんじゃないのかい?」
「なんですって! 無い乳よりマシでしょ!」
女たちが乳の話で盛り上がっている間に、オレはペトラの腕の中に収まる。なんだか背後に感じるこの硬さが安心するわ。
「アラン……」
『あん?』
「アランはおっぱい好き?」
見上げると、ペトラがジト目でオレのことを見ていた。
『な、なんのことだ?』
「ペトラもそのうち大きくなる」
そう言ってペトラが胸の肋骨を押し付けてきた。なんも嬉しくねえ。
『…………』
オレは出そうになった溜息をそっと飲み込んだのだった。
◇
昼間のどんちゃん騒ぎも過ぎ去り、また夜がやってくる。
夕食を終えたペトラは、早々にオレを抱いて布団にくるまった。
女たちは客引きに出かけて二人だけの時間だ。
ペトラがギュッとオレを強く抱きしめてきた。それはもうどこにもいかないでというペトラのサインだったのかもしれない。
まぁ、魔力が回復するようになったオレは、もう夜な夜な精霊を吸収しに出かける必要も無いわけだが……。まぁ、このことは内緒だな。オレにとってはどうでもいいことだが、ペトラが気に病むかもしれないし。
「アラン……」
月明かりの中、ペトラがオレの頭に顔を埋めて呟く。
『なんだ?』
「もうどこにも行かない?」
ペトラは泣いているのか、頭の毛が少しだけ湿ったような気がした。
母親に先立たれ、娼館からも一度は捨てられ、ペトラの人生は大切なものを失ってばかりだった。だから、今度はオレがいなくなることが不安なのだろう。
『どこにもいかねえよ』
オレはそう力強く宣言する。もうペトラが不安に思わないように。もうペトラが一人で泣かないように。
「ほんと?」
『ペトラ、オレが嘘吐いたことがあったか?』
「今日の朝、帰ってこなかった……」
『うっ。あれは、まぁ、なんだ。進化に時間がかかってな。でも、ちゃんと帰ってきたんだから許せ』
「ん……。許す」
『ペトラ、これからどうなるかなんてのはオレにもわからねえ。だが、オレは必ずペトラの所に帰ってくる』
「ん。約束……」
『ああ、約束だ。オレにとって、約束は絶対だからな。だからもう心配すんな』
「ん……」
しばらくすると、まるで安心したようにペトラが眠りについた。
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