第19話 進化?

『体が、熱い……?』


 自称中級精霊の雷の精霊を吸収すると、体が沸騰しそうになるほどの熱を感じた。しかし、先ほどみたいに実際に攻撃を受けて沸騰している様子はない。


 なんだこれ?


『もうこれ以上の面倒事はいらないんだが……』


 雷の精霊を吸収したおかげで、魔力は今までになく大量にある。今日は精霊を吸収する必要はなさそうだが……。


 だが、オレの意思とは反対に、だんだんと体が鈍く重たくなっていった。まるで強烈な眠気のようだ。精霊は睡眠が必要ないんじゃなかったのか?


 宙に浮いてることすらできず、オレの体は砂漠にポテリと落ちた。


 目を開けているのも億劫だ。


 遠くに見た景色は、僅かに明るくなった東の空だった。


 雷の精霊との戦闘で、オレの思ったより時間が経っていたようだ。


『早く帰らないと、ペトラの奴が泣いちまうからな……』


 そんな呟きを最後に、オレの意識は溶けるように消えていった……。



 ◇



『んお……?』


 ポケーとした意識で目を開くと、どこまでも青い空にギラギラの太陽が輝いていた。


 ペトラの瞳のような澄んだ青空だ……。


『あ、ヤッベ!』


 ハッと気が付くと、焦りが体を支配していく。


『今ってもう昼か!? ペトラ!』


 このままだとペトラが泣いちまう!


 オレは急いで全力でオアシスの街へと飛んだ。なんだかいつもよりも早く飛べてる気がするな? それだけ全力ってことだ!



 ◇



『ペトラ!』


 オレは娼館の食堂に転がり込むように登場すると、ペトラどころか、いつもはゴロゴロしてる女たちもいなかった。


『どうなってやがる……?』


 まさか、誘拐か? こんな大人数を? Why!?


 オレは嫌な胸騒ぎを覚えて娼館を飛び出した。


『ペトラはどこだ!?』


 そのまま低空飛行で飛んでペトラを探す。いつもの癖か、オレは貧民街に来ていた。


『ペトラー!』


 ペトラの名を叫びながら、貧民街を飛んでペトラを探す。


 ペトラは、いた。


 オレが最初にペトラにあった場所。そこで体育座りをして顔を膝に埋めていた。


『ペトラ……?』

「ぐすっ。あらん……?」

『おう、アランだぜ! その、なんだ……。すまんかったな。昨日はへぶっ!?』


 まるでミサイルのようにペトラがオレ目掛けて突っ込んできた。ペトラと一緒に貧民街の裏路地に倒れ込む。


「捨てられたと思っ……」


 泣き顔のペトラと目が合った。ペトラはなぜかビックリしたように目を大きく見開いていた。


 オレが泣かしちまったんだよな……。


 ペトラに悪いことしたなという気持ちと共に、ペトラを泣かしてしまった自分へと腹が立つ。


 そしてなにより、オレがペトラを捨てるような奴だと思われてしまったのがショックだった。


『バカ野郎! オレがペトラを捨てるなんてことがあるわけねえだろ! ペトラが死ぬまで一緒にいてやんよ!』

「アラン、ふわふわしてる……」

『だからてめえは今後そんな心配なんてするんじゃ――――。ふわふわ?』

「うん、ふわふわ……」

『あん?』


 自分の体を見下ろすと、もふっとした毛が見えた。しかも、毛の向こうには動物の足みたいなのが付いている。


『なんじゃこりゃ?』

「アラン、ふわふわの猫みたい」

『猫……?』


 自分の体だから全体像がよくわからねえが、たしかにがっしりした猫のような体をしているみてえだ。背中には、青と白がトラ模様みたいになっているのが見えた。


 猫というよりトラの子どもの方がしっくりくる表現だな。


 というか、なんでオレの姿が変わってるんだ?


 まぁ饅頭に猫の耳と尻尾が生えたようなみょうちくりんな格好よりはマシだが。


 それに、雷の精霊を吸収した後に訪れた強烈な眠気。あれは何だったんだ?


 わからないことだらけだ。


「アラン、進化した?」

『あん? 進化? まぁ退化じゃねえだろうな。じゃあ、進化か』


 たぶんいいことなのだろう。見た目もカッコよくなったしな。少なくとも饅頭よりはマシだ。


「お祝いしないと……!」

『お祝い? んなことより、オレはペトラを絶対に一人にはさせねえ。そのことはちゃんと覚えておけよ?』

「ん。わかった」

『もう泣くんじゃねえぞ?』

「それはわからない」


 ペトラはオレを抱いたまま立ち上がると、娼館に向けて歩き出した。


 ペトラは今のオレの姿が気に入ったのか、オレの体をもふもふしたり、オレの頭に顔を押し当てたり、頬擦りしたりしていた。


 日本にも猫を吸う奴らがいたが、ペトラもオレを吸い始めるかもな……。


「ペトラ! アラン様、見つかった?」

「ん! アラン、帰ってきた」

「じゃあ、あたしは皆に見つかったって言ってくるね!」

「ありがとう」


 娼館に帰る途中で、ゾラに会った。なんでも、娼館の女たち総出でオレを探してくれていたらしい。


 まぁ、女たちにはオレの姿が見えないから、オレに娼館に戻るように叫んでいたんだとか。


 女たちにも心配かけちまったみたいだな。


 まったく、あの雷の精霊は余計なことをしてくれたもんだ。おかげでこんな大事になっちまった。

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