或る研究者
それは、私の夢だった。
人類は永遠に生きる生命体に成る。
私の夢であり、人類の希望。
それは、必然だった。
私は科学者になり、新たなプロジェクトの指導者と成った。
必然であり、運命だった。
私はあの日、プロジェクトリーダーに任命された。
人類の発展のために、研究メンバーを募り実験をする権利を得たのだ。
そこまで辿り着くために必死だった。だからこの結果には喜びよりも、納得の方が強くあった。私はそうなるべきだと決まっていたのだから。
しかし、いざこの地位まで上り詰めたが、具体的にどんな研究をするべきなのか、私は考えていなかった。とにかくプロジェクトの企画を練ることに専念した。
正直、簡単なことだと思っていた。私は科学の鬼才と呼ばれていた。新しいプロジェクトのアイデアなんて、すぐに出てくると思っていた。
どんなことをしようか。何を目指そうか。誰をメンバーに取り入れようか。
そんなことばかり考えていた。
私は数日間、一人でプロジェクトの内容を考えながら過ごしていた。
私には家族も伴侶もいなかった。家族は私の考えが理解できなかった。両親は私を説教するばかりで、私の考えを理解しようとしなかった。だから見限った。伴侶だって要らなかった。生きている中で、まともに私を理解できる人間など居やしなかった。皆愚かで、考えも浅い無能だった。
安い弁当を買って、家に帰る。部屋で弁当を頬張りながらテレビを観た。テレビはつまらなかったが、世間の声を聴くためには一番手っ取り早い手段だと理解していた。
飯を食う間も、案は思いつかなかった。テレビをつけたまま風呂に入り、適当な服で戻る。いつの間にかテレビは子供向けの番組に変わっていた。
絡まった糸くずのような幼稚な絵が並ぶ。自信満々の笑みで自慢されるその絵を、番組に出演している大人たちは称賛していた。
『すごいね!羽の生えたワンちゃん!青いお空にお散歩しに行くんだね!』
『これは鳥さんかな?しっぽが生えていてかわいいね!』
『この猫さんは、嘴がついているんだね!鳥さんみたいにぴよぴよって鳴くのかな?』
慣れた調子で褒めて回る大人は本当に愚かだ。何がすごいというのだ。犬は飛ばないし、鳥には尾羽があるべきだ。猫が鳥のような嘴をもったら、ただエサが食べにくいだけだろう。そんな空想だけの生き物は、環境に適応できず滅ぶ。当然の話だ。
私はそれをまじまじと見ている自分が間抜けに思えて、テレビを消そうとした。
『お姉さんはこんなもの描いてみたよ!人魚さん!お魚さんみたいに、海をスイスイ泳ぐんだ!毎日水族館みたいなきれいな海を見るんだよ!』
気付けば私はリモコンに伸ばす手を止めていた。
思考を巡らせる。
人類が恐れるべき災害は山ほどある。火災。地震。洪水。メルトダウン。核兵器による被害。食糧不足。環境破壊。領地の奪い合いから始まる戦争。事故。人間同士のいざこざ。傷害や殺害事件。オゾン層破壊。様々なものが浮かんだ。
人間同士の勝手な感情はどうしようもない。放っておくしかないだろう。
しかし、しかしだ。仮に人類が陸以外でも生活できるようになったら、どうなるだろう。
天候に左右されず、暑さにも寒さにも負けない体があれば?
炎も地割れもない環境で生きることができたら?
少量の酸素だけで生き、食糧もあふれるほどある場所にいたら?
そういった問題から解放されることで余裕ができ、今より理性的に生きられたら?
人類は、もっと発展できるのでは?
いや、そもそも人体の限界を補う機械や技術は、この先科学が生み出すだろう。環境だってまだまだ改善できる。食糧問題だって改善の手立てがあるとされているはずだ。
しかし、間に合うのか?人類の滅亡までに、その技術は生まれるのか?
それなら、もっと早く解決する方法があればいいではないか。
人間が生きられる場所をもっと広く持てば、人類は更に長寿となることができる。そうすれば解決までの道のりを、一世代がより先に進めることができる。技術者も寿命に縛られず生きられれば、科学の発展だってもっと早くなるはずだ。
そうだ。人類はもっともっと生きなければならない。もっと広い世界で生きなければならない。
私はテレビを見つめた。人魚がどんな生活をするのか、子供が想像している。
海で呼吸し、魚と共に生きる。身を守りながら休息をとり、たまに陸へ出る。
安直な意見だが、もしや理想的な生活なのかもしれない。
私はそう思い、魚の中でも取り分けこの理想生活に適した習性を調べた。水陸両用で呼吸する。毒で身を守る。知能もある。仲間と生活し生存率を上げる。外部に認識されない特殊なコミュニケ―ションを取る。
もし、これらの能力を人間に付与することができたら、どうなる。人類は陸で科学を、水で生活を営む。すると、領地の問題や実験のためのエリアは広くなり、効率よく発展しながら人間同士の衝突も免れることができる。
ここまでとんとん拍子に進歩が進むとは思わない。しかしできるかもしれないという希望は人類が積極的にこの私の考えに賛同する切っ掛けとなる。
ならば私は、水陸どちらでも生きられる人間を――そうだな、手始めに人魚を作ろう。
私は眠ることも忘れて、そのアイデアをノートに書き殴りながら朝を迎えた。
プロジェクトさえ決まってしまえば、あとは人選のみ。
そこそこ長く勤めたベテランに加え、上の希望に応え若手も参加させた。皆このプロジェクトを10パーセントも理解できていなかったが、中には「人類の発展のための研究に携われて光栄です」と言う若造もいた。
こいつを使えば、実験はスムーズにいくだろう。
実験が始まってすぐ、私は実験体となる人体と移植する生物の部位を集めた。
まず、人間の子供の肺とわき腹の穴をチューブで繋げ、エラ呼吸を再現した。必要とする酸素を少なくするため肺をいじったが、結果酸素ボンベに繋いで延命するしかなくなってしまった。
エラの再現は改良も早く進み、5体目には割とすんなり完成形に近しいものが作れた。しかし、人間の知能をそのままに実験を急いだことが間違いだった。子供は暴れるうちにエラを自らの手で塞ぎ勝手に死んだ。私のプロジェクトで出した初めての犠牲だった。犠牲の内容が、まさか自分の状況を理解しない無能の失態だとは思っていなかった。くだらないことで私の経歴に傷をつけたその子供は、適当なメンバーに廃棄するよう指示を出した。
しばらく研究を続けていると、失敗作の保管場所が足りなくなった。失敗作など殺してしまってもよかったが、あまりに犠牲を出すと上がこのプロジェクトへの支援を渋るかもしれない。ひとまず延命させるしかなかった。私は雑用係の若造に、失敗作の管理権限とそのための部屋を与えた。これで上には経過観察ということができるし、仮に死んだとしても若造の管理不足ということにできる。私はその盾を手にし、更に実験に専念することが出来た。
20体余りを実験に使用した頃には、私は新たな結論へと到達していた。実験の妨げとなるのは、大抵元の子供の理性だ。だから私は、その妨害を消すために幼児を用意させた。幼ければ、無能故に反抗することもなく私の実験に従順になるはずだ。
浅い呼吸だけで長い時間生きられる個体の理論を追求した私は、22体目にそれを実行した。どれだけの時間生きられるか試そうと思ったが、その子供はなんとポットの中で暴れだし、側頭部を強打して意識不明のまま死んだ。脳波の履歴を確認したところ、パニックになったのではないかと結論付けられた。
こうなっては子供の年齢の問題ではなかった。拘束して身動きを封じ、そのまま実験するよう指示した。45体目まではそこそこ順調に、様々な移植を施し経過観察を続けた。しかし46体目の子供に複数の移植を施してみたところ、何を考え出したのか自ら拘束具を首に巻き付けて自害した。
拘束具で自害されるのを防ぐため四肢を切り落としてから実験するようになった。余計な意識も除外させるため、投薬は意識の混濁を優先させるよう調整した。薬を切らさなければ暴れることもないという見立てだった。しかし、投薬を任せていた職員が、体調不良などと勝手な理由をつけて遅刻したせいで、経過観察中だった数体のうちのNo.63が舌を噛み切って自害していた。私は投薬時刻を守らなかったその職員を、63体目の死体と一緒に海へ放り捨てた。
ここまで実験を続けていると、いくら計画を綿密に立てても、いくらあらゆる技術を駆使しても、しょせん想定外の事故は起きるものだと気付いていた。だから私は、事故で起きる犠牲を厭わないことにした。上にもいつしか『当然の犠牲』『成功のための糧』と伝えるようになっていた。事実、そうなのだ。このプロジェクトを成功させるなら、実験体を死なせることなく進めることはできなかったのだ。こんなことに気付かなかった自分を恥じると同時に、何があっても実験体の死程度で心を揺らがせることなどあってはならないと自身に言い聞かせた。
やがて、実験は成功の兆しを見せた。80体目を超えた辺りから、知能をもつ人魚に近しい生命体を生み出すことに成功し始めることが増えた。84体目で、精神年齢や知能は低下したがそこから劣ることのない人魚らしい人魚が出来上がった。しかし、知能はあってもそれを制御するほどの理性がなかった。時折理性のある様子はあったが、人間として常に一定の理性を示していなければ成功とは呼べない。これも失敗だと、私は若造が管理する失敗作倉庫にその個体を送った。
84体目を倉庫に入れ研究室へ戻る際に、あの若造とすれ違った。私を呼び止め何かを言いあぐねている。どうせ管理を失敗した等とくだらないことを報告するのだろうと思った私は、彼の横を通り過ぎようとした。しかしその時、彼は私に進言したのだ。
「もう、こんな実験やめましょう……」
「……何?」
私は振り返った。そこには、怯みながらも何かを決めたような目の男が立っていた。
「命を軽んじる実験を続けて、それで人類が発展したとして……その発展は、本当に価値のあるものなのでしょうか?」
「君は、このプロジェクトの趣旨を理解していないと見える。人類の進化のために、この実験は必要なのだよ。それは、プロジェクトの説明の時点で前提として話したつもりだったのだが」
「僕も当初は、この実験は人類に必要なものだと思っていました。ですが……リーダーのやり方は、間違っています。僕は、この実験に異議を申し立てます。研究の方針に、見直しが必要です」
私は、こんなことを言う人間をプロジェクトのメンバーとして置いていたことを後悔した。段ボールの中で一つミカンが腐れば、やがて他のミカンも腐ってしまう。こんな人間を所属させたまま放置すれば、他のメンバーも感化され同じことを思うかもしれない。
私は彼の考えが間違っていることを告げ、その日のうちに彼をメンバーから外した。
私は間違ってなどいない。あの若造の思考回路は理解できない。この研究の何が間違っているというのだ。
私は研究室に戻り、デスクと壁に散りばめたデータや考察のレポートを眺めた。
私は今、もはや人類の進化のための研究をしているなどとは思っていない。
神がいるとするならば、それは随分と不完全なものだ。水の中で生きていた生物が陸で生きるよう進化させるなど非効率的だ。最初から水陸の両方で生きる生命体にすればよかったものを。
いや、待て。神が不完全であるという前提があるなら、この非効率的な進化も説明がつく。神は、無能なのだ。
神が無能であるならば、私のこの実験は、神などと呼ばれ崇められる存在の無能を証明するための――云わば、『神への挑戦』そのものだ。神と崇められる無能を蹴落とし、私が神となる。神と呼ばれる存在になる。それがこの実験で可能なのだ。
人類の発展などという軽いものではない。私は神となるのだ。
並べられた私の努力の結晶を手に取った。あらゆる研究結果を、あらゆる知識を使ってここまで来たのだ。今更止まる理由などあるものか。
成功させるのだ。この研究を。進化を。神への挑戦を。
私は、神になる。
私はそれからも、研究に没頭した。
90体を超える頃には、ほとんど完璧な個体を生み出せるようになっていた。微調整を重ね、投薬を重ね、研究を重ねた。90番以降も数体の失敗作はできた。
しかし、記念するべき100体目の実験。そこで私は奇跡を見た。
人魚を生み出すことに成功したのだ。
No.100は昏睡状態だったが、脳波も生命反応も確実に安定している。意識さえ戻れば、これは完璧な生命体と言える。
私はその人魚の姿に感激の涙を流していた。決して、実験の成功にのみ歓喜したわけではない。この私が神に到達したことへの称賛の涙でもあった。
胸が躍った。これから私は、この研究の成功を世間に公表し、あらゆる人間を驚動の渦に巻き込む。そうしてこの実験を認めさせ、やがて神と崇められるようになる。真の神の誕生となるのだ。
私は、No.100の意識が正常に戻ることを待つだけの数日を送った。
毎日様子を見に行った。No.100は虚ろな目で私を見ていた。何を思案しているのかは分からない。何も考えていないのかもしれない。
そんな彼女に、私は語りかけた。
「君が目覚めれば、私は人類の神に成れる。期待しているよ」
私は何日も待った。経過を待つしかない以上、することも多くない。私は、放置していた失敗作を見に行くことにした。己の失敗を目に焼き付け、更なる私の進化を求めるためだった。
失敗作はどれもこれも理性や感情を失った生命未満の存在だった。悲鳴を上げ暴れまわるモノ、電池切れのおもちゃのように佇むモノ、こちらを凝視したまま微動だにしないモノ。そのどれもが無価値だ。私が今神に到達するために用意された階段のパーツでしかない。
それらを眺めるだけの時間は退屈だった。しかし私は目を逸らさず見つめ続けた。それらの存在を忘れてはならない。私の努力と無知の証明、そして私の挑戦の記録だからだ。この99体の存在を記憶に焼き付け、その上で神の座に君臨する。それこそ、全知全能を得た神の姿なのだ。
無機質な機械の音が響いていた。
一定のリズムで鳴る電子音。
気泡がチューブから溢れる音。
ガラスを叩き体を打ち付ける音。
悲鳴。憎悪の叫び。虚ろな息。切望の声。
何もかもが遠ざかりながら、私の五感を満たしていく。
両手を広げ、全てを甘受した。私の、人間最後の呼吸を繰り返しながら。
幸福感に満たされた私は、倉庫を後にすることにした。こうしている間にもNo.100の容態が回復しているかもしれない。過去を振り返ることも必要ではあるが、今は未来のために準備をし待っている方が得策だろう。
去り際、視界に映ったその失敗作に目を奪われた。口が動いている。もしや理性を以て何か訴えているのか。No.100が目を覚ましてしまえば用済みの存在だが、何かあった時の保険に使えるか、と口元を見つめる。
『こんな、こと……なにになる』
体に激震が走り、思わずその失敗作の目を見た。
失敗作は私の視線に気付くと、僅かに身を引いて私を見据えた。表情はほとんど無表情だ。だがその薄められた目には、嘲笑のような、哀れみのような、まるで私という神を『つまらない失敗作』とでも呼んでいるかのような色が浮かんでいた。
目が熱くなった。頭蓋骨の中の血液が煮えるような感覚。髄膜の中身がマグマに溶かされるような、抑えようのない、怒りだった。
こいつは、失敗作の、生きている価値のない生命体以下の分際で、私を否定した。神を否定したのだ。神の手中でこそ息をすることができる惨めな存在だというのに。生かされていながら、生かしている私を侮辱したのだ。
許せなかった。私の積み上げてきた研究の全てを否定されたことが。それも、他でもない研究の糧如きに。
力任せにポットのガラスを殴った。貼り付けられていた『No.84』というタグが床に落ちる。怒りは収まらず、私はポットの裏に回り繋がっているコードを引っ張った。殺してやる。こんな生きる価値もない失敗作など、私の手で殺してもいいのだ。これが死んだところで、私に罪はない。私はそれ以上のものを生み出し人類を導いているのだから。
老いた体では、若造のようにコードを引き千切ることもできない。しかしそこで諦められる訳もなく、私は更に体重をかけてコードを引いた。
ぶちんという鈍い音が響いて、コードが壁から抜けた。壁から小さな火花が放たれる。やがて照明のように広がって、それは瞬く間に私の視界を埋め尽くした。
「があぁ!」
顔に熱気が伝わり続いて痛み、熱さがぶつかってきた。
びりびりと痛む瞼を開けると、小さな炎が溢れていた。周囲が煙に包まれ、脳に行き渡る酸素が少なくなっていくことを実感した。
私はもつれる足を動かして出口を目指した。最悪の場合、この部屋がどうなろうと構わない。幸いNo.100が眠る部屋はここから遠い。あの部屋に炎が到達する前に消し止めることができれば、何も問題はない。
私がプロジェクトから外した際に管理者として引継ぎを行っていなかったあの若造の不手際だ。上にはそう報告しよう。私の地位があれば、証拠の少ないデマも通るはずだ。私は神なのだから。神の言葉など、覆せる者はいない。
足を動かそうと歯を食いしばると、張り詰めた肌が悲鳴を上げた。痛みが集中力を搔き乱す。妨害された脳の指令が指示を間違え、足がコードに引っかかった。もんどり打った私の眼前に床が広がる。
顔を上げた時、違和感を覚えた。
私の形に浮き上がっていた影が次第に膨らんでいく。やがて、反転する視界の中に、大きなガラスの壁。その中にあった生き物は、まるで全てを悟ったかのような目をしていた。
その時、私は初めて思った。私は神かもしれない。しかし神にも逆らえぬものが存在していたのだ。世界の全てを支配する運命。それこそが、私でさえ、神でさえ届かなかった、世界の掟だったのだ。
昔の記憶が思い起こされる。両親が初めて意思を伝えた私に喜んだこと。命を軽んじて思いのままにすることが正義ではないと説いたこと。
誰も私を理解しなかった。いや、私が理解しなかったのかもしれない。誰の声にも耳を傾けず、何を言われても納得できないと反論し、理屈で相手を捻じ伏せた。相手が訴えていることなど知ろうともしなかった。意味がないと思っていた。そんなの、理解しなければ意味の有無さえ説くことはできないというのに。
大人になって、研究者になった。最初は私の意見を聞き入れなかった研究者たちが、私の実績に追い詰められ何も言わなくなったことが快感だった。まるで自分が正しいと証明した気分だった。だがそうではなかったのだ。皆私の研究に声を張り上げて反対することを諦めたのだ。何を言っても届かないことを知ったのだ。
ふと脳裏に、このプロジェクトに異議を申し立てた青年が浮かんだ。彼は確かに無知な青年だった。しかし、感情など、慈愛など忘れた私に唯一歯向かった。それは反発でも藻掻きでもなく、ただ探していただけだったのかもしれない。私という、思い上がって自分では止まれなかった存在を、止める方法を。立ち止まって考えることを教えようとしていたのかもしれない。
意識が現実に戻ってくる。ガラスの壁は目の前まで来ていた。
今更気付いたのだ。自身の過ちのすべてに。
今更理解したのだ。自分がしてきた愚行とは何か。
今分かったって遅いのに。
やり直しなど、望んでも手が届くものではないのに。
ああ。これは報いなのかもしれない。
思い上がり命を弄んだ。だからこそ、今ここで、こんな半端な瞬間に死ぬのだ。
体が圧に押され、外側から臓器を潰されていく感覚がした。
痛みに思考を支配されながら、片隅に残った理性で最後に思ったことが一つ。
私は、神ではなかったのだ。
変わりたかったのだ。
当たり前に見た夢を追いかけたかったのだ。
間違った形で叶えようとしたのだ。
だから、やり直せるなら、どうか、最初から―――――――――――。
私が出て行ったあの部屋。
窓から飛び出す時、何かが見えた。
倒れた箱の下。赤い何かがあった。私と同じ、そこにいた子達の一人かと思ったが、多分違う。箱に入っていた水は出ていなかった。
あれは誰だったんだろう。私を追いかける人たちの奥で、あの赤い何かを見て何か言っている人たちがいた。
もしかしたら、あの人たちの友達かもしれない。
友達だったとしたら、かわいそうだと思った。
友達だったら、死んじゃったら悲しいよね。
私も、今魚たちが死ぬの、悲しいよ。友達なのかは分からないけど、死んじゃったから悲しいよ。
死なないで欲しかったな、あの赤い人。
生きる彼女は死すべきか。 雨狐 @amekon
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