ハーモニー
たきたたき
ハーモニー
中一の時にクラスメイトからロックバンドのCDを貸してもらったのをきっかけに僕はロックに目覚めた。その熱は本当に凄まじく音楽雑誌を読み漁っては情報を仕入れて、レンタルCD屋さんで海外のバンドのCDも借りてきてはカセットテープにダビングをし、一日中テープがすり減るまで繰り返し聞くようになった。
中二になり自分自身でもギターが弾きたくなってクラスの友達にそんな話をしていると、クラスメイトの知り合いの三年生の先輩がギターを一万円で譲ってくれるという話が回ってきたので、僕はすぐにその話に飛びついた。そして僕は親と話をし、一学期の期末テストで全教科七十点以上だったら一万円を出してくれると言う約束を取り付けることに成功したのだった。
こうして無事に先輩からギターを買い、夏休みに入ると学校に邪魔されることなく思う存分毎日ギターが弾けたので、扇風機の前に張り付いて夏休み中は一日中ずっとギターを弾いていた。
二学期が始まってからも、ギター熱は醒めることなく毎日弾いている。学校が終わると誰よりも早く学校を飛び出して帰宅し、家でギター雑誌に載っているタブ譜を教科書に毎日ギターを弾きまくった。そして夜ご飯を食べ夜の九時にお風呂に入るまでずっとギターを弾いている。そして深夜は音がうるさいからと楽器を弾くのを禁止されているので出来るだけ早く寝る。そして朝六時に起きると朝ごはんを食べてひとしきりギターを弾いてから学校に行く。そんな毎日である。
勿論、宿題や習い事だとやらないといけないこともそれなりにちゃんとこなしてはいる。でもやっぱり本音はずっと家でギターを弾いていたい。それくらいギターというのは面白い。
昼休憩にご飯を食べてから校庭でみんなでサッカーをすると、五時間目の授業が眠くて仕方がなくなって瞼が閉じようとしてくる。そうして今日も僕は眠気と闘いながら窓際の一番後ろの席で退屈な担任の国語の授業を聞いていた。
ふと窓の外の下の方から何かの音がした気がする。この教室の下は二階がどっかの実習室か何かで一階は倉庫だったはずだ。そしてこの校舎のすぐ隣にはコンクリートの
僕は担任にバレないように三階の窓から少しだけ身を外へ乗り出し、その音の正体を突き止めようとした。そうやって見えたのはカバンを前に抱えて音を立てないようにゆっくりと隠れるように歩く女子生徒の姿だった。
僕は手を挙げて先生の注意を引くと真っ直ぐ教壇に向かい、チョークを持ったままの先生の背中を無理やり押して廊下へ出た。
「先生ごめん!俺、今から帰ります。詳しいことは明日説明するから、サボり扱いでいいんで。みんなにはお腹痛いから帰ったって言っといて。」
他のクラスメイトには聞こえないように小声で先生に伝えると、僕は先生に何か言われる前に急いで階段を駆け降り、慌てて下足に履き替えるとまっすぐ自転車置き場に向かった。
「こんな時までヘルメットめんどくせー。」
そう一人でぼやきながら先生に見つからない場所までヘルメットを頭に乗せる。そうして自転車で正門から出て学校の外を回って学校の裏門へと向かい、急いでその生徒の後を追った。
ケイちゃんが虐められているらしいというのはなんとなく聞いてはいた。
一年の時に同じクラスだったケイちゃんは、同じく同じクラスで僕と同じ小学校だった女の子と仲が良く、僕もその二人と席が近かったと言うのもあって教室でよく話していたけれど、二年生になってクラスが別れるとその二人とも自然と話をしなくなっていた。
裏門からしばらく走ると、俯きながらとぼとぼと歩いて帰っているケイちゃんを見付けた。僕はヘルメットを脱ぎ前カゴに置いて後をつける。どう声をかけようかと考えた結果、モノマネで脅かそうと決めた。
「おーい。お前、サボりと違うんか。おー?お前、後で職員室なぁー。」
ギョッとした顔でケイちゃんが振り向く。自分で言うのもなんだが、数学の松尾先生のモノマネはすごく似ていると思う。
「ヒーくんじゃん。なに?もう。びっくりしたぁ。」
「へへ、似てた?そんで何してんの?サボり?」
僕は偶然を装い、出来るだけ平静にいようと思った。
「…うん。サボり。ヒーくんは?」
「俺もサボり。だったらちょっと時間潰して行かね?今から帰るだけっしょ。」
「…うん。いいよ。」
僕は自転車を降りて押しながらケイちゃんの隣を歩く。僕の自転車は荷台もステップも無いので仕方が無いのだ。そうして向かうのは近くのホームセンターの前にあるベンチだ。
僕の地元は田舎である。ものすごく田舎かと言われると微妙ではあるが田舎には違いない。一般の千葉というイメージはあくまで千葉の西側であり、僕の住むこっちの方の千葉は田舎である。この辺で中学生の娯楽というと、学校の近くにある駄菓子屋さんか、僕がよく借りに行くレンタルCD屋さんとレンタルビデオ屋さんが一緒になった大きい本屋さんか、少し外れにあるカラオケボックスか、今から向かうホームセンターくらいしか思い浮かばないのだ。
「ヒーくん。カバンは?」
「あー、俺カバンも教科書も学校に置きっぱだから。」
「そうなの?」
「うん。」
「じゃあ勉強はどうしてるの?」
「勉強なぁ。あんまり好きじゃないよねえ。うんうん。」
「勉強だもんね。」
「ケイちゃんは勉強好き?」
「嫌いじゃないけど好きでもないかな。普通かな。普通。」
「そっかぁ、普通かぁ。あっそうだ。カバン、カゴに入れたら?」
「あ、うん。ありがと。」
ヘルメットを手に持ち、ケイちゃんのカバンを僕の自転車のカゴに入れた。カバンにはうっすらと靴の足跡がついている。それを覆い隠すように僕はヘルメットを置いた。
「ヒーくんは塾は行ってるの?」
「塾は行ってないかな。他に習い事もしてるし。」
「へー、じゃあ何習ってるの?まだ空手やってるの?」
「空手じゃないよ。けんぽう。拳法ね。うん、まだやってる。それにギターも習いに行きたいなぁって今思ってて。」
「えっ、ギターやってるの?それ初めて聞いた。それってエレキ?」
僕は大好きなギターに反応してくれたのがちょっと嬉しかった。
「エレキだよ。夏休み入る前に買ったの。三年の河野くんって知ってる?ヤンキーの。」
「話したことないけど、あのヤンキーの怖い子だよね?金髪の。」
「うん。怖い人じゃないんだけどね。ヤンキーなだけで。」
「そうなの?」
「うん。その人からギター買ったんだ。」
「その先輩もギター弾くの?」
「河野くんはベース弾いてるんだって。そんでその河野くんのお兄ちゃんがバンドやってて、いらないギターとかをお下がりで貰ったみたいなのね。でも河野くんはベースだからいらないって一万円で売ってくれたの。」
「ねえそれってさぁ、その先輩はお兄さんにタダで貰ったんでしょ?」
「うん。」
「ちょっと思ったんだけど、そのタダで貰ったもの一万円で売りつけるってどうなの?」
「あー。」
確かにそう言われてみるとそうかもしれない。今まで全然気づかなかった。
「でも俺が河野くんのお兄ちゃんからタダで貰うわけにいかないじゃん。」
「それはそうだけどさ。」
「でも今、ケイちゃんに言われるまで全然気が付かなかったよ。」
「ははは、そっかぁ。」
そんな話をして歩いていると、あっという間にホームセンターに着いた。僕はケイちゃんと別れ一人で自転車置き場に行き、自転車の鍵をかけてからケイちゃんのカバンを持って誰にも気付かれないようにさっと汚れを払った。それから合流してカバンを返し、適当なベンチで向かい合うようにケイちゃんと座った。
「なんか変な感じぃ。」
「そうだねえ。ケイちゃんと喋るのも久しぶりだよね?」
「うん。二年になってクラスも違うし。」
「そだよね。」
「ヒーくんって、結構サボるの?一年の時ってそんなことなかったよね?」
「うーん。最近はたまにかなぁ。」
僕は嘘をついた。
「ぐれたの?」
「ん?」
「ヒーくん。サボりなんて。」
「ぐれてないよ。それ言ったら…」
僕は、ケイちゃんだってサボりじゃん。と言おうとして言葉を飲み込む。
「…それ言ったらギターやってる奴はみんな不良みたいな話じゃない?」
「そうなの?」
「だから違うって。」
「ふふふ。」
「あっ飛行機雲。」
ケイちゃんの視線の先の空には、二本の飛行機雲が流れていた。
「ほんとだ。…飛行機雲って飛行機がつけるの?」
僕は自分でも驚くほど馬鹿な質問をしてしまったと、声に出してから自覚した。
「そうじゃない?」
「飛行機雲ってさ、飛行機のなんだっけ、その。」
「何?」
「あ、排気ガス、排気ガスなんだっけ?」
「なんかそういう煙を吐いてるんじゃなの?」
「そうなの?」
「あ、それとも雲に翼が引っかかった跡なのかも。」
「それだったらプロペラの方が引っかかりやすくない?」
「うーん、どうなんだろね。」
二人で初秋の晴れた真っ青な空を眺める。
「…トイレ行きたくなったらどうするんだろ。」
「なに急に。」
「だって空だよ。ちょっと公衆トイレ探すって訳にはいかないって絶対。」
「それはそうかも知んないけど。」
「どうすんだろうなぁ。」
「飛行機の中にトイレくらいあるんじゃないの?」
「ジャンボジェットとかだったらあるかも知んないけどさぁ、ああいう飛行機雲ってセスナとかじゃないの?」
「そうなのかなぁ。ヒーくんって飛行機乗ったことはあるの?」
「無い。ケイちゃんは?」
「無いよ。」
「そっかぁ。じゃあどうなんだろ?」
「私らじゃ分かんないね。」
謎は深まる。正解が分からない会話は虚しい。
「そういやお腹空いたなぁ。ねえ、たこ焼きでも食べない?僕、お腹空いた。」
「なに急にまた。うーん、…いいよ。じゃあ五つの買って半分こしよっか。」
「うん。じゃあ買ってくるね。」
「お金ある?」
「うん、とりあえずは。買ってくるからここで待ってて。」
一人で席を立ち、ホームセンターの軒先で屋台をやっているたこ焼き屋さんで、五個入り二百円のたこ焼きを注文する。
「サボりか?」
たこ焼き屋のおっさんに突っ込まれた。確かにこの時間の制服姿は目立つ。
「関係無いっしょ?」
「へへへ。まぁ頑張れよ。一個オマケすっから。」
「あ、ありがとう…ございます。」
財布から二百円を取り出して支払う。プラスチックの容器にみっちみちに入った作りたての湯気が出ている六個入りのたこ焼きは持ってるだけでも熱々で、早足でケイちゃんのいるベンチの机まで戻った。
「なんか知んないけど一個サービスしてくれた。あっつ!」
「へえ、ラッキーじゃん。」
「ねー。」
「ヒーくん、さっき僕って言ったでしょ?」
「は?」
「さっき、ぼくおなかすいた。って言ってたよ。」
「え?言ってないし。」
「別にいいのに。ヒーくん、一年の時はずっと僕って言ってたし。」
確かにその通りだ。でも二年生になって新しいクラスメイトに僕呼びをバカにされてからは、気をつけて自分のことを俺と呼ぶようになったのだ。
「だって、俺の方がカッコイイし。みんなも言ってるし。」
「そうかもしれないけど、うっかり僕って出るってことは無理してるってことじゃないの?」
「そんなことねーよ、無理してねーし。俺は俺だし。」
「私はヒーくんの僕呼び好きだったのになぁ。」
「いっつも俺って呼んでるし。」
「ふーん。別にいいけど。」
「呼んでるし。」
「ごめんって、分かったから。ねえ、そんなことより熱いうちにたこ焼き食べようよ。」
熱々のたこ焼きを食べようとして飲み物を買ってないことに口に入れる寸前で気付き、慌ててジュースを買いに行った。二人とも炭酸のジュースだ。
「熱々だね。火傷しそう。」
「うん。」
二人でフーフーしながらたこ焼きを食べる。
「そういやさ。ヒーくんって部活やってなかったっけ。うーんと、…そうだ。確か柔道部じゃなかったっけ?一年生の二学期かなんか変な時期に、部活に入れって担任に言われたんでしょ?」
「あーそうそう。それで一回柔道部入ったんだけどね。すぐ辞めちゃった。三回くらい行って辞めた。」
「そうなの?」
「うん。だから道着も買ってない。」
「そうなんだぁ。そんな早く辞めちゃってたんだぁ。」
「うん。受け身が違ったからね。柔道の受け身ってさ、手でバチンって畳に打ち付けて衝撃を逃すんだけど、知ってる?」
「詳しいことは分かんないけど、柔道部って音がバンバンいってる印象はあるかな。でもそれじゃダメなの?」
「拳法の道場って床が畳じゃなくって普通の木だからね、手でバチンって受け身するとすっごい痛いんだよ。だから角が無いように体を丸めて受け身するんだけどね。」
「うん。」
「それで辞めたの。一回、拳法の道場で思いっきり柔道の受け身しちゃって、手の平がすっごい腫れてね、それで。それにどっちかって言ったら拳法の方が好きだし。」
「受け身が違うからって柔道部辞めたの?」
「うん。柔道の顧問の先生も納得してくれた。」
「へええ。」
「変かな?」
「その拳法ってのは、いつからやってるの?」
「いつだっけかなぁ。多分小学校の低学年だと思う。」
「へえ、結構長いことやってるんだ。」
「うん、一応黒帯。」
「それはなんか聞いたことある。ヒーくんって強いんでしょ?」
「強くはないかなぁ。そもそも喧嘩とかしないし。」
「そうなの?」
「うん、喧嘩はしない。黒帯ってね。どの武道でも拳が凶器って扱いになるから人を殴ったら警察に捕まるし。」
「そうなの?」
「うん。絶対ダメ。だから喧嘩はしないの。」
「そうなんだ。じゃあさ、殴ってこられたら黙って殴られるの?」
「
「あーそっか。じゃあさ、どうしても
「その時はそうだなぁ。正当防衛で一回だけ攻撃するかな?勿論、軽く当てられてからだけど。」
「一回だけ?」
「うん。一撃でなんとかする、かな?制圧するなら二撃は欲しいけどね。」
「制圧ってなに?どうするの?」
「動けなくするってこと。痛くてうずくまるのを狙うのは一撃になるけど、二撃だったらいなして攻撃して抑えられるからね。」
「いなしてってって何?そんな日本語初めて聞いたよ。…でもそういうことってよく考えるんだ?男の子ってそういうの好きだもんね。」
「何、そういうのって?」
「パンチしたりとか戦ったりさ。そういうの。」
「あああ。」
確かに学校から帰る時とか寝る前とかに、そういうのを考えたりはするので言い返せない。
「拳法始めた最初ってどうしたの?一人で習いに行ったの?」
「あー最初はね。しんちゃんって知ってる?一組の小川。ヤンキーの。」
「話したことないけど、顔は知ってるよ。」
「うん。それであいつと私立に行った山西ってのがいてね。その三人でなんでか覚えてないけど一緒に習い始めたの。多分。」
「へえ。」
「その他にも結構いてね。同学年で多い時は十人くらいはいたかなぁ。野球やるからって辞めた奴とか私立受験するって辞めた山西とか、他にも知らない間に辞めてた奴とか。それで中学に入って気が付いたら僕だけだったの。」
「ほら僕って言った。」
「もー、うるさいなぁ。」
「ははは。別にいいのに。」
「とにかく、えーっとなんだっけ。何話してたか忘れちゃったじゃん。」
「今は一人なの?中学で拳法やってるのって。」
「うん。うちの道場だと僕だけ。ああああ。」
「だからいいって。」
「なんかケイちゃんと話してると調子狂うんだよなぁ。」
「ごめん。僕でも俺でいいから、話続けて。」
「それでね、今何組か分かんないけど、僕と同じ小学校で同学年の女子の山本さんって知ってる?…うーんと、とにかくその子のお兄ちゃんが高校生にいて、他にも大学生の人もいる。」
「その三人で練習してるの?」
「うん。木曜日は九時までが小学生で、九時からが僕らの時間。そんで先生も一緒になって練習してる。土曜はみんな一緒だけどね。でもさ、木曜にたまに二人とも休みの時があってさ。」
「それどうするの?先生と二人でやってるの?」
「そう。それで毎回ボッコボコにされる。」
「へー怖ぁ。それなのに続けてるんだ。」
「うん。練習は楽しいんだけどね、先生が怖いだけで。先生強いし。」
「怖いの?」
「うん。すっごい怖い。仁王像って知ってる?」
「あの、神社じゃないか。お寺の入り口にあるあれでしょ?」
「そう。あんな感じ。先生坊主だし。」
「お坊さんってこと?」
「ううん。先生は整骨院の先生だと思う。うちの父ちゃんが通ってるって言ってたし。坊主って坊主頭ってこと。」
「へえ。っていうか、その拳法の先生って先生だけじゃないんだ。他に仕事してるんだね。」
「みたいね。」
「ヒーくんは拳法の先生になりたいの?」
「うーん、…分かんね。今はなんも考えてないけど、拳法の先生ってそういう意味では職業じゃないのかも。」
「そっかぁ。」
「今はギター面白いから音楽をやりたいかなぁ。出来るならね。」
「へえ。音楽家ってこと?」
「うん。楽器弾く人っていいなって思うけど、まぁ普通に考えて無理だよね。」
「どうなんだろうね。そういや、ヒーくんってピアノも上手だったよね?」
「ピアノは小学校の途中までしかやってないのに、なんでか知んないけど伴奏係にされちゃってたけどね。去年は。」
「今年はピアノ弾かないの?」
「今年はクラスの女子に上手い子いるから、多分その子が弾くと思う。」
「そうなんだ。」
「そっちはどうなの?ケイちゃんは夢とかあるの?」
「私?私かぁ。今んとこはないかなぁ。」
「部活って何もやってなかったけ。」
「バレー部に入ってたんだけどね。すぐ辞めちゃった。」
「なんで?」
「先輩の熱血指導がね。ちょっとね。」
「そっかぁ。」
「その拳法ってさ。私も今から始められるかな?」
「興味あるの?」
「う、うん。ちょっとね。」
「うん、始められると思うけど。…強くなりたいの?」
僕がそこまで話すと、急に目に見えてケイちゃんの表情が曇った。
「あのね、私ね。…虐められてんだ。」
ケイちゃんは声を落としゆっくりと言葉を吐き出すようにつぶやいた。
「なんかね。私、何も悪いことしてないのに、目をつけられてね。」
急に泣きそうになって声が震えている。目線はずっと机を見たままだ。僕はそれを見て出来るだけ動揺しないようにしようと心掛ける。
「ほんとに何もしてないのに。なんで?って。」
「なんかされたの?」
「悪口言われたり、カバンとか教科書汚されたり、机に落書きされたり、筆箱とか上履き隠されたり。…ばっかみたい。」
「そっかあ。誰が犯人とかって分かってるの?」
「うん。」
そうしてケイちゃんの口から聞いた名前は予想通りの人たちだった。いつも不良ぶってる女3人組だ。
「そっかぁ。でもさ、あいつらって結局一人じゃ何もできないからずっと連んでるんだよ。そんなの最初から相手にしなきゃいいんだって。」
「そうかもしんないけどさ。」
「もしなんか言ってきたらさ、はっきり言ってやればいいんだよ。別に何も悪いことしてないじゃんって。なんでそんなことすんの?って。」
「そんなの言えないよ。」
「じゃあ、先生に言うのは?」
「チクったなってまた虐められちゃうじゃん。」
「そっかぁ。じゃあどうすればいいかなぁ。やり返すのは?」
「やり返すって?どうするの?」
「うーん、じゃあさあ。…画鋲。上履きに画鋲入れとくとかは?」
「ええええ。」
ケイちゃんのさっきまでの泣きべそ顔から一転して、明らかに拒否反応を起こしたような顔をされた。
「うわー最悪ぅ。陰湿すぎるでしょ。うわー。」
「ははは。ちょっとは元気出たかな?」
「…うん。」
「じゃあさ、今度なんかされたらみんなで行けばいいんだよ。一人でなんとかしようとするから大変なんじゃない?みんなに助けてって言えばいいんだよ。」
「みんなって誰?」
「うーんそうだなぁ。僕がいれば僕でも良いし。クラスメイトとか話できる友達はいるんでしょ?それともみんなに無視されてる?」
「今はそんなことないけど。うん。」
「じゃあみんな巻き込んじゃえば良いよ。例えばさ、三人に対してこっちも三人だったら喧嘩になるかもだけど、もしこっちが三十人だったら喧嘩にならないっしょ。」
「それはそうかもだけど、出来っこないし。そんなの。」
「そうかなぁ。なんにしても一人で悩むことじゃないよね。僕でよかったら話聞くし。」
「うん。…ありがと。」
「道場も来たかったらほんとに来たら良いよ。僕に言ってくれたら先生に話するし。見学もいつでも受け付けてるし。」
「うん。でも道場はちょっと怖いかも。仁王像の先生とかちょっとね。」
「ははは。」
次の日、僕は朝のギターの練習をせずにいつもより少し早く家を出た。出来ることなら朝のホームルームでみんながいる前で昨日のことを説明させられるのを避けたいので、先に職員室に行って担任に説明したいし、出来るならケイちゃんの担任とも話をしてみたかった。
「あー色々めんどくせーなー。」と思いつつ、自転車置き場に自転車を停めヘルメットを脱ぐ。
早い時間だからかまばらに並んだ自転車を見て、不意に今日ケイちゃんは学校来るのかなと不安になった。このまま学校来なくなったらなんか嫌だなと思う。
そして僕は意味無く「あー!」と大声で叫びたい気持ちのまま自転車置き場を後にし、上履きに履き替えると足の裏に激痛が走った。慌てて靴を脱いで見てみると僕の靴下に画鋲が刺さっていた。
ハーモニー たきたたき @Tacki
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