第5話無能の猟犬②

トラックに乗り、揺られること数時間。一睡もできないまま、俺は目を覚ましていた。

対して、レイラは死んだように深く深く……眠っている。

……心配になって、時折本当に呼吸をしているのか確認してしまったくらいだ。


『肺病の末期症状だ。……昏睡に近い深い眠りに入る』


「……なら、レイラは……」


『治療を受けさせなければ確実に死ぬ。……だが、末期症状が出ては。助かるかは五分五分だな』


ミストは静かに言う。

抑揚のない合成音声だが、微かな感情は読み取れた。


『………その少女は、長生きした方だ。肺病を患いながらその年まで生きられた。……むしろ幸運だ』


「………幸運だなんて……俺は思えません」


『助けたいのなら足掻くがいい。……治療の機会をくれてやると此方は約束した。………到着だ』


ブレーキ音の後、トラックが停まる。第Ⅰ行政都市とやらに、辿り着いたらしい。天蓋を捲り、ミストが降りる。その後に俺も続いた。

空はまだ、真っ暗だ。

だが、身体は太陽のように眩い光に照らされる。


「ーーーー!」


目前に広がる光景に、俺は息を呑んだ。圧倒されながら、その場に立ち尽くす。


『……ようこそ、第Ⅰ行政都市へ。………イセカイにおいて、王都に次ぐ城塞都市』


「城塞……都市………」


高く聳える分厚い鋼鉄製の城壁が、都市を囲んでいる。

その城壁の四隅にある鉄塔から、青白い電流のようなエネルギーが放出されていた。放出されたそれは、SFじみた巨大なエネルギーの障壁となって都市を多い、夜廻鬼や外敵を阻んでいる。


『怪しい動きはするなよ、少年。……警備兵は神経質だ』


ミンチが親指の先で、上を指差す。

障壁の上部に目をやれば、兵士たちが此方を見ていた。

トーチカ……と言うのだろうか。

鉄筋コンクリートで出来た掩体壕から、此方を覗いている。

誇示するような銃口は、拠点防衛用の重機関銃だろうか。 


『通してくれ』


「グ、グッドマン最先任上級曹長殿!? ど、どうぞお通りくださいっ!!」


ミストが、門の警備兵に近づく。

……軍隊の階級には詳しくないが、かなり高い地位にいるようだ。

警備兵が萎縮しながら、敬礼をする。それに対してミストは、一瞥をくれるだけで歩き出す。

……門の警備兵が怪訝な顔で俺とレイラを見ていたが、顔を背けて無視を決め込んだ。


(ミスト………ミスト・グッドマン……? 奇妙な名前だな。……どことなく偽名臭いというか)


『余り周りを見るな。因縁をつけられては面倒だ』


城壁の向こう側に広がっていた景色は、俺がいた街とは全く別の……しかし異質さに溢れた街だった。


往来をゆく人々は、所謂ヨーロッパの貴族を思わせるドレスや装束で装っている。

そうでない人々もいるが、誰も彼もが小綺麗だ。薄汚れた服を着ているものはいない。


(……電線が通ってる)


だが、それよりも驚いたのは、電線が街に通っていることだった。

見慣れた電線が引かれ、巨大な建物には……やはり大型のテレビ・ビジョンが取り付けられている。

画面の向こうに映る女性は、やはり中世風の格好。手に持った原稿を読み上げていた。

立ち並ぶ電灯はガス燈に似せられてはいたが、LED照明の青白い光を以て照らしていた。


(………ロボットの馬……?)


車は見えないが、古めかしい雰囲気の馬車が走っている。

その馬車を牽引しているのは、生身の馬ではなく。……レトロな雰囲気のロボットの馬だった。

敢えてなのか、内部機器や配線は剥き出し。リベット止め風の装飾が施されている。


中世風の貴族趣味と、ハイ・テクノロジーが混ざりあった奇怪な大都市。


「………んなっ………!?」


けたたましいプロペラの回転音が響くと共に、闇夜の空に巨大な影が飛ぶ。……白い飛行船だ。

かつてツェッペリンと呼ばれた、空の覇者。海原を泳ぐ鯨を思わせるような雄大さで空を泳いでいく。


《元老連盟より通達です。先日、各地で引き起こされた夜廻鬼の襲撃にーーー》


飛行船に取り付けられたスピーカー。そこから、少しくぐもった女性の声が聞こえた。……合成音声だ。


《ーーー元老連盟は、臨時的な【遊撃猟犬】の志願制度在置を決定。満16歳から35歳までのーーー》


耳慣れない言葉が幾つも聞こえた。 ただ、理解できたのは。

……あの日の夜廻鬼の発生は、やはり異常な事態であったことだ。

廃止していた何かの制度を戻す程の。


『聞こえたな? 少年』


歩きながらミストが言う。


『遊撃猟犬。……これから君が集められ、所属することになる組織。……君のような流れ人は、好む好まざるに関わらず、所属することになる』


「……それに所属すれば……レイラは……」


『完治するまで、相応しい治療を無償で受けられる。無論、君が所属し続ける限りは……だがね』


言葉に何処となく違和感を感じたが、無償で治療を受けさせてもらえるのなら、これほどありがたいことはない。


『こっちだ。……中央区画に向かう』


辿り着いたのは、街の中央部にある厳重な防備の施された区画。 

その区画全体がまた分厚い鉄壁に覆われ、区画中央に見える巨城はお伽噺の城を思わせた。


「グッドマン最先任上級曹長殿! 警備は万全であります!」


『………流れ人を連れてきた。連れの少女を病院へ。偽好調期の末期だ』


「はっ! ……そこの流れ人。君の連れは我々が預かる」


「………よろしくお願いします」


レイラを兵士に渡す。

渡して、頭を下げた。

どうか、レイラをよろしくお願いします……と。


『君以外の流れ人や志願者は既に集まっている。……拠点に急ぐぞ』



その場所は、兵士の駐屯する拠点というには、余りにも絢爛華美な場所だった。


銀細工師が丹念に彫り上げたのだろう、銀製の……猟犬のレリーフが嵌め込まれた大扉。ブーツの足裏を以て歩く赤いカーペットは、そのまま毛布として包まれそうなくらいに柔らかい。


「…………」


頭上に目を向ければ、橙色の光で照らすシャンデリア。

エアコンか暖房機器でもあるのか、拠点内は冬の寒さを忘れさせる、程よい暖かさに包まれている。


『この扉の先が集会所だ。案内はここまでになる。………失礼する』


「あっ………案内、ありがとうございました……!」


ミストは首をしゃくって、そのまま踵を返した。

俺は、一度深呼吸をしてから扉に手を掛ける。


「………わぁ………」


目前に広がるのは、集会所の名に相応しい光景だった。

猟犬のタペストリーが掲げられた壁。周りには年の近そうな男子と女子とがそれぞれ談笑しあっていた。

……その中に、見知った顔を見つける。


「うん? ……なんだ、最近流れ着いた最後の流れ人ってのは……お前だったのか」


人を小馬鹿にした声。

……良い思い出のない声だ。

一歩近づいて、ニヤニヤと笑う。


「あっれぇ? 霧野クンじゃぁん? 死んだかと思ったわぁ、お前ってトロいし」

「ふふふ、聞きましたよ? ……君は異能が使えないらしいですね。……向こうの世界に居た時も落ちこぼれ。こっちでは無能、ですか」


「北条……喜馬……立花……」


近づいて来たのは、三人の青年。

……あの日、同じくバスに乗っていた青年たちで。

……同じ学校に通っていたクラスメートだ。仲は……あまり良くはなかった。


「ふぅーん、この人がショーイチの言ってた無能クン?」


「ははは、そうだミレイア! 

……可哀想な落ちこぼれでねぇ?」


女を隣りに侍らせているのが、

北条 翔一。僻み半分で言うが、顔も良く運動神経もある奴だ。

でも、あまり気分のいい奴ではない。

……テストのカンニングを断ったら、逆恨みされて何かとちょっかいを掛けられていた。


「ただの落ちこぼれじゃねぇぜ? ミレイアちゃぁん? ……運動も勉強も並以下! ダッセェよなぁ!」


佐渡の取り巻き紛いに近くにいるのは、不良風の青年。

喜馬 真司。

……中学の頃までは仲は良かったが……気がつけばこうだ。

いつの間にか、喜馬と俺は友達では無くなっていた。


「困るんですよねぇ……品位を下げるような無能が転移してきては。……はぁ……迷惑しか掛けられないんですか?」


格好つけて肩を竦める、眼鏡の青年。立花 巧。

学年でも常に成績は10位以内をキープする秀才。頭はいい。

それは俺も手離しに認めているが、それを鼻にかけて人を小馬鹿にする癖がある。


「ははっ! 見ろよ翔一、巧! コイツ、こんなオンボロな銃使ってるぜ!」


喜馬に肩を押されて、ライフル銃をひったくられた。


「か、返せよ!」


「か、かえせよぉっ! だってさ! はははは! ダッセェくらいにオンボロだな。ゴミ捨て場で拾ったのかよ?」


「おいおい、喜馬。そんな汚ぇ銃に触ったら手が汚れるぞ?」


「その手で僕に触れないで欲しいな、喜馬くん。……あぁ、汚い」


「こんのっ………!」


怒りに任せて掴みかかろうとした。

……けれど俺は、怒りを必死に抑えて拳を握りしめる。


「なんだよぉ、霧野クン? 殴れよ、ほぉら。……度胸も無ぇクセにイキがりやがってゴミが」


「………返してくれ。お願いだから」


ここで問題を起こせば、どうなるか分からない。……悔しくてたまらないが、それでも抑える。


「おい喜馬、貸してみろよ俺に」


「翔一クン?」


北条が喜馬から俺の銃を受け取ると、気だるげに玩ぶ。

そうしてレバーを片手で回して、銃口を俺に向かって突きつけた。


「小汚いが面白い銃だな、霧野。……お前を撃ち殺して奪ってしまおうか? はははは!」


「おい! いい加減にしろよお前ら!」


割って入って来たのは、一人の男子と……女子だった。年は同じくらいだろう。


「さっきから見てたけど……アンタラ、5歳のガキかなんか!?」


「いい加減にしろっての!」


男子の方は体格が良く、腕は格闘技の選手を思わせるような太さだった。顔立ちも大人びて、声は低くドスが効いている。

……北条たちが目に見えて怯む。


「な、なんだよテメェ……!」


「………ちっ」


「ちょ、ちょっとショーイチ……!?」


「き、君たち! 僕たちが流れ人と知ってーーー」


「知ってるわよ? ……この拠点内では能力が封じられているんでしょ? それに。……ここで銃を撃ったら処刑モノ。で? どうするの眼鏡の頭でっかちさん?」


女子の方は、快活な雰囲気だった。

ポニーテールにした長い髪に、目つきは少しキツイが……顔立ちは整っている。


「………ふんっ! 助けてもらえて良かったな、霧野。……情けない奴め」


「………あっ……」


北条が俺の銃を床に投げ捨てる。

ガチャンッ……と金属の擦れる厭な音がした。急いで拾い、故障していないかを確かめる。


「何見てんだテメェら!! 退けっ!!」


「………くっ……き、拠点から出たら覚えていなさいっ……!!」


「ちっ……行くぞ、ミレイア!!」


「……あ、う、うん!」


北条たちが、野次馬まがいに此方を見ていた奴らを押し退けて、集会所の隅へと向かっていった。

俺は向き直って、今しがた助けてくれた二人に礼を言う。


「ありがとう、助けてくれて……」


「良いって、良いって! アイツラ、流れ人だからってデカい顔してさ。……あ、俺ジェームズ! よろしくな!」


差し出された右手を握り返して、握手を交わす。


「俺は優真。……ユーマでいいよ」


「ユーマか。……んで、こっちにいるのがーーー」


「ルーシーよ。この筋肉バカとは同郷なの」


「おい!? 誰がバカだよ!?」


ルーシーと名乗った女子とも、同じく握手を交わす。

ジェームズとルーシーか。

……こうして誰かと知り合えると、幾らか心強く感じられる。


「バカはバカでしょ?……銃は大丈夫? ……レバーアクションって、あーいう操作すると壊れちゃうから……」 


銃を操作して、動作を確かめた。

……動作に問題はないように思える。


「大丈夫だと思う……」


「そう。よかった」


「銃のトラブルはルーシーに言えよな! こいつの親父さん、銃職人でさ」


「まぁ……複雑な機構の銃は……無理だけどね」


「ありがとう。……何かあったら色々と二人に相談させてくれ」


「おう! ……にしても」


ジェームズがちらと目線を動かす。

その先にいるのは……北条たちだ。

ジトッ……とした目で北条たちを睨むと、呆れ果てたという風に口を開く。


「品位だの何だの言ってたけどよ。……一番品位を下げてんのはアイツラだっての」


「ほんと!……遊撃猟犬の品位も落ちちゃうわ」


「あの……さ」


俺は二人に尋ねる。


「遊撃猟犬って……その、どういうものなの……そもそも?」


「………えっ……!? ユーマお前、もしかして知らずに来たのか!?」


「流れ人は所属しろって言われて……あはは……は」


ジェームズとルーシーが顔を見合わせる。先に口を開いたのは、ルーシーだった。


「……すっごく掻い摘んで分かりやすく言うと………猟犬と同等の扱いを受けられる夜狼ってとこ。基本的には貴族様の命令で動くことになるわ」


「てことは……半貴族直属の夜狼……?」


「そーいうこと。猟犬と同じく、平民出身だろうと色んな特権を得られるようになるの。

……家族を都市に住ませられたり、無料で医療を受けられたりとか。……後は……税の支払い義務なんかも完全に無くなる。……命を賭けて戦うわけだからね」


「実を言うとさ。俺とルーシーはその特権を狙って志願したんだ。

……俺ら、ここから近い海辺の街から来たんだけど……」


「………海辺に出る夜廻鬼は……危険なモノが多いの。だから家族をこの第Ⅰ行政都市に連れてきたくてね」


二人が目を細める。

……家族のことを頭に浮かべているのだろう。


「遊撃猟犬に志願したーってお袋に言ったら、そんな危ないモンになるなんて……親不孝者っ!……て怒られちゃってさ」


「私もそう。……でも、家族には安全に暮らして欲しいしね。……必死に生き延びないと」


「……………」


「って………悪ぃ悪ぃ! 湿っぽい話しちまったな! ……ユーマは? 遊撃猟犬になってやりたい事とかないのか?」


「俺は……」


二人に、俺は今日までの経緯を話す。三ヶ月間の思い出のことや、レイラの病気を治すために、こうして遊撃猟犬に志願したことを話した。


話している間、二人は黙って耳を傾けて、時折俺の話に相槌で返してくれた。

……悪い奴らじゃないと、そう思えた。


「すげぇな、ユーマは……」


「うん……! あんな奴らと違って、昔話に出てくる流れ人様みたい。……カッコイイじゃん」


「いや……そんなことはないよ。……このイセカイに一人ぼっちだった俺を、家族同然に扱ってくれたんだバルガルさんとレイラは。……だから、さ」


「そっか。……なぁ、ユーマ。これは、提案何だけどさ………おっと……」


ジェームズが何かを言いかけたところで、スピーカー越しの声が響く。


《これより、ラザフ伯爵領第Ⅰ行政都市所属遊撃猟犬の入隊式を執り行う。全員、整列し開始を待て!!》


整列して開始を待て。

……聞こえた指示通りに、皆動き出す。まるで学校の朝礼か入学式みたいだ。


「詳しい話は後だ、ユーマ。今は整列しねぇと」


「命令違反のきらいがある……なんて評価されちゃったら、出世に響くしね。さっさと整列しちゃおうよ」


「えーっと……二人の近くで整列してもいい?」


「駄目なわけねぇじゃん! とにかく並んじまおう」


適当な列に三人で紛れ込んで、直立不動を保つ。

ますます学校みたいだな。

やがて、スポット・ライトが演壇に当てられて、集会所全体が仄暗くなる。


《ルディ・ファーガソン第Ⅰ行政都市統合元帥、およびミスト・グッドマン最先任上級曹長に敬礼!!》


(ミスト……グッドマン……!)


周りに倣い、俺は敬礼で二人の男を迎える。……どちらも見たことがある。なんなら、片方に至ってはつい一、ニ時間くらい前まで話していた。


片目の濁った壮年の男と、ヘルメット型の装置を被った奇怪な男。

難民キャンプまで、俺を迎えに来た二人だった。


「すっげぇ……! ルディ元帥にミスト上級曹長だ……! サ、サインとか貰ったら怒られっかな……?」


隣りに並んでいたジェームズが、興奮気味に………けれども小声で言う。俺も小声で、ジェームズに尋ねた。


「ねぇ、ジェームズ」


「うん? なんだよ、ユーマ」


「そんなに凄い人たちなの……?」


「………はぁ……!? おいおい、それ本気で言ってる!?」


「ほ、本気も何も……よく知らないし……」


「っはぁー……凄いなんてもんじゃねぇよ……! ルディ元帥は世界最高の猟犬って呼ばれてた人で……上級曹長に至っては……!」


興奮気味に、ジェームズは言葉を続ける。……特にミストを見る目は、ヒーローショーでヒーローに会った子供みたいにキラキラだ。


「上級曹長は………生ける伝説だ。

何年か前にふらっと現れた流れ人。でも能力は未だに不明。

流れ人としての能力を一切使わずに、大型の夜廻鬼を何十体と仕留めてる! ……このイセカイで上級曹長に憧れない男はいねぇよ………!」


「そ、そうなんだ……」


熱するジェームズに気圧されて、俺は少しだけ。……本当にほんの少しだけだが………引いた。

そんなに早口で熱弁されるとその……なんか怖い。


「俺、上級曹長のブロマイド100枚持ってるぜ………シークレットブロマイドもコンプしてる。あと、元帥のフィギュアも全種。……すげぇだろ?」


それは自慢になるのか、果たして。


「全員、楽にしてくれ。……堅苦しい話は無しだ。長々と語るつもりもない」


口元を演壇のマイクに近づけて、ルディ元帥……とやらが気怠げに言う。気怠げ……というのは少し違うか。辟易しているというか。

無駄なことをさせられて苛立っているように見える。


「諸君らの中には、流れ人が数人いるな。……まぁ、流れ人だろうがそうでなかろうが、夜廻鬼に喰われれば死ぬ。それは変わらん」


場が、幾らかざわつく。

激励のスピーチを皆期待していたのだろう。

北条たちの方を見やると、露骨に顔を顰めて元帥を睨んでいた。

……自分たちの能力に、絶対の自信があるらしい。


「遊撃猟犬などと。

……やたらと仰々しい肩書を諸君らは得る。だが、頭に入れておいてくれ。……諸君らの内、誰一人として特別な人間はいない。私も……そこに立つミストもそうだ」


場は、完全にざわつき出していた。

困惑や当惑、あるいは怒りの言葉が周りにいた志願者たちから漏れていく。


「死んだなら代わりの兵や誰かが補充され、役目を引き継ぐ。……諸君らが幾ら殺されたところで、それは戦死者報告書の。……そこに記される数字が多くなるだけだ」


元帥の言葉は続く。

このざわめきを全く意に返さず、ただ淡々と話し続ける。


「自身に価値があると証明したければ。……他者よりも優れていると、虚勢を張りたければ生き残れ。生きて戦い続け、証明し虚勢を張り続けろ。……話は以上だ。解散してくれ。入隊式はこれで終わりだ、諸君」


マイクから離れて、虫でも払うようなしかたで片手を振る。 

皆拍手をするが、互いに顔を見合わせる。


《い、以上で入隊式を終わりとする!! ……各自、制服を受取りーーー》


「自由時間だ。街を歩くなり寝るなり好きにしろ。訓練は明日、夜六時開始。遅れなければそれでいい」


スピーカー越しの声を遮り、元帥が言う。当初の段取りとは、まるで違うものになったのだろう。

スピーカー越しの声の主にも、焦りと当惑が滲む。


《か、各自……じ、自由時間とする……!!》


遊撃猟犬の入隊式は、奇妙な仕方で終わりとなった。

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無能転移の魔弾射手 あつ犬 @Atuinu

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