遊撃猟犬編
第4話無能の猟犬①
場所は、隣町の郊外。
吐く息は白くたなびきながら、月光の中に消えていく。
「配給を渡す!」
「並べ! 列を乱すな!」
「おかしな真似はするなよ!
我々には射殺権限が与えられている!」
配給の時間だ。
寒空の下で、雇われた夜狼や領主の私兵団が、辺りを巡回しながら霧に備えていた。
……どうやら、数日前に街を襲った夜廻鬼の異常な出現は、他の複数の街でも起きていたらしい。
「ユーマさん……これから……どうなってしまうのでしょうか……」
「大丈夫だよ、レイラ! ……仕事を探して……何とか生きていけるよ。……大丈夫」
「……ぐすっ………お父さんっ………」
だが、そんな事を気にしている余裕なんか俺には無かった。
……難民キャンプにいられるのは、あと僅かな日数の間だけ。
……ずっとは居られない。
「配給を貰ってくるよ、……暖かくして待ってて。……風邪引いちゃうから。
……スープ、今日は肉が入ってたらいいね」
「はい………待ってます、ちゃんと」
それが過ぎたら、立ち退かなくてはけない。親類を頼って命懸けの旅をするか、それとも借金をしてでも金を作り。
……避難先の街での居住権を買うかだ。そのどちらもできなければ、野晒しの荒野で夜廻鬼に喰い殺されるのを待つ他ない。
「聞いたか? ……山向の街は被害が少なかったらしい」
「流れ人のおかげらしいぞ」
「夜廻鬼どもを倒してくれたそうだ」
難民キャンプでの居心地は、あまり良いものではなかった。
……生き延びた同じ街の人々からの視線から少しでも逃げようと、俺は背中を丸めて歩く。
「ウチにもいたよなぁ! 流れ人が……!」
「なんの役にも立たねぇのがよぉ!」
「なんであのヨソモノが生き残って……俺の家族は……くそっ……!」
人混みに紛れるようにして、俺は配給の列に急いだ。
理不尽だとは思う。俺のせいじゃないと叫びたかった。
……でも、そうした所で何も変わらない。問題を起こせば……レイラにも迷惑が掛かる。
大丈夫だ。
……言わせたいやつには、言わせれば良い。黙って今は耐える。
そうしたら……何処か別の街に。
「聞いてんだろ、ガキッ!」
不意に……俺は列から引きずり出された。立ち退きが近付いて……精神的な鬱憤が限界に達したのだろう。……だとしても、どうして俺が八つ当たりされなきゃいけないんだ。こんなの……理不尽だ。
「……っ!? は、離してくださいっ! 誰かぁっ!!」
……助けを求めて叫ぶが、チラと見るだけで誰も助けてはくれない。
「流れ人の癖によぉっ!! ……約立たずの無能がぁっ!!」
「夜廻鬼がでたのは……テメェのせいなんじゃねぇか!? あぁ!?」
「テメェが死ねばよかったんだ……! 俺の……俺のガキと女房の代わりにっ!」
「おい、そこ! 何やってる!」
「た、助けてくださいっ……!」
私兵の一人が、叫び声に気が付いて向かってくる。必死に助けてくれと、俺は呼びかけた。
「噂の……流れ人か」
「兵士さん、これで頼みますよ……へへ、見なかったことに」
「俺たちぁこのクソガキ以外に用は無ぇんでさぁ」
「……俺も出しやすんで」
男たちが懐に手を入れて。
……幾らかの金を取り出すのが見えた。その金を私兵が受け取る。
掌の中で玩びながら数を数えると、満足げに小さく笑う。
「ふむ」
私兵が俺に近づいてくる。
そうして。
「ぐぅ゙っ゙…………!?」
……俺は、腹に拳をもらう。
息ができなくなりそうな、重い拳。
えづきながら、俺は膝から崩折れる。
「ふん。……俺は流れ人というモノを好かん。勝手に流れ着いてきやがる……“浮浪者”めが」
「な………んで………」
口をついて出たのは、「何で」の一言だった。勝手に流れ着いて来た……?
俺だって、好きでこの世界に来たわけじゃない。
「なまじ力を持つから」
踏みつけられる。
「無駄に貴族連中に取り立てられ!」
踏みつける足が増えていく。
「あれよあれよと、特権階級のいいご身分ってなぁ!」
「へへへ、兵士様の言う通りだぜ!」
「流れ人ってのはよぉ!」
「おらっ! おらぁっ!」
私兵と一緒になって、男たちが俺を踏みつける。身体を必死に丸めて、痛みに耐え続ける。
「ははは、流れ人! 悔しいか? 確か異能を持たないらしいな貴様は? 無様だな」
「ぅ……ぁ………」
髪を掴まれた。掴まれて、無理矢理に顔を上げさせられる。
……挑発するように、私兵は俺の頬を何度か叩く。
「……ユーマさんっ!」
「………っ!?」
聞き慣れた声が後ろからした。
……その声に、俺は項が寒くなるのを感じた。夜冬の寒さではなく、もっと怖気のするような寒さを。
「レ………イ………ラ……! きちゃ……だめだ………っ」
配給を取りに行って、戻ってこない俺を心配したのか。
……レイラがそこにはいた。
「ユーマさん……! お、お願いします……! ユーマさんに酷いことしないでくださいっ……!」
「うん? なんだそのガキは」
「そのガキの親父が、そこの流れ人を招き入れたんですよ!」
「ふんっ、病だか何だか知らないが、煩く咳こんでよぉ!」
「役立たずのガキがっ!」
必死に手を伸ばす。
……だが、レイラには届かない。
やめろレイラ……!
……俺は大丈夫だから、どうか戻ってくれ。
「きゃぁっ………!」
「邪魔をするな、ガキが」
「レイラっ……!?」
私兵がレイラを突き飛ばす。
……小さな身体は、その衝撃に耐えきれずにバランスを崩して。
地面に倒れてしまう。……剥き出しの地面。擦りむいた腕が痛々しい。
「やめろっ……! やめてくれ……」
「やめろ、だと? ……自分の立場が分かっていなようだな、流れ人」
銃口を額に突きつけられる。
私兵はニタニタと愉しげに笑い、突きつけている銃の。
……その安全装置に指を当てた。
「アサルトライフル……と言うらしいなこの銃は。貴様ら流れ人は気に食わないが……異世界の武器は素晴らしい。……ふふふ、引き金を引けば弾が連射され……お前は蜂の巣になる。……そこのガキもなぁ?」
「……………!」
やめろと。
そう声を振り絞って叫ぶ。
響くのは、嘲笑と。
「…………?」
―――嘲笑を掻き消す、四つの銃声。
俺の額に銃口を突きつけていた私兵と目があった。……光のない目。
命がない、死人の目だ。
私兵の額には、丸穴のような空洞。
……滴る赤黒い血が、鼻筋を通って奴の顔を染めてあげていく。
瞬きをする間に、私兵は崩折れて……二度と再び。
動かなくなった。
「なっ………あ…………?」
一瞬の静けさの後。
「うわぁぁぁぁ!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ひ、人殺しぃっ!?」
「う、撃たれたのか……!?」
辺りは悲鳴と狂騒に包まれる。
私兵と……俺に因縁をつけてきた男たちとが、額に風穴を開けられて死んでいた。
「静かにさせろ」
『…………』
再びの銃声。
……その銃声に、辺りは静けさを取り戻す。
「【猟犬】……!? な、なぜ猟犬がこんなキャンプに……!?」
「し、知るかそんなの!」
「け……敬礼……っ!!」
事態を収集させる為に集まった夜狼たちや、私兵が。
……猟犬と呼ばれた男たちに向かって、敬礼をする。
「……っ!? レ、レイラ……! こっちに……!」
急いでレイラを抱き起こして、彼女を庇う。
……現れたのは、二人の男だった。
服装はどちらも同じ。
揃いの職服だと一目でわかる、革製のトレンチコートと軍用の黒ブーツ。コートの下に見えるシャツは白く、片腕に巻かれた腕章には、吠え猛ける猟犬のシルエットがあった。
「このキャンプにいる流れ人というのは……君だな?」
「……そうです」
だが、年齢と背恰好は違う。
一人は銃をホルスターに収めた壮年の男。眼光は鋭いが、片目は白く濁っていた。
髪は灰色がかった白髪で、蓄えた口髭とが厳しい。
背は俺と同じくらいだ。170と少しか。声は、ある種の威厳を感じさせる。
「君に危害を加える気はない。………流れ人を集めよとの命令を受け、君の前にいる。……我々と来てもらえると助かる」
対して。
その壮年の男の直ぐ側で静かに佇んでいたのは、異様な男だった。
顔を完全に覆う、ヘルメット型の装置を着けた長身の男。
180以上はあるだろうか。
厚手のトレンチコートで身を覆ってなお、鍛えられた肉体の持ち主だとわかる。
……男の手にしているリボルバーからは、硝煙が未だ立ち上っていた。
「……貴方たちは……何なんですか……?」
「我々は猟犬。端的に言えば、貴族の使い走り。……飼い犬だ」
「………貴族の……?」
壮年の男は、言葉を続ける。
「そうだ。……君がついてくるのなら、彼女のことも保護しよう。……苦しそうにしている、その少女をな」
「……!? レイラ……!? しっかりしてくれ、レイラ……!!」
俺の腕の中で、レイラは過呼吸気味な呼吸を繰り返す。
……意識は朦朧としているのか、返事はなく、グッタリとして力はない。
「咳き込んでいるだのと聞こえたが……偽好調期に入った肺病人だったか。……どうする? ついてくるかね?」
「レ、レイラを……! こ、この子を…………!」
「………君がついてくるのなら、治療を受ける“機会”を差し伸べよう。……約束だ」
「……っ!! い、行きます!! 行きますから……!! こ、この子を助けてくださいっ……!!」
断る理由はない。
二つ返事で、俺は壮年の男の話を飲んだ。流れ人を集めて何をする気なのかは知らないし、どうでもいい。
……レイラを助けられるのなら、今はそれで構わない。
「では、この男。……ミストについていけ」
ミスト……と呼ばれた長身の男は、返事をするでもなく踵を返して歩き出した。チラと首を動かして此方を見やり、無言で「ついてこい」と言う。
その背中を、俺はレイラを抱きかかえて追いかける。
(………!)
幾らか歩いた先に停まっていたのは、一台の天蓋の付いたトラック。
……このイセカイには似つかわしくない、現代的な軍用の小型トラックが停まっていた。
『………乗れ』
ヘルメット型の装置越しの声は、くぐもった合成音声のようだった。
ミストがトラックの荷台に乗り込む。それに倣って、俺も荷台へと乗り込んだ。
『………』
荷台に乗り込むと、ミストに吸入器を投げ渡される。
……レイラに使え、と言うことだろか。
口元に押し当てて、スイッチを入れる。霧状になった薬液が噴霧されていく。
「………すぅ………すぅ………」
やがて発作が収まったかのように、レイラの呼吸は、小さく静かなモノへと変わった。
「薬……あ、ありがとうございます……」
『…………』
返事はない。
背筋を伸ばして、ミストは座る。
風貌も相まって、人型の機械のように見えてしまう。
「これから……何処へ……?」
『……ラザフ侯爵領第Ⅰ行政都市。貴族の直轄都市に向かう』
「……直轄都市……すごく、大きな街って……ことですよね」
『お前は』
「………えっ?」
『ーーーお前は何回、“死ぬ”のだろうな』
トラックが、走り出す。
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