第3話無能転移の青年③

「計画はどうなっている?」


その場には、幾人かの男女がいた。


騎士物語を思わせるラウンド・テーブルを囲みながら、会合は続いていく。

会合に用いられる部屋は、貴族趣味な豪奢絢爛な内装で。

その天井からぶら下がるシャンデリアは、電気によって灯されている。


「まぁまぁ、皆様方!……酒を片手に語らおうではありませんか」


一人が言う。

各々、その言葉に反応を返す。

酒を片手に話すことではない、と語気を強めて言う者。

どうせただの戯れと、酒を飲むことに同意する者。

あるいは、興味なさげな生返事だけを返して自身の思索に没頭する者。


「では、乾杯と参りましょう!」


反応は様々だったが、やがて皆。

……結局はグラスを傾け合うことに決まる。

誰かがフィンガー・スナップを一つすると、一瞬の電子音が響いて……小洒落た夜会音楽がスピーカーを通して流れてくる。


「して、計画は! 進んでいるのか!」


「ご安心なさい、―――。この世界は我々の手にある」


「またそう誤魔化して……上手く行っていないのでしょう?」


「ははっ、―――! 貴公の技士たちは無能とみえる!」


カラン……と小さな音がした。

ワインボトルを冷やしていた氷が、ゆっくりと溶けていった。


「………これは手厳しい。……想定していたモノとは違い、範囲を絞れないのです」


「となれば……無作為な場所になってしまう……ということか?」


誰かが、グラスを傾けて嚥下する。

シャンデリアの光に照らされたそれは、今しがた屠られた……贄が流す鮮血のようにも見える。


「そうではありません。地域といった大雑把な調整は可能です。ただ、街や村の指定には……難儀しているというだけで」


「なるほどな……ふぅーむ……ある程度のコラテラル・ダメージは仕方がないか」


「コラテラル・ダメージ? ははは! 御冗談を! ……取るに足らないものが消えるだけだ。何の損害もない」


「ずいぶんと短絡的な思考ね……ふふふ。酔が回ったのかしら」


「えぇい! 気楽に考えおって!」


「そうお怒りにならずに、―――。……取るに足りないというのは……間違いではありませんよ」


……会合は、続いていく。



ニワトリが鳴く少し前に、俺は目を覚ました。寝床として借りているソファから起き上がって、いつものように毛布を畳んで置いておく。

身支度を整えたら、皆で朝食を摂る。


「おう、起きたなユーマ」


「こんばんわ、バルガルさん。レイラもこんばんわ」


「こんばんわ、ユーマさん」


季節は冬。

俺がこのイセカイに転移してから、早いものでもう……三ヶ月が経とうとしていた。未だに元の世界に帰れそうな兆候は無いが、何とか此処で生きている。


「あの、ユーマさん。今日も寝る前に勉強を教えてくれませんか……?」


「もちろん」


「勉強か。頑張るのはいいことだが、明け方になったらちゃんと寝ろよ? はっはっは!」


この三ヶ月で、色々とこのイセカイに関してわかったことがある。

……昼夜が半ば逆転しているこの自然環境だけでなく、人々を取り巻く生活環境に関しても、色々とわかった。


「大丈夫です、お父さん! 

……最近は身体の調子もいいんです! きっと......治ったんですよ」


「ははは。……ユーマが兄貴分になってくれて、何か元気が出たんだろうさ」


まず、このイセカイという名前。

やはり、日本語の“異世界”が語源になっていた。

バルガルや街の人々曰く、

『暦を数えるという考えも無かったくらいの昔に、最初の流れ人達がやってきた』という。


「………ごちそうさま。……行かないと。予報だと、今日は確か霧が……」


「あぁ、出ないらしい。予報士の予報なんざ外れて当たり前だが……ビビってちゃ仕事にならねぇしな」


それら流れ人達は、文字通りの超常的な力を振るい……夜廻鬼。

夜霧と共に現れる、怪物たちを蹴散らしてイセカイを支配した。


そうして、発電機や蒸気機関などのテクノロジー。

身分区分による階級を用いた、統治機構の概念。銃といった武器を与え、イセカイの文明を発展させたらしい。


「遠出はせずに、近場で狩りますよ。……大丈夫そうなら、少し森に入って。……稼がないと」


「……あぁ。……大物を仕留められりゃいいんだがなぁ」


貴族たちは自らを流れ人たちの子孫とし、より高度なテクノロジーを専有している。

……高いテクノロジーを用いて造られたのであろうスコープですら、平民用。

なら、貴族の専有するテクノロジーがどれほどのものなのかは……想像もできない。


「行ってきます」


「いってらっしゃい、ユーマさん。......私もそろそろ行かないと」


「なら、途中まで一緒に行こうよレイラ」


「はい! ......お喋りしながら行きましょう」


「おぅ、俺は森の西側に行くよ。気を付けてな二人とも」


ライフル銃を肩に下げて、俺はレイラと家を後にする。

......初めの内は流れ人として珍しがられたが。


「おう、こんばんわユーマ!」

「今日も狩りか?」

「暇がありゃぁ、お前の世界のことまた聞かしくれよ!」


今では、ありふれた風景の一つとしてこの街に馴染んでいる。

ありがたいコトだとは思う。


「ふんっ……流れ人のガキが。気に喰わねぇな」

「流れ人は不吉だって話もあるぜ? ......そのうち災いが起こるやも」

「………目ぇ光らしとけ」


……もちろん、皆が皆。

俺という存在を歓迎してくれているわじゃない。流れ人だから気に食わないという人は、やはりいるものだ。


「またあの人たち、あんなひどいこと言って......。 気にしなくていいですからね、ユーマさん! ......ユーマさんが素敵な人だって、私......知ってますから!」


「あはは、ありがとうレイラ。......別に気にしてなんかいないさ」


とはいえ、『能力を持たない』流れ人。

それが、自他共に……街の住人ほぼ全員が認める俺に対する認識だ。

……流れ人は大なり小なり、何かの異能力を持ってこのイセカイに流れてくる。


炎を自在に操る者から、無から有を生み出すようなチートじみた者まで。……多種多様な流れ人がいたらしい。


「坊っちゃん! スマートポンは今日こそぉっ!」


「………売らないよ?」


「ぬぐぉぉぉぉぉぉっ!!」


………でも、俺にはそうした異能力の類が一切ない。

手から炎は出ないし、魔法で敵を殲滅するなんて無理。

途轍もない数のスキルを発動して無双する……なんてコトも当然できない。


まったくの『無能』。

流れ人のくせに能力が使えない変わり者。それが、このイセカイにおける俺の立ち位置だ。


(………稼がないとな、お金)


森に入って、獲物を探す。

そうして、今夜も銃を構えて……引き金を弾いた。



暖炉の炎が揺れている。

焚べられた薪は、もう間もなくで燃え尽きて灰になる。


「おう、ユーマ。レイラは寝ちまったか?」


「ぐっすり寝てます」


時刻は夜明け少し前。

俺はバルガルと共に銃の清掃をしていた。

大事な商売道具の手入れだ。寝る前の欠かせない習慣だった。


「………あの、レイラの調子は」


「………すこぶる悪い。……偽好調期に入っちまってる。……もっとちゃんとした薬を使うか……都市部の医者様に診てもらうしかねぇ」


「………そう、ですか」


俺もバルガルも、必死になって金を集めていた。

レイラの患っている肺病を治療するには、多額の金がいる。


「偽好調期なんざ……はっ……! ……元気になったと思わせて……いつ逝ってもおかしくねぇだなんてよ」


レイラの患っている肺病は、このイセカイ特有の病だった。

非感染性の……先天的な病。

喘息に似た症状が出るのだが、その実。……結核のように患者の命を蝕んでいく。


「………諦めたくねぇがな。……もう無理なのかもしれねぇ。それに、この時期は動物たちも冬籠りを始める。……碌な獲物がとれやしねぇ」


「そんな………」


この肺病には段階があり……喘息のような症状と倦怠感ある段階。

これは、薬で症状を抑えて対処できる。この段階を維持できれば、大人になる頃には治ってしまう。 


「どうしようもねぇんだよ、ユーマ。……せめて……安らかに逝ってくれることを祈るしかねぇよ……」


だが、そこから次の段階。

偽好調期に入ってしまったら……肺病はたちどころに死病へと姿を変える。喘息の症状や倦怠感は身体から消え去って活力に溢れたような状態になる。

そうして、ある日突然に。………死に至るのだ。


レイラもわかってはいるのだ、自分が長くはないことを。

けれど......気持ちだけでも負けないよう、もう治ったと言い聞かせて頑張っている。

すこしでも、バルガルに“元気な娘”としての自分の姿を、覚えていてもらおうと。


「……ははっ、お前が気に病むことじゃねぇよユーマ。……お前がいた世界ってのは、よっぽど暖っけぇ世界なんだろうなぁ………。ありがとうよ。レイラのために色々と」


そう言って、バルガルが力なく笑う。


「やめてくださいよ……そんな……! 諦めちゃ駄目ですよ!」


親が子供を助けることを諦めなくてはいけない。

……そんなの、寂しすぎる。右も左も分からなかった俺を。

……見ず知らずの俺を助けてくれたのだ、この父娘は。

だから助けたい。………力になりたいと思った。


「……俺が」


「………うん?」


「俺が………夜狼になって稼ぎます。……そしたら」


「馬鹿野郎っ!! バカなこと言ってんじゃねぇっ!!」


「俺は本気ですっ!」


夜狼。

……夜廻鬼を専門に狩るハンターだ。

所謂フリーランス。

あるいは街と契約を結んで、霧の夜に夜廻鬼を狩り殺す。

得られる契約金は高く、夜廻鬼を狩れば狩った分だけ報酬は上乗せされる。


……その分、命の危険は付いて回るが。


「俺だって……インプ級なら何匹か仕留めてます! だから……!」


最も小型の夜廻鬼とはいえ、俺だって先の霧の夜に仕留めているんだ。

……きっと何とかなる筈だ。


「……止めておけユーマ。

……三匹、四匹。家の中からコソコソとぶっ放して殺して。……それで夜狼になれるなんていう、甘ったれた考えしてるんならなおさらだ」


バルガルは、ぽつりぽつりと語りだす。


「……いいか、ユーマ。

……よく聞け。よーく……聞いてくれ。

……若い時ってのはな、無鉄砲な考えが頭に過るもんだ。……そうして、その考えが正しいもんだと思いこんじまう」


「…………」


「俺も昔、夜狼だったからわかる。……止めておけ。命を粗末にするな。霧の夜に彷徨いて奴らを狩り殺すのは……地獄に身投げするのと変わらねぇよ」


バルガルは、深く目を閉じて。

……言葉を続ける。


「……逃げ出した夜狼どもを俺は情けねえと罵ったが。……気持ちは分かるさ、逃げ出したくもなる。

……インプ級にだってな、ユーマ。人間は簡単に殺されるんだ。

……俺はな、仲間の夜狼が目の前で喰い殺されるのを何度も見てきた。……悲鳴が耳にこびりついて離れねぇよ。生きたまま捩じ切られて食い散らかされて。……蛆もたからねぇ死骸になる」


返す言葉を探したが、見つけられない。バルガルにどう言葉を返せばいいのか。……俺には、分からなかった。


「……わかったら話は終わりだ。

もう夜明けも近い。

……レイラのことはお前が気に病むこたぁねぇんだ。

だが……ありがとうな。……何があっても、その優しさを忘れるな。甘い奴だと言われてもな」


「………わかりました」


納得はいかない。

気に病むなと言われても、気持ちのやり場が見つからない。

……赤の他人だと言ってしまえばそれまでだが、それで納得が行くかは別の話だ。

………せめて、スマホをジェールにでも売ってお金に。


「それとな」


「……えっ?」


「釘刺しとく。……スマートポンだっけか? ……売ろうだなんて考えるなよ」


考えを見透かされる。


「……もうバッテリーが無くて、使い物になりませんよ」


「だが、親父さんやお袋さんの写真が入ってるんだろ? ……思い出が詰まってるってことだ。売るんじゃねぇ」


「開いて見れないんです。あってないようなものです……」


「見れなくても、家族との思い出が詰まってるってことが重要なんだよ。……いいから大切に持っておけ。約束だ」


「…………」


「ユーマ」


「………わかりました」


「よし。……もう寝ろ。明日は塩を買いに行くぞ。冬越えまで塩漬け肉で食い繋ぐ」


気分は晴れない。

霧が掛かったような、悶々とした気分で俺は寝床に付いた。

目を閉じる。……とにかく寝なくてはいけない。俺がどう足掻こうと朝が来て日は昇る。そうして……また夜が来る。



「ーーーきろ……!」


声が聞こえた。

なんだ……? 誰か俺を呼んでいるのか?

今……何時だろう……?


「起きろ……! ユーマっ!!」


「………っ!? バルガルさん!?」


開けた薄目を、見開いて飛び起きる。カーテンから差し込むのは、ガス燈の光でもなく。

……沈みかけの、けれどまだ力強く照る太陽の光だった。


「急げ!! 持てるもん持ったら逃げるぞ!!」


寝床の近くに立て掛けておいたライフル銃を握り、狩猟用のショルダーバッグを肩に下げる。

……異常はすぐに理解できた。


(銃声……!)


けたたましい銃声と、ガラスの割れる音。無数の何かが這い回り、肉が砕かれ……啜られてい音が外から響いてくる。


「ユーマ! レイラを頼む!」


「バルガルさんは!?」


レイラを抱きかかえて、家を出る。

目前に広がる光景は……地獄の様相を呈していた。


「とにかくぶっ放しながら追いかける! 早く行け!」


「……ユ、ユーマさんっ……! 街が……街が………っ」


「………大丈夫、夜狼たちが何とかしてくれよ。……今度雇ったのはベテランばっかりだ。大丈夫だから……!」


疑問は幾らでも頭に沸く。

なぜ夜前に……夜廻鬼が現れたか。

太陽は沈みかけているが、

まだ“朝”だ。現れる筈が無いんだ。


「銃身が……!? おい! カバーしてくれ!」

「インプどもめ……! くそっ……!? なんでこんなに湧いてんだぁっ……!?」

「グレネードを投げ込めっ!」

「住人が巻き込まれるぞ!?」

「逃げ遅れた奴はどうせ死ぬ!! いいからやれっ!!」


高台に陣取って、夜狼たちがひたすらに銃を撃ち続けていた。

夥しい数のインプ級の群れに、街は呑まれていく。


「誰かぁっ!? 助けてぇっ!!」

「子供が……子供が家にまだっ……!!」

「は、離せぇっ……!? や、やめろ……やめてぐぅ゙ぃ゙……ぁ………」

「嫌だァァァァっ……!!」


見知った顔があった。

助けを求めて叫ぶ人々の中には、よく知る顔が幾つもあった。

……小さな街だ。一つの学校と同じ程度の規模の街。


「………っ………!」


……走り続ける。

まだ息のあるかもしれない……半死半生で転がる誰かを踏みつけて、

助けを求めて掴んできた誰かの手を蹴って……俺はひたすらに走り続けた。


背後で幾つもの悲鳴が上がる。

一人、また一人と周りにいた誰かが。……飛び掛かってきた夜這鬼に喰われて死んでいく。


「お、お父さんっ……!? イヤぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「……!? バルガルさん……!?」


レイラの悲鳴に振り返って。

……両目に焼き付けられたのは。


「ーーー走……れぇ゙っ゙……」


夜廻鬼に群がられ、肉も骨も砕かれながら呑まれていく……バルガルの姿だった。


「た、弾がもうねぇっ……!?」

「に、逃げろっ……!! もう俺らの手には負えねぇよ!!」

「逃げるってどうするんだよ……!? か、囲まれて……うわぁぁあっ!?」

「く、来るなぁぁぁぁ!!」


高台にいた夜狼たちも、やがて群がられて死んでいく。


「お父さん………お父さんがぁっ………うぁぁ………ぁぁぁぁ………!」


「………バルガルさん……」


レイラと二人抱き合い、ただただ……泣き続ける事しかできない。


走り続けて、隣の街に避難したのは夜明けになる少し前の事だった。

日常になりつつあった、このイセカイでの暮らしは。

……僅か数時間の間に、崩れ去ってしまった。

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