第4話 いつまでも輝く母へ
その結婚式で、わたしは
久美子にはそんなに似ていないが、やはり同じように美人だ。わたしより十歳ぐらい年上のはずだが、若々しい。
「この、わがままで、いきなり何をし始めるかわからない子にずっとつき合ってくださって、ほんとありがとうございます」
とお母さんはわたしにあいさつし、ていねいに腰を折ってお辞儀した。
何をやっても派手っぽさが抜けない久美子と違って、「たおやか」ってこんな感じを言うんだな、というお辞儀のしかただった。
それでも。
久美子が「いきなり何をし始めるかわからない」のはほんとうだけど。
それって、お母さん、あんたが久美子ちゃんをそう育てたんでしょ?
絹の着物でモデルをやるのは最後、と言っておいて、桑を育てるところから始めるとか、それが「いきなり何をし始めるかわからない」でなくて何だろう?
……と、思っていたけど、言わなかった。
それと、このお母さんが「絹と同じくらいに輝いていられないなら」と言ったのも、会ってみて自然だと思った。
内側から輝いているような印象。
決して派手ではないけど、柔らかな光を放っているような、そんな感じの女の人だった。
けっこうお金がありそうな家族なので、披露宴も派手かと思っていると、思ったより地味で簡素な式だった。
夫になる男の人は、フランス文学科の助教とかで、夫側のお客さんは大学の先生とかが多かった。それでなのかどうかはわからない。
それに、お色直しを一回もやらなかったのは、久美子がその絹のウェディングドレスをずっと着ていたかったから、または、着ていなければいけないと思ったからなのかも知れない。
披露宴の最後、新婦のスピーチで、久美子はそのウェディングドレスがどうやってできたかを説明した。
そして、言った。
「わたしは小さいころからなまいきで、母には心配も手間もかけさせて来ました。母は、ほかの親の倍以上、そのわたしのなまいきの相手をしなければいけなかっただろうと思います。それなのに、母は、自分のモデル人生の最後に着るつもりで、桑を育てるところから自分で丹精こめて作った布を、わたしのために使ってくれました。だから、次は、わたしが母のために、母の着る最高の着物を、自分の手と自分の稼ぎで作らないといけないと思っています」
自分の手はともかく、「自分の稼ぎ」と来たか。
「それを、具体的にどうすればいいか、いまのわたしにはまだわかりません」
言って、ことばを切る。
久美子は頬に不敵な笑みを浮かべ、席を見回した。
「でも、急ぐことはないと思います。もともと、母は、自分が絹と同じように輝いていないのに絹の和服を着るのはお
「おコ様」というと同じような誤解が生じると思ったのか、久美子は今日は「おカイコ様」と言った。
「しかし、母の輝きが失われることはないとわたしは思っています」
同感だよ、とわたしは思った。
久美子のお母さんの自然な「輝き」は、歳を重ねたからといって、そうかんたんに消えるものではない。
そう思う。
「だから、いつまでも輝く母に、わたしに何ができるか」
久美子は続けた。
「これまでもいろいろと相談に乗っていただき、その折々にファッションについてもそれ以外についても親身にアドバイスしてくださった人生の先輩のお話もうかがいながら、時間をかけて考えて行きたいと思います」
久美子は、そう言ってわたしを見て、しかも軽くウインクして見せた。
新婦あいさつの途中でウィンクとか!
久美子は、そのまま、澄ました顔で別の話を続けているが。
わたし?
これからもこのなまいき娘、いや、なまいき嫁につき合わないといけないの?
自分の結婚もまだなのに?
でも、いいと思った。
わたしよりも十歳以上も歳上なのに、輝きを失っていない久美子のお母さんと、今日、知り合えた。
そのお母さんと、久美子と。
その二人とこれからおつき合いをして行くことになるのだと思うと、ほっと胸が温かくなるような感じがしたから。
たぶん、わがまま娘と、そのわがまま娘を育てた親とに振り回されるスリルのホットさもまじった、そんな温かな感じが。
(終)
いつまでも輝く母へ 清瀬 六朗 @r_kiyose
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