第28話 その後の顛末
ザッハークが倒れてからの出来事は、孤児院のベッドの上で事後形式で聞かされることになった。
何故なら聖剣による体力消耗が激しくて、すぐに倒れてしまったからだ。
僕と別れたあと、言及していた通り賢者とボンゴレちゃんは敵戦力の詳細な把握をするために動いていたらしい。
単純な魔力感知や探知魔法もあったが、敵が工作している可能性もある。
その可能性を潰すため多少時間はかかったが、把握して後顧の憂いを断ちさえすれば流石は賢者。
ものの数秒で数百に上る魔物の群れを壊滅させると、僕たちの救護に来てくれたらしい。
因みに、僕がいない間に内側の魔物を抑えてくれていたのはやはりリリィさんだった。
彼女の魔法による状態異常で魔物の動きを抑制し、被害を最小限に食い止めてくれたのだとか。
そして動けない魔物たちを賢者とボンゴレちゃんでバッタバッタと狩り回ったという。
「いやあ、オマエに見せたかったぜ。オレが特級魔法で魔物の大軍を全滅させるところをよ」
「一気に魔力を使いすぎて呪いの痛みで暫く悶絶していた貴方を介抱してあげた恩を忘れないでくださいね(○_○)」
「おお、うん……後で飯奢ってやるから……」
「はんばーぐとやらを所望します」
ボンゴレちゃんはどんな時でも相変わらずの食欲旺盛っぷりだった。
ここまで来ると、彼女の変わらなさに感心と安心を覚えてくるレベルだった。
「お疲れ様、ユウ。カッコよかったぞ」
「……はい」
見慣れた美少女形態をした賢者の柔い手が、僕の黒い髪を梳いていく。
むず痒くて、照れ臭くて、でも嬉しくて。
これも多分、僕にとっての勇者になりたい理由の一つなのだろうと思った。
「ユウぐぅぅぅう゛う゛う゛ん!!死ななくてよかったねえええぇぇぇぇ!!!」
「セレナさん、心配してくれるのは嬉しいけど抱きしめられるとその照れるというかなんというかいや別に嬉しくないわけじゃないんだけど反応に困るっていうかそのね」
一連の騒動で、セレナさんは指示を貫徹して子供達を守り続けてくれた。
それもまた並々ならない精神力がなければ成し得ないことだ。
その上で更にザッハークを倒すための手助けすら察してこなしてくれたのだから、とても頭が上がらなかった。
「あっくんを治してくれてありがとう。セレナさんがいなかったら負けてたよ」
「うん、あの人も本当に危なくて……あたしの魔法はまだまだ習得したてだから、あのあとまた腕が取れかけちゃったんだ」
「えっ」
「シスターがちゃんとくっつけてくれたんだけどね」
僕が意識を失っている間にとんでもないことが起こっていたみたいだった。
セレナさんは涙と鼻水で汚れた顔を拭うと、満面の笑みを浮かべて言った。
「やったね、ユウくん!」
「うん、セレナさんもね」
お互いの拳をぶつけ合って戦功を褒め合う。
彼女の笑顔は、やっぱりとても素敵だった。
「…………」
「…………」
ベッドに寝転んで無言のまま休息をとる。
実は今までずっと隣で話しかけるなオーラを出しまくっているアルスくんがいたのだが、みんな配慮して話しかけずにスルーしていた。
いや、賢者に関してはそんな殊勝な気遣いをするとも思えないので単に興味がなかったのかもしれないが。
結局、あの死線を共に潜り抜けたとはいえ僕と彼の仲が急速に縮まる、なんてことはなかった。
当然だ。そんなのは歌劇や小説の中だけの話。
一歩を踏み出すキッカケになることはあっても、現実で仲良くなるには地道な交流が不可欠なのだ。
だから、だろうか。
「……ユウ」
「なにかな、あっくん」
「……今まで、本当にごめんなさい」
「────」
彼の口からそんな言葉が出てくるなんて、到底信じられなかった。
何度も頬をつねって夢か現か確かめる。
うん痛い、間違いなく現実だ。
ということはつまり、今の謝罪も現実……!?
「どっどうしたの?光属性の治癒って体だけじゃなく心も綺麗に治してもらえるの……!?」
「死ね」
よかったいつもの嫌味で口の悪いアルスくんだ。
「……テメェに負けて、あのクソ魔王に心の底からビビりまくって、今まで自分は強いと思っていたのが、思い上がりでしかないと分からされた」
「あっくん」
「俺の負けだよ。完敗だ」
かと思えば、再びアルスくんらしからぬ殊勝な態度に逆戻りした。
きっと彼の中で思うところがあったのだろう。
見事なまでの意気消沈ぶりに、いっそ気持ち悪さすら覚えるほどだった。
わざわざ慰めようなどとは思わない。
だけど一つだけ誤っているところがあったから、そこだけは訂正させてもらう。
「正直、今でも君のことは嫌な奴だと思ってるし、これから先も好きになれそうにないけど」
「…………」
「でも、君の強さを疑ったことはないよ。最後、ちゃんと助けに来てくれてありがとう」
「……そぉかよ」
嫌な奴だけど、嫌になるくらい強い。
それが僕が抱く、アルスという人間への嘘偽りのない感想だった。
「さて、検査の時間です。どこか痛むところはありませんか?」
「いえ、特には。リリィさんの治療のお陰です。流石は『僧侶の勇者』ですね」
「……そ、そうですか。ならさっさと全快してベッドを空けてください。数少ない寝具をいつまでも占領されても困りますので」
「つめた」
クールにツンツンされると言葉の氷塊で殴られている気分だった。
毛布に包まって悲しみのあまり泣きそうになっていると、検査を終えたリリィさんが急に腰を折って頭を下げた。
「……ユウさん。この度の一件、誠に感謝します」
「え」
「子供たちを……セレナを、マリィを、そしてアルスを助けて頂きありがとうございます。神の御名の下、深く御礼申し上げます」
「そ、そんな!頭を上げてください!僕はただやりたいことをやっただけです!」
「ええ。貴方は心から自分の為したいと思ったことを成し遂げた」
黒いメッシュの混じった白髪がかかった、濃紺色の瞳が僕の目をまっすぐに見つめた。
「それはつまり、心から私の大切な家族たちを助けたいと思ってくれたということ。寧ろこの程度の感謝では足りないくらいですよ」
「うぅ」
自分でも分かるくらい顔が真っ赤に染まって、熱くなっていくのが分かった。
最近分かったことだが、どうにも僕は人に褒められるのに弱いらしい。
クールなツンデレという話はどこへいったのか、こうも素直に感謝されると照れ臭くて敵わない。
「いや、そんな……魔王と戦うのは本当に怖かったし……正直逃げ出したかったくらいで……」
「それでも勇気を出して、戦ってくれた」
リリィさんの豊満な胸に抱きしめられる。
「よく頑張りました。偉いですよ、ユウさん」
「……むぐ」
これをされると何も言えなくなる。
彼女は父のことを馬鹿な弟分だといっていたが、まさか父もこうやって抱きしめられたことがあったのだろうか。
だとしたら、なんかこう、うん。
当時の父と心を通わせられそうだった。
「そうだアルス、貴方も昔みたいに抱きしめてほしいですか?」
「いらんわ」
昔抱きしめられてたことは否定しないんだ。
そうやって続々やってきていた来訪者も一旦終わりとあいなったようで、静寂の時間が訪れていた。
振り返ってみれば激動の数ヶ月だった。
実家を追放されて、賢者と出会って、聖剣を使えるようになって、勇者になって、パーティを結成して、魔王を倒して。
少し前までの自分にこうなる未来を教えても到底信じられなかっただろう。
でも、現実だ。
事実として僕は勇者になっている。
だったらこれは、素直に受け入れるべきなのだ。
「……やったぁ」
静かに瞼を閉じる。
次に開く時には、もっと嬉しい現実が待っていることを期待して。
「──などと感傷に浸ってるところ悪ぃが用事ができた!!一緒に来てもらうぞユウ!!」
「うわあ師匠!?なんですか突然ノックもなしに!?」
「んなもんいるかよオマエがセンズリこいてようがこっちは気にしやしねーよ」
「それはこっちが気にするからやめてほしいやつ……!あの、本当に何の用ですか……?」
「なに、ちょっくら勇者ギルドから表彰状授与の話が出てな」
賢者は僕の手を掴むと、
「『聖剣の勇者』として出席しろ。いよいよ実家に一泡吹かせる時だぜ、ユウ」
職業:ゆうしゃがありふれた世界で〜無能と蔑まれ追放された少年が最強の勇者を目指す〜 むべむべ @kamisama06
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